刺客、“同郷”の召喚士

 真紅のガーネット邸へと近づく、燃えるような赤ローブの姿があった。

 日に照らされるその赤い布地には、汚れもしわも一切ない。真新しさを裏付ける、鮮やかな赤色のみがある。

 顔をフードで隠したローブの男は、一切の迷いなく門をくぐろうとした――


 だが、男の進路は2人の屈強な門番によって遮られる。


「貴様、何者だ!」


「ここは“五氏族”が1つ、ガーネットの屋敷であるぞ!」


 ローブの男は辟易した。より正確に表現するのなら、“苛立って”いた。

 確かに彼には、ガーネット邸に上がりこむ正当な理由もなければ、門番たちを言いくるめられるだけの口先の器用さもない。

 故に彼は、“面倒ごと”が増えたことに対して逆上とも言える憤りを覚えていた。


(あーあ、めんどくせー……)


 男は手に持っていた“杖”を振りかざす。

 “杖”の先端の“花弁”が展開し、そのうちの2つに赤色の光が灯る。

 男の足下に円陣が出現し、その中心から“人のような形”の存在が浮き上がる。


『グオォォォォォッ!』


『ヴォォォォォォッ!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


ファイアー・ゾンビ


レベル1

悪魔種・火属性

戦闘力:1000

受動技能

 崩壊するからだ:この使い魔はターン終了時に消滅する。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 全身が炎に包まれている腐った人間が、2体現れた。

 煙と腐臭を撒き散らす『ファイアーゾンビ』たちは、ゆっくりとたどたどしい足取りで門番へと迫る。

 門番たちはそのおぞましい姿を前にして、戦慄することしかできなかった。


「しょ、召喚使い魔!?」


「“教団”の手先っ!?」


 そして男は――ただ一言だけ、“命令”を下した。


「“殺せ”」


 その言葉と同時に、2体の『ファイアーゾンビ』が門番たちに組み付く。

 門番たちは必死に抵抗するが、人間を超越した馬鹿力の前には歯が立たない。

 やがて押し倒され、ゾンビの纏う炎が門番を焼く。苦しみ喘ぎ、もがきながら死んでゆく。


「ぐあぁぁぁぁぁっ!」


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」


 ――そして門番たちは、ゾンビ諸共光の粒となって消えた。

 ローブの男が“召喚杖”を下ろすと、先端の花弁は折りたたまれ、輝きを失った。





 断末魔は、客室で寝ていた聖依のもとまで届いた。

 悲痛と無念の叫び声で起こされた彼は、整理しきれていない頭で、状況を掴もうと辺りを見回す。


 ――寝る前と変わらず陽が差し込んでおり、部屋は明るい。

 聖依には、一晩経ったのかどうかの判断すら出来ないでいた。経過時間を知る術は、無い。


(くそっ! 時計が無いのがこんなに不便だなんて!)


 起き上がった聖依は、壁に立てかけていた“召喚杖”を手に取り、部屋を出る。

 慣れぬ屋敷の中を見渡しながら、当てもなく廊下を駆け抜ける。

 エントランスホールまで下りてくると、そこには聖依の見知った顔があった。


「今の声は何事ですか!?」


「知るわけないだろ! こっちが教えてもらいたいぐらいだっ!」


 ベリンダと合流した聖依は、外へ出ようとエントランスの扉へ向かった。その時――


 扉は開かれた。開いたのは、聖依でなければベリンダでもない。

 ――屋敷の外側から、ゆっくりと開かれたのだ。

 突然の訪問者に、聖依は杖を構える。


「おっじゃまっしまーす♪」


 子気味のいい声と共に、フードローブの男が図々しく上がりこんで来た。

 聖依とベリンダは、近づいてくるその男から距離を取り、警戒を露にする。

 男は聖依が手に握っている杖に気が付くと、口元を緩めた。


「おっ、それって“召喚杖”じゃん! ラッキー!」


「ラッキー……? どういうことだ!?」


「そうそう。俺ってさ、その杖取り戻して来いって言われてんのね。だから、見つかってラッキーな訳よ」


 聖依は目の前の怪しい男が、先ほどの悲鳴を上げさせた犯人だと直感した。

 無論、証拠など無いし、推測どころかただの決めつけに他ならない。


 だがその言葉遣いには、人を傷つけることにちりほどの罪悪感も抱かない人種特有の軽々しさが見て取れた。

 状況も相まって、聖依の中では目の前のローブ男が悪意の塊であることは、ほぼ確信の域にまで達していた。

 そして、同じような結論に達したベリンダが、“家主”に代わり男に問う。


「それよりも、貴方は何者なのです! ここをガーネットの館と知っての狼藉ですか!」


「知ってる知ってる。でも別にいーじゃん? ほら、俺って強いし? 別に人の家に勝手に上がり込んだところでぇ? 誰も文句言わないしぃ? それにうだうだ言ってきても黙らせられるわけよ」


