開幕、命を懸けた“遊闘”

 場には、計4体の使い魔たちが顕現している。

 2人の召喚者に対してそれぞれ2体――それだけを見れば、条件は五分五分のようにも思えるだろう。

 ――だが、そこには確かに“差”があるのだ。それを子々津は見抜いていたし、聖依自身も気が付いていた。


「はっ! そんな雑魚を並べたところで、俺の『ファイアー・ゾンビ』と『フレイム・ヴァイパー』にゃ勝てないよぉ!」


「まだだっ! 剣闘士グラディエーター能動技能アクティブ・スキル発動! 『マッドマックス』!」


 すかさず、聖依は自身の使い魔である『狂乱きょうらん剣闘士グラディエーター』の能動技能アクティブ・スキルを発動させる。



――――――――――――――――――

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狂乱きょうらん剣闘士グラディエーター


レベル1

霊長種・地属性

戦闘力:100

能動技能

 マッド・マックス:(コスト:自分デッキから2枚までの任意の枚数消滅)コストとして消滅させたカードの枚数×1000このカードの戦闘力に加える。また、このカードが戦闘を行った場合、戦闘終了後にこのカードを消滅させる。この効果はターン終了時まで適用される。


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(どうやって“発動処理”を行えばいい!? 念じれば“杖”の方で勝手にやってくれるのか!?)


 能動技能アクティブ・スキル――使用には申告と、場合によってはコストの消費が必要となる能力だ。

 聖依はその発動を、“召喚杖”によって召喚された“召喚使い魔”に対して行うのは初めてである。

 “今にも目の前の敵使い魔が襲ってくるのではないか”という焦りと、“能動技能アクティブ・スキルの発動が間に合わないのではないか”という不安が、聖依の心によぎる。


「――デッキからカードを1枚消滅させて、剣闘士グラディエーターの戦闘力をアップさせる!」


『うおぉぉぉぉぉぉっ!』


 剣闘士グラディエーターが雄たけびを上げ、全身の筋肉を滾らせる。

 筋線維と血管がその圧に耐えられずに千切れ、体中の至る所から血を零す。

 だが、その表情に苦痛はない。あるのは、狂喜に歪んだ笑みだけである。



 『狂乱きょうらん剣闘士グラディエーター』 戦闘力:100 → 1100



 聖依は何事も無く能動技能アクティブ・スキルの発動が出来たことに安堵した。

 コストとなったカードも、思い通りのカードが消滅したことが感覚で分かった。


(しかし――どうして黙って見ているんだ?)


 ――しかし、疑問は聖依の頭に残り続ける。

 “見逃してくれた”などと考えるほど、聖依の考えは甘くはない。

 命を懸けている以上――いや、命など懸けていなくても、勝負事には全力で思考を巡らせるのが“鏡聖依”である。


「へえ、素人にしちゃあなかなかやるじゃん! でも、確か奴隷どれい野郎の方は戦闘力ゼロの雑魚使い魔ファミリア! それじゃ片方しか倒せないねぇ!」


「言われるまでもなくわかってるよ、素人!」


「……今のはちょっとトサカに来たかなぁ……! やれ、『ファイアー・ゾンビ』!」


 子々津の『ファイアー・ゾンビ』が、聖依めがけて走り出した。

 その“戦闘力”を暗記している聖依は、適切な使い魔へと指示を下す。


「迎え撃て、剣闘士グラディエーター!」


 ゾンビの戦闘力は“1000”。対する剣闘士グラディエーターの戦闘力は、技能スキル『マッド・マックス』によって、“1100”まで引き上げられている。

 普通に考えれば戦闘力の勝る剣闘士グラディエーターの方が強い。だが、聖依の心には一抹の懸念があった。


(果たして――戦闘力が“たった”100高いだけで勝てるのか……?)


