危機、潰された“反撃の芽”

 子々津は、レベル5使い魔『火精サラマンダー』を召喚した。対する聖依の傍には1体の使い魔すらいない。

 最低でも“盾”となる使い魔を召喚できなければ、その時点で負けが確定してしまう。

 聖依には、最早一瞬の迷いすら許されていない。


「僕はこの使い魔ファミリア――『共鳴虫』を召喚!」


 一重の召喚陣が現れる。

 その中から出て来るのは、手のひらほどの大きな蛍。

 蛍は羽音を鳴らして飛び出たかと思うと、ゆっくりとその場に着地した。


『……』



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――――――――――――――――――――


共鳴虫


レベル1

虫種・雷属性

戦闘力:0

能動技能

 たましい共鳴きょうめい夜想曲ノクターン:(コスト:この使い魔の消滅)召喚中の自分使い魔の戦闘力は、ターン終了時まで場の自分使い魔の戦闘力の合計となる。


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「はっ、やっぱ素人! そんな“クズカード”をデッキに入れてるって、馬鹿丸出しじゃん!」


「“クズカード”?」


「だってそうっしょ! レベル1! 戦闘力0! 3体揃えないと意味ない“クズ技能スキル”! どっからどう見ても欠陥品のクズカード! そんなの入れてるとか、頭おかしいんじゃねーの! ギャハハハハ!」


「…………」


 聖依には子々津が言いたいことはわかるし、笑われているのも頷ける。

 “エレメンタルサモナー”に限らず、長く続くトレーディングカードゲームのバランス調整は難しい。次々と新しいカードが発売される中で、どうしても既存カードの役割を奪ってしまったり、制作側も予期しない強力な組み合わせが出てしまうことがある。

 俗に言う“クズカード”が生まれてしまうことも珍しくはなく、聖依自身そのように思っているカードは沢山ある。


 だが、聖依の召喚した『共鳴虫』の価値においては、聖依と子々津の間で見解の相違が生じていた。

 子々津の言う『共鳴虫』の欠点は事実だが、聖依はその欠点を補って余りある有用なカードだと知っている。

 そうでなければ、聖依のような“エレメンタルサモナー”のエキスパートが、何の考えもなしにデッキに入れることなどありえない。


 ――しかし、この場においては単なる“盾”以外の役割を演じることが出来ないのは、事実であった。

 聖依は黙って次に繰り出される攻撃を待つ。子々津が起こすであろうアクションを、唇を噛んで受け入れる。


「あー、おもしれ……。やれ、サラマンダー」


 笑い止んだ子々津が、雑な命令をサラマンダーに下す。

 サラマンダーの口から火が噴き、『共鳴虫』を焼き尽くす。

 そして『共鳴虫』は、一瞬にして消滅した。


「はい、虫けら撃破ー。んじゃ、ついでにこれも召喚しとこっかな」


 既に勝利を確信し、段々と興が削がれてきた子々津は、侮りを隠さない。

 追加で『フレイム・ヴァイパー』を召喚し、追撃の手を固める。

 その判断の善し悪しなど、最早考えてはいない。勝利がほぼ盤石のものとなった今、そのようなことを考える理由すら、彼にはない。


『シャァァァァァッ!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


フレイム・ヴァイパー


レベル2

爬虫種・火属性

戦闘力:500

受動技能

 灼熱の猛毒:この使い魔に勝利したレベル4以下の使い魔は戦闘力が500下がる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 『フレイム・ヴァイパー』が、吠える。

 頼りになるとは言えない下級使い魔だが、それでも召喚士に止めを刺すには十分であった。

 子々津は自らの勝利を確信し、愉悦に浸る。


「ふふふ……」


 ――その時、余裕の薄ら笑いが、子々津の耳に飛び込んできた。

 子々津の顔からは、ニヤニヤとした笑みが消え失せる。


「はははっ……! どうやら、その腕輪じゃ自分の“召喚力”を計ることしかできないらしいな」


「……だから何なん?」


「やっぱりアンタは“素人”だってことさ! だから、そうも無警戒に次々とカードを切れる!」


「はぁっ!?」


「強い奴にはそれ以上に強い奴を――! 勝負事の基本の“き”だっ!」


 そう、既に聖依は、反撃の準備を整えていた。

 子々津は見落としている点があることに、気が付いていない。

 それは、聖依の保有する“8”の召喚力――そして、彼の従える“エース”の存在だ。


 聖依は持てる召喚力の全てを使い、“奴”をぶ。


「来い! 我がデッキ“最強”の使い魔――!」


 地に8重もの円陣が現れる。

 その紋様は、灼熱を意味する赤。

 そして、その中心から浮かび上がるのは、一片の素肌も見えない真っ赤な全身鎧の騎士――


 聖依は高らかに、その名を叫ぶ。


「獄炎の騎士、イグナイトッ!」


『はははははっ! ようやく吾輩の出番かっ!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


獄炎の騎士イグナイト


レベル8(ユニーク)

