凶刃、“犠牲者”発生

 『獄炎の騎士イグナイト』が消滅していく。

 聖依はその様子を、ただ黙って見つめていた。


『吾輩ともあろうものが、後れを取るとはな……。まあ、仕方あるまい』


 イグナイトはそう言うが、勝負を決するのは常に使い魔としての“戦闘力”の差である。

 それは決して使い魔自身の“非”ではなく、カードを管理する召喚士の“責”だ。

 それを理解している聖依にとって、イグナイトの言葉は何の慰めにもなっていない。


『――ではな、“また会おう”主殿。ふはははははっ!』


 それだけを言い残すと、イグナイトは高笑いを上げながら、光の粒となって霧散した。


「『獄炎の騎士イグナイト』撃破! ま、これが実力の差って奴ぅ? ひゃはははっ!」


「……まだだっ! 僕は反応呪文リアクション・スペル、『ディレイ・フォース・キャプチャー』を発動!」



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


ディレイ・フォース・キャプチャー


レベル1

反応呪文


効果

 常時:自分使い魔が消滅したときに発動可能。2ターン後の自分フェイズ時にその使い魔のレベル分だけ自分召喚力を回復する。但し、増加値は5を最大とする。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



(でも……こんなのを発動して、効果が出るまで凌ぎ切れるのか!?)


 聖依は、自分の採った選択に疑問を抱いていた。それも、無理はないのかもしれない。

 子々津は“遊闘ゲーム”などと言うが、これは立派な殺し合いなのだ。本来ならばルール無用の、命の駆け引きなのだ。

 “エレメンタルサモナー”の定石セオリー通りに事を運べる保証など無い。“2ターン後”が、聖依の想像通りの長さであるとは限らない。


 ……そして聖依は、今更ながらにルールを遵守した戦いを行っていることに驚愕していた。

 いつでも破ることは出来る。だが、結局のところこの戦い方が最も“合理的”であることにも、気が付いていた。

 “召喚力”が無ければカードを発動できないし、何が起こるかわからない以上、確実な戦いを行うのならば“手順”は必至だ。杖の起動中はポケットがきつく締まっていてカードの追加はできないし、“不正”を行う余地などどこにもない。


(……なるほど。命をチップにした“ゲーム”だと言われれば、確かにその通りなのかもしれない)


 聖依の中に、明るい感情が僅かに芽生える。

 それは、“喜び”とも“楽しさ”ともつかない、不思議なものであった。

 命がかかっている以上、不謹慎であるとは聖依もわかっている。しかし彼は、湧き上がる興奮を抑えきることは出来ず、口角を僅かに釣り上げた。


(――でもそれなら、僕が敗ける道理はない!)


 そんな聖依のことなどいざ知らず、子々津は怪訝に首を傾げる。

 子々津から見ると聖依の打った一手は、滑稽で無様な意味のない足掻きにしか見えていなかった。


(遅効性の“ディレイ”系カード……?)


 そのカードの効果を、子々津は知らない。

 しかし、聖依が口に出したそのカード名から、ある推測を立てることは出来た。


 そう、“ディレイ”とは――このターン中に効果を発揮しない、タイムラグのあるカードであることを示している。

 その事実を知っている子々津は、嘲ってみせた。調子づいた彼は、更に“戦力増強”の手を発動させる。


「馬鹿だよねぇ! このターンでケリ着いちゃうのにさぁっ! 来いよ、『フレイム・ヴァイパー』!」


 子々津が杖を一振りすると、地に召喚陣が浮かび上がり、再び『フレイム・ヴァイパー』が姿を現す。

 更に子々津はもう一度杖をかざし、また別のカードを行使する。


「――そして、『出来損ないの魔剣』をバーンに装備!」


 バーンの目の前に、剣が現れる。

 それは、一見何の変哲もない剣であった。しかし、その剣には間違いなく“特別”な何かがあった。

 そしてバーンはそれを察していたのか、左手で剣を掴み一振りして見せると、静かに笑って見せた。


――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


出来損ないの魔剣


レベル2

強化呪文


効果

 自分フェイズ時:霊長種使い魔1体の戦闘力を500アップさせる。対象となった使い魔は一度だけ、呪文の効果では消滅しない。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 『伝説闘士バーン』 戦闘力:2500 → 3500


