宣告、“勝利”の確信

「お、お館様ぁぁっ!」


 倒れ伏した死体に、セアラが駆け寄る。

 涙を流し、消えつつある亡骸を必死に揺さぶる。

 その行動に意味は無いと解りつつも、彼女は手を止めない。


 そしてもう一人――


「お、お父様? …………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 丁度戻ってきていたベリンダが、絶叫した。


 その叫喚の中で聖依は思い出す。彼が初めて“家族”を失った日のこと、彼の“人生”を狂わせた忌まわしき日のことを。

 無残な姿となった妹を。後悔はあっても、反省も罪悪感も感じられない、加害者となった運転手の顔を――


「ひゃははははははっ! うっぜぇオッサンが死んでせいせいしたよぉ!」


 そして、人の死に“歓喜”以上の感情を抱かない、どこまでも陽気な子々津の声を聞くと――


 聖依の中で何かが弾けた。


「お前っ! 殺したなっ! よりにもよって肉親の前で……“家族”の前で人を殺したなぁっ!」


「だから何だってんだよぉ! 次はテメーの番だってわかってる!?」


「その慢心、後悔させてやるぞ! この僕の前で舐めプしたこと――その代償、身をもって思い知らせてやるぞっ!!」


「やれるもんならやってみろって! もう勝ち目無いけどっ! はははははっ!」


 そしてベリンダの父親は消えた。親の最期を間近で見届けることも叶わず、ベリンダはへたり込む。

 聖依は、そんなベリンダに向かって手を差し出した。

 それは、手の届かぬ場所で泣き崩れるベリンダを立ち直らせるものではない。


「ベリンダさん! “腕輪”をっ!」


「セイ……お父様が…………おとうさまがっ!」


「早くしろっ! この次は僕の番……そしてその次は君かもしれないし、セアラさんかもしれないんだぞっ!」


「……セアラ?」


 ――そう、奮い立たせるための発破だ。

 この場を切り抜けるための、たったそれだけの――しかしこの状況においてはとても貴重な、“勇気”を出させるための合図だ。

 カンフル剤のように、瞬発的で儚い荒療治だ。


 しかしそんな聖依の行動も、ベリンダの悲しみも、子々津には関係ない。

 彼はすぐさま、次の手を打つ。着実に聖依を“詰み”へ追い込むために、より確実な一手で攻め立てる。


「“腕輪”なんか必要ないんだよぉ! 通常呪文スタンダード・スペル『デッキブレイク』! これでテメーの“選択肢”を削り取ってやる!」


(『デッキブレイク』! このタイミングでか!?)



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


デッキブレイク


レベル5

通常呪文


効果

 自分フェイズ時:相手はデッキから3枚のカードを消滅させる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 ドローカードの概念が存在しない“エレメンタルサモナー”において、デッキは手札そのものだ。

 デッキを捨てることは“選択肢”を削られることに等しく、また“寿命”を縮められることにも他ならない。

 たった3枚であろうとも、20の“選択肢”の内からそれだけの数を奪われるのは相当な痛手である。


 それに、勝負は既に終盤に差し掛かっているのだから、その脅威度は相当なものに膨れ上がっている。

 聖依デッキは残り10枚。その中で3枚が消滅するのだから、約3分の1もの“選択肢”と“寿命”が消え果てる。

 咄嗟に聖依は、比較的必要のない3枚のカードを思い浮かべ、消滅させる対象を選択した。デッキから、カードが消える。


「早く“腕輪”をっ!」


 “腕輪”は、必ずしも聖依にとって必要なものではない。

 状況は圧倒的に子々津の優勢で、聖依に打てる手はもうほとんどない。勝敗だけを考えるならば、今更自身の保有する“召喚力”を知る意味はあまりない。

 残るは“逆転”の一手だけだが、それには莫大な“召喚力”を要する。それを試すだけならば、“腕輪”は必要ない。


 ――だが、それでも聖依は“腕輪”を求めた。

 次の手を実行に移す前に、“確信”が欲しかったのが理由である。

 そして、逆転が“不可能”であるとした場合に、取り得る“悪あがき”の方法を考えるためだ。


(“腕輪”さえあれば……最悪“あの使い魔ファミリア”を召喚できなくても、他の人たちを逃がす手は考えられる……!)


「……っ!」


 そんな思いが通じてか、ベリンダはただ一言も発することなく、“腕輪”を聖依に投げつけた。


 それを左手で受け止めた聖依は“召喚杖”を上に放り投げ、右手を自由にする。

 杖が宙を舞う間に聖依は、“腕輪”を左手にはめ込んだ。そしてすかさず、落下する杖を掴みとって再び構える。


 ――そして“腕輪”は、光を灯した。


「よし……」


「まだ終わってねーんだよっ! 更に俺はこれでバーンを強化するっ! 『原初の種火』!」


 子々津が吼えると、バーンの目の前に小さな炎が現れる。

 バーンはそれを握りつぶすと――人差し指を立てて、その先からマッチほどの火を出現させてみせた。



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


原初の種火


レベル1

強化呪文


効果

 自分フェイズ時:使い魔1体の戦闘力を100アップさせる。その使い魔が火属性である場合、ターン終了時までさらに300アップさせる


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 『伝説闘士バーン』 戦闘力:3000 → 3900



 種火と自身の技能スキルによって、またもバーンの強さは膨れ上がる。

 その強大な戦闘力の裏には、子々津の抱く僅かばかりの不安が隠れていた。


(奴の出したイグナイトは“ユニーク”――デッキに1枚しか入れられないから、もう出される心配はない。けど、さっきのエビル・デーモンみたいに、他の高位使い魔ファミリアを抱えてるかもしれないしねぇ……強化しておくに越したことはないかな)


 そんな子々津の思惑などいざ知らず、聖依は“腕輪”を見つめていた。

 その腕輪には、『5本』もの線状の“光”が輝いている。

 光の色は、聖依の髪と同じ“銀色”であった。


(これは……召喚力が『5』ってことか? なら――)


 その数値を知った瞬間――聖依の顔は、雲った。

 思わず聖依は、“提案”を持ち掛ける。


「なあ、一応聞くけど…………“もう、やめないか”……? 罪を償うなら――」


「はあ!? それが今からぶっ殺される奴の台詞ぅ!? 無駄に足掻いてねーで、ビビッて震えてろよっ!」


「……そうか。それが答えか」


「セ、セイ……ああ、そんな……」


 交渉にすらなっていない提案に、激昂する子々津。

 聖依の敗北を悟って、絶望するベリンダ。

 そして聖依は、残念そうに俯いた。


「ま、テメーみたいなド素人がこの俺に勝とうなんて、100万年早かったってことじゃね。もう大人しく死んどけよ」


「いや……もう、僕の“勝ち”だ」


「……は?」

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