霊長種・炎属性

戦闘力:3000

受動技能

 プロミネンス・ストラッシュ:自分のデッキが残り15枚以上の時、このカードは戦闘勝利後に続けて攻撃を行うことが出来る。この技能の発動中、この使い魔による召喚士への攻撃は無効となる。


―――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



「な、なにぃぃぃぃっ!?」


 イグナイトが顕現すると、そのヘルムのスリットの奥の眼光が子々津を射貫く。

 子々津は影に隠れたその瞳を朧げにしか視認することができないが、その異様な視線に気づいて恐怖した。

 自然と足が震え出し、思わず子々津は後ずさる。自身の使い魔を盾とすべく、本能的に体が引き下がる。


(イグナイト……! レベル8、戦闘力3000の超上級使い魔ファミリア――!)


 そう、子々津は幸運にも、イグナイトの能力を覚えていた。

 聖依と比べ、あまり多くのカードのテキストを覚えていない彼でも、その使い魔のことは知っていた。

 その恐ろしさを、頭でも体でも感じ取ることが出来ていたのだ。


(このクソザコどもじゃ、勝てるわけねぇじゃん!)


 心の中で悪態をつく子々津を余所に、聖依は次の行動へと移る。

 今こそが反撃の時。この機会をみすみすと見逃すほど、聖依は甘くない。


「来ないならこっちからいくぞっ!」


 そして聖依は、杖の先を『火精サラマンダー』へ向け宣言する。


「行け! イグナイトの攻撃――!」


 剣を脇に構えると、イグナイトは踏み込んだ。

 自身以上の大きさのサラマンダーに対しても、怯むことなく距離を詰める。


 迫られるサラマンダーは口から火を噴くが、イグナイトは横に飛んで軽々とかわす。絨毯が焦げ、煙を立てる。

 それを認めたサラマンダーは体を捻り、尻尾による横なぎの一撃を繰り出した。イグナイトはその追撃さえも、高く跳躍して回避する。

 そして、イグナイトは剣を高く構えると――落下の勢いに合わせて剣を振り下ろした。


「己が業をも断ち切るつるぎ! 紅き蓮華れんげの“紅蓮業断剣ぐれんごうだんけん”!」


『はぁっ!』


 振り下ろされた剣は、サラマンダーの頭部を叩き斬る。

 イグナイトの身体は地に向かって墜ち、彼の“紅蓮業断剣(ぐれんごうだんけん)”はサラマンダーを左右に分かつ。

 強烈な衝撃で炎が吹き飛び、辺りに熱風を巻き起こす。


 そうしてサラマンダーは、消滅させられた。


「――『炎精サラマンダー』撃破!」


『ふっ……吾輩にかかれば造作もないことよ』


 子々津は歯噛みした。

 イグナイトの強大な戦闘力を目の当たりにして、この世の不公平に悔しさを覚えていた。


(よし、やっと“優位”に立てた……! イグナイトはレベル8だから、滅多な呪文スペル技能スキルではやられない!)


 一方で聖依は安堵していた。

 “エレメンタルサモナー”において、レベル7以上の“超上級”に位置する使い魔は、大体の破壊系カードの対象にはなり得ない。

 高レベル使い魔は、基本的には戦闘力をもって倒すほかないのである。


 ――そして子々津のデッキには、イグナイトを超える戦闘力を持った使い魔はいない。

 彼はレベル6の使い魔までしか召喚することが出来ず、故にデッキの構築には制限があった。

 子々津は睨む。憎しみと羨望を込めた視線が、聖依を突き刺す。


「ちっ……! 俺はサラマンダーの技能スキルで、2体の『サラマンダー・チャイルド』を召喚……」


 飛び散った『炎精サラマンダー』の残火がグネグネと歪み、ゆっくりと移動して融合すると、それはやがて2体の小さな蜥蜴型となった。

 そうしてサラマンダーの“子供たち”は、より明確な輪郭を得て、再び『サラマンダー・チャイルド』としての生を受ける。


 これで子々津の場には、使い魔が3体――そして、聖依の前には1体。

 数だけを見れば子々津の有利にも思えるが、その間には決定的な差がある。非力な使い魔が何体いたところで、聖依のイグナイトには及ばない。


(……くそっ! いっちょまえにイグナイトなんか出しやがってさっ!)