「何様のつもりですか……!」


「そりゃ、“召喚士”様っしょ!」


 男は杖を振りかざし、2体の使い魔を召喚する。

 赤い円陣が2つ浮かび上がり、その中から人型と蛇型の使い魔が現れる。


『ヴォォォォォォッ!』


『シャァァァァァッ!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


ファイアー・ゾンビ


レベル1

悪魔種・火属性

戦闘力:1000

受動技能

 崩壊するからだ:この使い魔はターン終了時に消滅する。


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――――――――――――――――――



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――――――――――――――――――――


フレイム・ヴァイパー


レベル2

爬虫種・火属性

戦闘力:500

受動技能

 灼熱の猛毒:この使い魔に勝利したレベル4以下の使い魔は戦闘力が500下がる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 使い魔が完全に顕現しても、男は動かない。その男には、敵に行動を起こさせる猶予を与えて尚、圧倒的な勝利を掴みとれる自信があった。

 それは慢心と言い換えてもいいものであり、油断でもある。

 表面上ににじみ出ているその態度が、聖依にはとても不愉快であった。


「えっと……「何者」って聞かれてたっけ? 俺は子々津ねねず謙太けんた。敢えて言っておくなら――“召喚教団”の手先ってやつかな!」


 その男――子々津謙太はフードを脱ぎ、その素顔を露わにする。

 燃えるような赤い髪と、暗闇の中に生えたこけのような深緑の瞳が、聖依の心の中に強い印象となって残った。

 そしてその顔立ちから、聖依は子々津が自分と同じぐらいの年頃であろうと推測した。


 敵対宣言を受け取った聖依は、杖を起動させる。

 自身の命を脅かそうとしているのであろう敵に、対抗するための“力”を求める。

 そして咄嗟に口に出したのは、自信が信頼する使い魔の名であった。


「ちぃっ! 来たれ、イグナイト――!」


 ――しかし、杖は反応しない。

 喚(よ)びだそうとした『獄炎の騎士イグナイト』も、その声には応えない。


(召喚できない!?)


 焦りを募らせる聖依。その様子を見ていたベリンダには、原因を察知することが出来た。

 彼女は、場に漂う“赤の召喚力”を見ることが出来る。その目が、“召喚力”の濃度を捉える。

 そこから、ベリンダは導き出した。高レベル使い魔を喚(よ)び出すには、圧倒的にその“濃度”が足りていないのだと。


「駄目です、セイ! ここにはそれほどの“召喚力”がありません! 強力な使い魔をいきなり出すことは不可能です!」


「……くそっ! なら――来い! 『盾持ち奴隷スレイヴ』! 『狂乱剣闘士グラディエーター』!」


 聖依がその名を呼ぶと、2つの“召喚陣”が現れる。

 その色は、共に茶色。そしてどちらも、1重の円陣である。

 そしてその中から、屈強な男たちが2人、現れた。


『ふんっ!』


『はあっ!』



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盾持ち奴隷スレイブ


レベル1

霊長種・地属性

戦闘力:0

受動技能

 シールド・ガード:このカードは1ターンに1度のみ、戦闘の敗北によって消滅しない。


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狂乱きょうらん剣闘士グラディエーター


レベル1

霊長種・地属性

戦闘力:100

能動技能

 マッド・マックス:(コスト:自分デッキから2枚までの任意の枚数消滅)コストとして消滅させたカードの枚数×1000このカードの戦闘力に加える。また、このカードが戦闘を行った場合、戦闘終了後にこのカードを消滅させる。この効果はターン終了時まで適用される。


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 片方は、その身を覆えるほどの大きな円盾を持ち、足枷をはめられた小汚い戦士。

 もう片方は、錆びのある青銅の剣を構えた、血走った目の闘士。

 彼ら2人が聖依の前に立ち、ゾンビとヴァイパーに相対する。


「へえ……何、俺とやるつもりなの? 面白いねえ……じゃあ――“遊闘ゲーム”を始めちゃおっかぁ!」


「ふざけるなよっ! 何が“ゲーム”だっ!」


 2人の“絵札召喚士”が、それぞれの使い魔を侍らせて向かい合う。

 命を懸けた“絵札遊闘カード・ゲーム”が、今始まろうとしていた――

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