決意、聖依の選んだ“新たな戦い”
『この“惑星ジェイド”は、間もなく“滅び”を迎えます』
「ほ、滅び……!?」
リンネの発した一言は寝耳に水で、絶望する聖依に我を取り戻させるほど、強烈であった。
理解こそ追いついていなかったが、楽観視できるような状況でもないことだけは理解できていた。
そして追い撃ちのように、リンネは続ける。
『はい。彼らの活動が呼び水となり、“災い”が訪れるのです』
「冗談じゃない! また僕に“死ね”って言うのか!」
『違います。貴方には、それを食い止めてもらいたいのです。それが、私が貴方に課す“使命”の全てです』
その“使命”は、聖依にとって無茶苦茶な要求に思えた。
そう思うのも当然だろう。何せ、一切の具体的な情報はなく、的確な指示もなく、そして敵の規模は計り知れない。
加えて、聖依には使命感や責任感などといったものが欠片もなかった。あるのは危機感だけである。
「ふざけるなよ……! そんなこと、できるわけない!」
聖依は叫ぶ。
自分よりも高位の存在である“神”に向かって、不遜にも牙を剥きだして歯向かう。
リンネは呆れたように苦笑いしていたが、特に聖依を罰したりはしない。ただ、困り果てていただけであった。
そしてその時、ベリンダが聖依を押しのけてリンネの前に出た。
「――その話、詳しく聞かせていただけますか?」
聖依には“使命”を果たす義理などない。少なくとも、彼の心の根底にはそういった意識がある。
しかし、彼女――ベリンダ・ガーネットは違うのだ。
支配階級としての“重責”もあれば、この世界に生きるものとしての“義務”もある。
だがセアラは、そんな彼女を下がらせようとする。
傷心のベリンダを労わろうと、自身が代理となるべく動く。
「お嬢様、話は私が伺います。今はお休みください――!」
「いいえ……お父様が亡くなった今、私が聞かねばなりません。セアラ、貴方こそ休みなさい」
「ですが……!」
後ろからセアラに肩を掴まれたベリンダは、振り返った。
目をしっかりと合わせ、目線と言葉でセアラに訴える。
「私はもう大丈夫。世界が滅びに瀕しているのならば、“五氏族”に名を連ねるものとして相応の対処をせねばなりません」
「……どうか、ご無理はなさらないでください」
気遣ったセアラであったが、立ち直ったベリンダを見て大人しく引き下がった。
ベリンダの瞳の中に“覚悟”を見出して、彼女は従者らしく振舞うことを選択した。
ベリンダ・ガーネットを、新たな“主”として仰ぐことを決めたのだ。
そして、決意したベリンダは改めて問いかける。
「……お話を、聞かせてもらえますね?」
『そうしたいところなのですが……生憎、詳しくお話しすることは出来ないのです』
「何故ですか!?」
リンネは苦しそうに呻く。
まるで、その身に宿した毒を吐きだせないかのように、もどかしく語る。
『私はある“強大な存在”によって、在り方を縛られています。多くの情報は規制されていて……口に出そうとすることすら、叶わないのです』
「しかし、それでは何もわかりません!」
『“召喚教団”を追えば、おのずと真実は見えてくるはずです……! なぜならば、彼らの背後にいる存在こそ――!』
そこまで口に出すと、リンネは急に口を閉ざした。
一拍おいて落ち着きを取り戻した彼女は、再び聖依へと向き直り、問いかける。
『いえ、そんなことよりも……セイ、貴方はどうなのですか』
「……僕?」
『はい、貴方は“召喚教団”を許すことが出来るのですか? カードゲームを悪用する輩など、貴方が最も忌み嫌うところでしょう』
聖依にはその問いが、強引に話を逸らすためのものであるように思えた。
同時に、それに対する“答え”こそが、リンネのもっとも欲しているものであることも窺えた。
そう思うと、聖依はなんだかおかしくなって、ついつい口元を綻ばせる。
「で、僕に戦えって? それで人を焚きつけているつもりなのか……」
『ええ、こう言えば“必ず”動くと知っています』
リンネは断言する。
まるで長年寄り添った家族であるかのように、一切の迷いなく“鏡聖依”という人物を断定する。
その様子に聖依は、亡くなった妹の姿を幻視した。思わず、調子づいて饒舌になる聖依。
「はっ! それは違うな――」
どこか懐かしさを感じるやり取りの中で、聖依は冷静さを取り戻していた。
久しくなかった家族との団欒を楽しんだが如く、彼の心の中には“暖かさ”のようなものが生まれていた。
まるで母親と話しているような錯覚の中で、考えが揺らぐ。今まで凝り固まっていた“帰還”への渇望が薄らいで、新たな“目的意識”が生まれ始める。
そして聖依は、“意思”を示した。
「僕は元より、あんな奴らを許せるほど器の大きい人間じゃない……! お前に言われなくれも、そうさせてもらうつもりだ! 元の世界に帰れないのなら、精々八つ当たりはさせてもらう!」
「セイ……!」
ベリンダの瞳に希望が灯り、リンネは微笑む。
勢いで発した言葉に恥ずかしくなり、誤魔化すような早口で聖依はまくしたてる。
「でも、諦めた訳じゃないからな! 帰れる方法があるなら、そんなのさっさと打ち切って僕は帰るぞ!」
『ええ、それで構いません』
リンネが納得し頷くと、今まで遠巻きに見守っていたイグナイトが動き出す。
ゆっくりと、甲冑の音を響かせながら、自然に輪の中へと入り込むように歩み寄る。
そしてイグナイトは、静かに言葉を割り込ませた。
『……話はまとまったようだな』
聖依はその様子を怪訝に思ったが、特に何も言わずに次の句を待つ。
兜に隠されたイグナイトの表情は、読み取れない。
『ところで……良いのか?』
「ん? 何が?」
前回の召喚時のことを思い出している聖依は、素直にその言葉に耳を傾ける。
どうせろくでもないことなのだろうと思いつつも、イグナイトの忠告を待つ聖依。
彼自身は気が付いていなかったが、その佇まいは眩暈を隠しきれていなかった。
『吾輩とリンネ神を召喚したままかなり経つが……このままでは貴公、気を失うぞ?』
「……は?」
瞬間、疲れを自覚した聖依は倒れた。
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