 子々津は内心、聖依が羨ましかった。

 強力な使い魔をデッキに入れ、従えることの“悦び”に憧れていたのだ。

 しかし、現実はそんな想いを受け入れない。ただ、彼の保持できる召喚力が最大“6”であるという事実よって、無情に突き放されるのみである。


 虎視眈々と様子を伺う子々津は、聖依に動きがないことを確認すると、杖を握る手に力を込める。

 力んで震える腕が、感情のやり場を求め疼いていた。


(――ぶっ殺してやる……! 俺の“コンボ”でっ!)


 決意すると、子々津は行動に移す。

 いかなる強敵をも葬れる必殺の“コンボ”で、目の前の超上級使い魔を打ち倒す算段を立てる。

 腕輪に映る“6”の表示を確認すると、子々津はニヤリと笑った。


「戻れ! サラマンダー・チャイルドォ!」


 送還の声に応え、『サラマンダー・チャイルド』のうちの1体が消える。

 子々津の杖の、真っ赤に染まっていた3枚の花弁のうち、1枚から光が失せる。


「そして俺はこの使い魔ファミリア…………『伝説闘士バーン』を召喚!」


「バーン!? まさかっ……!」


 地に赤色の6重円陣が現れ、その中から一人の男が姿を現した。

 急所だけを保護する軽装のプレートアーマーを身に纏った男は、長い水色の髪を靡(なび)かせ、その顔に不敵な笑みを浮かべる。

 そして、鳥の羽を模った曲剣を構えると、優雅に舞って見せた。



――――――――――――――――――

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伝説闘士バーン


レベル6(ユニーク)

霊長種・炎属性

戦闘力:2000

受動技能

 華麗なる闘気オーラ:この使い魔に対して強化呪文が発動された場合、この使い魔の戦闘力をターン終了時まで500アップさせる。


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「そのまさかっ! 戻れ、『フレイム・ヴァイパー』、『サラマンダー・チャイルド』――!」


 続けて2体の使い魔が消え去ると、子々津はその躰に“召喚力”が漲っていく幻覚を感じた。

 その感覚は、思い込みだ。だが、使い魔を“送還”すれば、そのレベルの半分の“召喚力”が得られるのは事実である。

 それは、子々津の左腕の腕輪が示していた。


 そして子々津はその“2”の“召喚力”を使い、すかさず次の手を披露する。


「俺は更に強化呪文『燃える血液バーニング・ブラッド』、『蜥蜴鱗の鎧』を発動!」


「ちぃっ! やっぱりかっ!」


 バーンの体が高温度に達した金属のように、赤く輝く。纏っていた服がすべて燃え尽き、風で舞い散る。

 続けて、深緑色のスケイルアーマーがバーンの前に現れると、一瞬にしてバーンの元々の鎧を覆い、身体に装着された。



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燃える血液バーニング・ブラッド


レベル1

強化呪文


効果

 自分フェイズ時:火属性使い魔1体の戦闘力を300アップさせる。


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蜥蜴鱗の鎧


レベル1

強化呪文


効果

 自分フェイズ時:霊長種使い魔1体の戦闘力を200アップさせる。この効果の対象となった使い魔が爬虫種と戦闘を行う場合、更にその戦闘中だけ戦闘力を300アップさせる。


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 『伝説闘士バーン』 戦闘力:2000 → 2500



「さぁらぁぁにぃぃぃぃっ! バーンの技能スキルでもぉぉっと強くなっちゃうよぉ!」


 バーンの全身から、赤い湯気のようなものが迸る。

 その“闘気オーラ”は鳥――否、燃え盛る不死鳥の姿となって、バーンの力を司る。

 相対する聖依にも、その強大さは解った。



 『伝説闘士バーン』 戦闘力:2500 → 3500



「……来ないのぉ? なら行けよ、バーン!」

『ふっ!』


 バーンがイグナイトに迫る。

 美しき曲剣が、赤き甲冑に振り下ろされる。

 イグナイトは剣でそれを防いだが、流麗なバーンの剣捌きによって絡めとられる。剣の刃を伝い、軽やかな曲剣が甲冑へ向かって走る。


「バーンの攻撃! “神剣フェニックス・フェザー・ファルシオン”!」

『ぐあぁぁぁぁぁっ!』


 イグナイトの鎧は切り裂かれ、切り口から溶岩のような赤熱した液体が飛び散る。

 返り血のようなその液体が、不敵な笑みを浮かべるバーンの顔を濡らし、仄かに焦がす。

 そしてバーンが飛びのくと、イグナイトは地に膝を突いた。

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