 そう、たったの“100”だ。“エレメンタルサモナー”というカードゲームにおいて、その差は微々たるものといっても差支えない。

 何かの拍子に逆転されてもおかしくない数字だ。だが、聖依が案じているのはそんな“カードゲーム”上の話ではない――


 現実には、能力差があっても負けてしまうことなど、珍しくはない。

 “窮鼠猫を噛む”という言葉はまさしく、状況によっては“弱者でも強者に歯向かえる”ことを表している。

 猫と鼠でさえパワーバランスを崩すことがあるのだ。それを考えれば、たったの“100”が勝利を保証してくれるに足りるかは、疑いたくなるのも当然だろう。


『うおぉぉぉぉぉっ!』

『ヴォォォォォォッ!』


 そんなことを聖依が考えている間にも、剣闘士グラディエーターとゾンビが接敵する。

 先手を取ったのは『ファイアー・ゾンビ』であった。ゾンビは剣闘士グラディエーターにつかみかかり、組み伏せる。


「セイの使つかが敗ける!?」


「……いや、まだだっ!」


 押し倒された剣闘士グラディエーターが力を入れると、その上半身が浮かび上がった。

 ゾンビは押し上げられ、剣闘士グラディエーターは無理やり体を起こす。

 そしてゾンビが跳ね除けられると、立ち上がった『狂乱剣闘士グラディエーター』》は――その手に持つ剣で、『ファイアー・ゾンビ』の頭を打ち砕いた。


「『ファイアー・ゾンビ』撃破!」


「ちっ……!」


 ――そして、『ファイアー・ゾンビ』が消滅すると、『狂乱剣闘士グラディエーター』もまた、膝をついた。

 倒れ伏し、躰から力が抜けきると、やがて光の粒となって消滅していく。


「セ、セイッ! 剣闘士グラディエーターが……!」


「そういう技能(スキル)だっ!」


「ははははははははっ! 何だよ、それじゃ相打ち同然じゃん!」


「黙ってろよっ! 『盾持ち奴隷スレイヴ』攻撃っ!」


「はんっ! 『フレイム・ヴァイパー』!」


 互いが次なる使い魔に命令を下すと、新たな戦いが始まる。

 対戦カードは、盾を持った奴隷どれいと、見るからに危険な赤い毒蛇。

 2体が前に出ると――先に攻撃を仕掛けたのは、毒蛇の方であった。


 毒蛇の小さな体が跳ね、凄まじいスピードで奴隷へ迫る。

 毒液の滴る牙を剥き、ヴァイパーは飛び掛かる。

 そしてその攻撃は――奴隷の盾によって、弾かれた。『フレイム・ヴァイパー』は、空中で華麗にその身を回転させ、難なく着地して見せる。


れない!?」


奴隷スレイヴ技能スキルで1回だけ消滅しない!」



――――――――――――――――――

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盾持ち奴隷スレイヴ


レベル1

霊長種・地属性

戦闘力:0

受動技能

 シールド・ガード:このカードは1ターンに1度のみ、戦闘の敗北によって消滅しない。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



(でも、倒すこともできなかった。やっぱり、戦闘力は“絶対”って事か……!)


 聖依が『盾持ち奴隷スレイヴ』に攻撃させたのは、それを確かめるためだ。

 戦闘力が絶対的な強さであり、不確定要素の介入を許さない“確実な強さ”であることを確信するためだ。

 そして目論見通り、奴隷スレイヴは“敗けた”。そして同時に、技能スキルが確実に発動する確証ともなり、聖依は“安心”を得たのである。


 ――だが子々津は、そんな聖依の戦い方が気に入らず、舌打ちする。


「ちっ……つまんねー……!」


 子々津は左腕にはめている腕輪を覗くと、再び杖を振りかざした。


(『ファイアー・ゾンビ』は使いきっちゃったからねえ……! 俺の“エース”を出すしかないかなあっ……!)


