絶命、死せる“魂”の行きつく場所
「ギャアアアアアアアアアアッ!」
リンネの手から放たれた波動が、無防備な
銀色の渦に呑み込まれ、かき混ぜられる子々津は苦痛に喘ぐ。
彼はここに来て、ようやく自らの行いを後悔していた。
(何故……なんで俺はこんな奴と闘った? どうして、コイツを挑発するようなことをした……? 怒らせなけりゃ、死ななかったかもしれないのにねぇ)
それは、あまりにも身勝手な自問自答。
自らの罪を省みず、己の身のみを案ずる、人間の屑そのものな考え方だ。
子々津は“敗北”へと突き進んでしまったことのみを反省し、そこに至るまでの
――だがそんな彼にも、たった一つだけ導き出せる、“答え”はあった。
(ああそうか、俺は――“調子に乗りすぎちゃった”のかぁ……)
本能で子々津は悟った。自分が、“格上”の存在に喧嘩を売ってしまったのだと。
こうなっているのもただの“しっぺ返し”であって、いわば“自業自得”なのだと――。
しかし、“納得”は出来ていなかった。
それはある意味当然のことで、ある意味ではあまりにも勝手だった。
人を“死”に追いやっていながら、子々津の本能は生き足掻こうとしていたのである。
やがて“天昇輪”の波動が止むと、倒れ伏した子々津は立ち上がるべく、全身に力を込めた。
しかし、躰は反応しない。すべての筋肉という筋肉が機能を停止し、骨は砕け、意識すらも薄らいできていた。
そして子々津は、絶望と無力感を味わいながら泣いた。
「いやだ……俺は……俺は死にたくないよぉ……」
かすれた声で、子々津は漏らす。
叫びにすらなっていない魂の声が、ベリンダの心に響く。
ただし、子々津が触れたのは“同情”などではなく、“逆鱗”という最も手を出してはならない場所であった。
「貴方はっ! ……その杖で“力”を振るっておきながら、私のお父様を手に掛けておきながらっ! まだ、“生きたい”というのですか……!」
「お、お嬢様……!」
怒りと哀れみと悲しみの混じった、強弱の激しい震える声音で、ベリンダは叫ぶ。
そんな彼女を驚いたように見つめるセアラ。そして、子々津を見下す聖依。
彼らの心は今、一つになっている。
「いやだ、いやなんだよぉ……こんな世界に放りこまれて、“教団”なんてわけわからない連中の仲間にされて、こんなとこで死ぬなんて……頼むから、助けてくれよぉ……!」
「駄目だな。アンタは許されないことをしたんだ。今更助かるなんて思うなよ」
「俺だって……元の世界じゃ“殺し”なんてやらない、こんなとこじゃなきゃ、“絵札召喚術”なんて無けりゃ……! ゴホッ!」
多量の血を吐き出すと、子々津は沈黙した。
その心からの訴えには、聖依にも“共感”できる部分はあった。
すなわち、“異世界”の摂理と、“絵札召喚術”の存在である。
(確かに、こんな見知らぬ場所でいきなり“凶器”を渡されて、誰にも“暴走”を止めてもらえないんじゃ、歪むのも当然なのか……?)
子々津は確実に、聖依の中では“悪”である。それは覆しようのない事実だ。
しかし同時に、一応は“被害者”であったことも察することが出来た。
背後にいる“召喚教団”こそが、ケインや子々津のような人間を生み出す諸悪の根源であることを、聖依はようやく認識することが出来ていた。
「そうか……でも、もう無理だ。助からない」
「……え?」
「手遅れみたいだ……」
聖依が子々津を指し示す。
指摘した通り、子々津が助かる見込みはもうない。なぜならば――
既に躰の一部が消え始め、光となって霧散しているからだ。
“消滅”が、もう始まってしまっているのだ。
「いや、だ……こんなとこで…………死にたく…………」
子々津が最後の力を振り絞って足掻いていたその時――
そんな彼に向かって、転生神リンネが言葉を紡ぐ。
『大丈夫です。貴方は死にません』
子々津は目を剥いた。いや、聖依ですら驚いていた。
敗北は“死”を意味するものだと信じていた二人にとって、そんな事実は予想すらしていなかったのだ。
『この“惑星ジェイド”で消滅した“渡世人”の魂は、“アース”へと還り、元の肉体へと戻ります。“アース”での時間はさほど経っていません。元の日常へ、貴方は帰れるのです』
リンネの語る真実に、聖依は複雑な感情を抱く。
人を殺した罪悪感から解放されるのと同時に、子々津のような人間を野放しにしてしまう不安と、罪人がその咎から逃れてしまうことに対する怒りがあった。
それでも子々津は、確かに“救われて”いたのだ。
「ありが……」
子々津の心の中から、ありとあらゆるわだかまり、負の感情が消えていく。
まるで悪い夢でも見ていたかのように、現実感が薄らいでいく。
やがて視界は霞み、自我が失われてく感覚の中で、彼は目を閉じた。