 “魔剣”と自身の技能スキルによって、またもバーンの戦闘力が大幅にアップする。

 子々津はその強大な力に狂喜し、顔を歪ませる。心地よさに酔いしれ、高揚する。


「はははははっ! これでバーンの戦闘力は4500! もう何やったって勝てないよぉ!」


「それはどうかな? いくら戦闘力を上げたところで、どうにもできない訳じゃない!」


 爆発的に強くなるバーンを前にしても、聖依は動じない。

 子々津にはそれが、堪らなく気に入らなかった。


「……あぁん? じゃあどうにかしてみろよぉっ!」


「ああ、するさ! 来い、『生贄を求めるエビル・デーモン』!」


 地に6重の召喚陣が現れ、中から“異形”の存在が姿を現す。

 得体のしれない力強さを感じさせるその躰は、印象とは裏腹に細く、頼りない。骨の剥き出しになったその姿と、不気味に生える角と翼はどこまでも醜い。

 そしてその凶悪な笑みはまさしく、邪悪な“悪魔”のそれであった。本能的な恐怖を呼び起こさせる、“悪”の化身以外の何者でもなかった。


『グフフフフフフフ……!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


生贄を求めるエビル・デーモン


レベル6

悪魔種・雷属性

戦闘力:2500

受動技能

 魂屠りの雷撃サンダー・ブレーク:この使い魔が相手使い魔と戦闘を行った時、戦闘終了時に自分のデッキからカードを1枚消滅させる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



(今度はレベル6の上級使い魔ファミリア!? どこまでも俺を馬鹿にしやがって……! でもな――!)


 子々津は理不尽な怒りを聖依に向ける。

 湧き上がる感情を、“召喚杖”を握る手に込める。

 しかし、子々津は笑っていた。己の使い魔を行使し、聖依に“死”という名の“敗北”をもたらす瞬間を想像して。


「今更そんな奴を1体出したところでどうしようもねぇんだよっ! やれ、バーン!」


 バーンがエビル・デーモンに飛び掛かる。

 それを認めたエビル・デーモンは、邪悪な笑い声を上げ、目の前に鋭い爪を構える。眼孔に魔性の光を灯らせ、醜悪に全身の筋肉を肥大化させる。


『フッ!』


 ――しかし、エビル・デーモンは一動もすることなく、倒れ伏した。

 バーンの右腕が振るう“神剣”の一閃で、瞬く間にエビル・デーモンは切り裂かれていたのだ。

 分断された上半身の前に立つバーンは、左手に持つ“魔剣”をエビル・デーモンの頭蓋に打ち込んだ。


 エビル・デーモンは消滅する。

 そして同時に、聖依のデッキからとある1枚のカードが消滅した。


「エビル・デーモン撃破! もうてめえは終わりだっ!」


「……どうかな?」


「どうもクソもねぇんだよ! 行け、『フレイム・ヴァイパー』! 止めを――!」


「これは何事だっ!」


 子々津が聖依の息の根を止めようとしたその瞬間――

 怒声が響いた。同時に、慌ただしく階段を駆け下りる音が鳴る。


「ベリンダの連れてきた少年と……片方は“教団”の召喚士か!」


 階段を下りてやって来たのは、このガーネット邸の主であるガーネット家の当主だ。つまり、ベリンダの父親である。

 血相を変えたガーネットの当主は怒鳴った。召喚された使い魔とエントランスの惨状を見ると、更にその顔を強張らせる。


 すぐそばには水色の髪のセアラもいて、そんなガーネット家当主を諫めるように――いや、心配するように、語りかける。


「こ、これは……! お館様、ここは危険です!」


「ならん! ここは我がガーネットの領域! その最奥たるこの場所で狼藉を働かれたのだ! 如何に“召喚教団”の使いといえど、黙っている訳にはいかぬ!」


「……ちっ、うるせーのが来ちゃったねぇ」


 心底面倒臭そうにぼやく子々津は、“召喚杖”の先をベリンダの父に向けた。


(何をするつもりだ? …………まさかっ!?)


 聖依は子々津の動きを察知したが、即座にその行動の意味を読むことは出来なかった。

 そして、その意図を理解した時には――


 もう、遅かった。


「そのうるせーおっさんをぶっ殺せよ! 『フレイム・ヴァイパー』!」


「やめろっ!」


 聖依の叫びも虚しく、『フレイム・ヴァイパー』は躍進する。

 その向かう先は、子々津の杖の指し示す先――


 つまりは、ガーネットの当主に矛先が向いたのである。


『シャァァァァァァッ!』


「な、何だっ! ギャアアアアアアッ!」


 飛びついた『フレイム・ヴァイパー』は、ガーネット家当主の首へと、襟巻のように絡みついた。

 絞めつけられるガーネット家当主は苦しみ悶え、毒蛇を引き剥がそうと抵抗を続ける。しかし、ヴァイパーの尋常ならざる筋力の前には歯が立たない。次第にその顔は紅潮し、白目を剥き始める。


 そして、“死の襟巻”と化した『フレイム・ヴァイパー』が一気に力を込めると――

 何か硬い棒のようなものが折れた音と共に、ガーネット家当主はドサリと膝から崩れ落ちた。


「ば、馬鹿な……“殺した”のか……!? 何の関係もない人間を……!」


 止める間もなかった突然の殺戮劇に、聖依は戦慄する。

 光の粒となって消えて行く、苦悶の表情の男。その光景を目にして、恐怖と驚愕と僅かな悲哀の混じった複雑な感情が、聖依の中に芽生える。

 混ざり合う雑念の正体もわからぬまま、ただ聖依は呆然としていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る