「来いよぉ! 『サラマンダー・チャイルド』!」


 赤い3重の召喚陣が現れる。

 その中から、燃え盛るトカゲのような形をした、小動物ほどの炎の塊が現れた。

 そして、実体を持たない炎の精は声を発さず、ただその場に佇む。


『……』



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サラマンダー・チャイルド


レベル3

妖精種・火属性

戦闘力:1200

能動技能

 巨大化:(コスト:召喚力3)この使い魔をデッキに戻し、デッキから『火精サラマンダー』1体を召喚する。この使い魔が召喚されたターンには発動することが出来ない。


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――――――――――――――――――



 新たな使い魔を召喚された聖依は、困惑した。

 目の前の男――子々津は迷いなく次の使い魔を繰り出す。しかし、聖依にはそれができないからだ。

 自身の召喚できる使い魔のレベルを把握できない故に、次の手を打ちかねているのだ。


(くそっ……! “エレメンタルサモナー”でいうところの、自分の“召喚力”がわからない……! ――ん?)


 そこまで考えると、聖依の中に“気付き”のようなものが生まれていた。

 その一瞬の閃きは、確かに道筋を照らし出す。次のどのような手を打つべきか、その光明を見出させる。


(“召喚力”……? もしかして、この世界で言う“召喚力”って……“エレメンタルサモナー”の“召喚力”と基本的には同じなのか?)


 聖依は、ベリンダたちの言う“召喚力”が、空気中に漂っているものだと思っていた。そしてそれは、ある意味では間違っていない。

 実際のメカニズムとしては、空気中の“召喚力”は“杖”によって召喚士の体内に取り込まれ、召喚の際には人体の中にある力を行使しているのだ。

 空気中の“召喚力濃度”が高ければ、より効率的に取り込むことが出来る。だが、そうでなければ徐々に回復するのみ――


 それを感じとったわけではないが、冷静に聖依は“エレメンタルサモナー”のルールの基礎の基礎を思い出す。

 自身の保有する“召喚力”と、その増え方を。


(初期値は『3』で、その後1ターンごとに『4』回復。あの子々津とかいうやつが最初に召喚したのが、合計でレベル『3』ぴったり――そして、今召喚したのもレベル『3』だから、この仮説は今のところ間違っていない……)


 “エレメンタルサモナー”のルールにおいては、自信の持つ“召喚力”を使用したカードのレベルだけ消費する。

 聖依の計算では、自身の残り“召喚力”は『5』。そして、子々津の保持している“召喚力”は、『1』だ。


 それは結局のところ推測の域を出ない。

 確たる証拠は何一つとしてなく、確かめる術も持たない。

 だが、それでもこの思い付きは、聖依にとって一筋の光のようにも思える、重要な情報であった。


(今のところはこれを信じるしかないか……!)


 そして聖依は、導き出した自分の召喚力を参考に、戦術を組み立てる。

 今の彼の目つきは、勝手も分からずに応戦した数分前とは違う。


「なら僕は、『殺し屋キリコ』を召喚!」


 聖依が唱えると、緑の3重召喚陣が現れた。

 その中から浮かび上がるのは、銀色の短剣を携え、漆黒のマントを羽織った細身の男――

 どこか揺らいでいるように見える人影が、聖依の目の前に出現する。



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殺し屋キリコ


レベル3(ユニーク/レプリカ)

霊長種・風属性

戦闘力:1000

能動技能

 サイレント・キル:(コスト:自分デッキから1枚消滅)この使い魔の戦闘力以下の戦闘力を持つ使い魔を消滅させる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



(まずはキリコの技能スキルで、目障りなヴァイパーを消す!)


 聖依は、次に打つべき手を中心に、頭の中で戦術を組み立てる。

 相手の出方を予測し、あらゆる対策と勝利への道筋を思案する。

 彼にとっては慣れたことだ。このようなことは、何千、何万回とくりかえしてきているのだから。

 だが――


「……え?」


 その瞬間、キリコは“消滅”した。

 攻略の起点となるはずだった使い魔の姿が、一瞬にして消えたのだ。


「ど、どうして……!」


 聖依には状況が呑み込めなかった。

 召喚したはずの『殺し屋キリコ』が、光の粒となって霧散する――

 彼はその姿を、呆然と見つめることしかできなかった。

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