そして、最後の言葉を言い切ることなく――
子々津謙太は、“消えた”。
「……でもそれじゃ、ベリンダさんのお父さんは浮かばれないじゃないか……!」
“惨劇”が終わると、いの一番に口を開いたのは聖依であった。
“怒り”と“やるせなさ”が込められた、強く――そして悲しい声であった。
リンネはそんな聖依の気持ちを汲み取って、次なる言葉を告げる。
『そうです。この“ジェイド”に悪意がある限り、これからも犠牲者は出るでしょう』
「“悪意”……それはつまり、“召喚教団”のことでしょうか……?」
言葉に反応したのは、聖依ではなくベリンダである。
彼女は手で涙を拭うと、リンネを見上げた。
そしてリンネは、語りだす。この“惑星ジェイド”に迫る危機を。
『はい。“召喚教団”を名乗る組織――ひいてはそれを統べる“召喚教皇”こそが、この世界に悲劇と災いをもたらす元凶なのです』
「やはり……“教団”は何かを企んでいるのですね!」
『“教団”を放置すれば、彼らは“渡世人”を“アース”から喚(よ)び続けることでしょう。そうして“ジェイド”に無用な魂が召喚され続け、やがて2つの世界のバランスが崩壊します』
リンネの語る終末への道標は、聖依にとって――いや、ベリンダやセアラにとっても、理解できるものではなかった。
その話を受けて、聖依は思い出す。自らの“本当の目的”――そしてリンネがつい先ほどに口走った、聞き逃せない言葉を。
「そんなことはどうでもいい! さっき、言ってたよな!」
『何をです』
「“死ねば帰れる”ってやつだ!」
『……ええ、確かに言いました。“渡世人”の魂は、“消滅”することで“アース”に還ると』
リンネの言質を得た聖依は、唾を呑む。
実感の湧き切らない恐怖と、膨れ上がる多大な期待を胸に、決意する。
そして聖依は、煮え切らない想いを抱きながらも、懇願した。
「なら――僕をここで“殺して”くれ!」
「なっ!? 何を考えているのですか、セイ!」
「何を考えているも何も、言葉通りだっ!」
聖依は、一刻も早く元の世界へと帰りたかった。
突然の暴挙に驚くベリンダなど既にどうでもよく、そんなことよりも気の狂いそうな現実から逃げ出したかった。
好きであるはずのカードゲームで殺し合いをさせられる様など、まさに悪夢のようであった。
――しかし、それは叶わない。
『確かに、そうは言いましたが……貴方の場合は別です、セイ』
「どうしてだ! 子々津のやつが戻ったのなら、僕だって別にいいだろう!」
『いいえ、だって貴方は――』
言い辛そうに、リンネは口をつぐむ。
しばらく沈黙すると、やがて意を決したかのように言い放った。
『もう、アースでは“死んでいる”のですから』
その言葉で聖依は、思い出した――
刃物のようなもので刺され、殺されたことを。
耐えがたい苦痛と、意識と存在が薄れていく感覚を。
何もかもを失う、絶望の味を。
「し、死んでる……? 僕が?」
『はい。貴方は間違いなく、“殺害”されました』
今まで湧いていなかった“死”の実感が、恐怖となって聖依を苛む。
血の味と匂いが、幻覚となって現れる。
全身を襲う寒気が、体温を奪っていく。
「アイツは……子々津は、死んでないのか……?」
『ええ。子々津謙太は、死んではいません。無理矢理この世界に“召喚”されたのです。だからこそ今、呪縛から解き放たれ、あるべき場所へと還ったのです』
聖依は心の底から子々津を妬んだ。
醜い呪詛が、とめどなく溢れる。それを口にすることこそなかったが、聖依の頭の中は邪悪な感情でいっぱいで、今にも破裂しそうであった。
(なんでアイツは戻れて、僕が帰れないんだ……!)
そんな想いを押し殺し、聖依は声を絞り出す。
「じゃ、じゃあ……もし僕がこの世界で“敗けた”ら……?」
『死にます。ベリンダさんのお父君のように、“消滅”して終わります』
「そんな……」
崩れ落ち、膝を突く聖依。
最早彼には、立ち上がるだけの気力も残されていない。
それが失意によるものなのか、疲労によるものなのか、彼自身理解出来いほどに打ちひしがれていた。
そんな聖依の姿を認めながらも、リンネは続ける。
『貴方は“助けてほしい”と願いました。だから、私がこのジェイドへと“転生”させました。セイ……貴方はもう、この世界の“住人”となったのです』
聖依は遂に、全く反応を返さなくなった。
リンネは様子を伺うが、一向に動かないことを確認すると、構っていられないとばかりに話を進める。
『……そしてその“条件”として、私は貴方に“使命”を与えました』
そしてリンネは語りだす。
聖依に課した“使命”と、彼に付きまとう“運命”の一端を――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます