胎動、動き出す“召喚教団”

 仄暗い闇の中――

 灯火のみが輝く地の底に、集う者たちの姿があった。

 その内5人はそれぞれ色の違うフードローブに身を包み、絢爛な椅子に座した一人の男を崇めていた。


 玉座の人物――鬼のような仮面で顔を隠し、全身に五色の宝石を散りばめたローブを着る男が、問う。


「そろうたか! 我が“召喚教団”の誇る、“五曜司祭”たちよ!」


 その声に応じ、青いローブの女が前に出て答える。


「はっ! “流水司祭”エレイン、ここに!」


 続いて、緑のローブを纏った細身の男が前に出た。


「“暴風司祭”ソウジ、推参しました!」


 背の低い、黄色のローブの少女が静かに告げる。


「“轟雷司祭”ルチア。……いるよ」


 巨人のような巨躯の、茶色のローブの男が落ち着いた口調で宣告する。


「“大地司祭”イワン、来ている」


 そして最後に、ガラの悪そうな赤ローブの男が、なんとも適当な返事をした。


「“劫火司祭”アレクシスも来てますよぉ~。つーことだからさっさと本題入ってくれや、“召喚教皇”サマ」


「おいアレクシス、貴様!」


「そう怒るなよ、“流水司祭”。折角それなりにいい顔してんのに、シワができちまう」


「ふざけるなっ!」


「よい、捨ておけ!」


 “召喚教皇”と呼ばれた男は、杖を構えた“流水司祭”エレインを諫める。

 エレインは不服そうに顔をしかめ、逆にアレクシスは調子に乗ったように笑っていた。


 “召喚教皇”は1つ咳ばらいをすると、“五曜司祭”と呼ばれた彼らに話し始める。


「……では“劫火司祭”の要望通り、手短に済ませるとしよう――」


 話が切り出されると、“劫火司祭”アレクシス以外の誰もが、緊張に唾をのむ。


「我が教団の保有する杖の1本が奪われ、更にそれを追っていた教団員も敗れ、計2本の“召喚杖”が外部に流出した」


「はぁ? そんなの適当な奴に任せりゃいいだろうが。俺たち全員を集めてまで話すことじゃねえ」


「教団員を敗りし男が、“レベル8の火属性使い魔を召喚した”と言うてもか?」


「火属性でレベル8だと? ……いや、まさかな」


 アレクシスの脳裏に、一人の男が浮かび上がった。

 レベル8という数字は、彼にとってさほど脅威ではない。“火属性”という彼を象徴するはずの属性にも、大したこだわりなどない。

 だが、“火属性・レベル8”の使い魔を操る“その男”は、彼に畏れを抱かせるほどの人物であった。


(“来た”のか……? “お前”も――)


 男の虚像を頭から振り払い、アレクシスは“召喚教皇”の続ける言葉に耳を傾ける。


「我が教団としては、貴重な杖を2本も奪われたままという訳にもいかぬ。そこで、貴君らにはこの杖の奪還に適した人物を決めてもらいたい。以上だ。任せたぞ、“五曜司祭”諸君……」


 用件を全て言い終えた“召喚教皇”は玉座の奥へ――

 その影の、暗い闇の中と消えていった。


 残された“五曜司祭”たちは、ある者は頭を悩ませ、またある者はどうでもいいと言わんばかりに無反応であった。


「なるほど……我々に向かえという訳ではなく、あくまでも配下の中から選ぶのですね」


「それはそうだろうな。俺たち全員が行くほどの相手など、いるわけがない」


「では、手早く決めてしまうとしよう。アレクシス、貴様の眼から見て、敵の召喚士に敵いそうな者はいるか」


「そんなの誰でもいいだろ。俺に聞くな。そっちのやる気なさそうな奴に聞いてやれ」


「……ねむい。適当に決めといて」


 眠そうに舟をこいでいる“轟雷司祭”ルチアの、“適当”という言葉にアレクシスは閃きのようなものを覚えた。


(“適当”? そうか、別に適当でいいじゃねえか。俺含めて、誰も敵の力がよく分からねえんだ。なら、様子見も1つの手か)


 アレクシスは先ほどまでのやる気のなさが嘘のように、思考を巡らせる。

 普段ならば、熟練の“勝負師”である彼は、“戦い”にしかその才覚を使用しない。

 一体何が彼を突き動かしているのか、自身にもよくわからないままアレクシスは考える。正体の判らぬ“敵”、その姿を己の眼前まで引き摺りだすための策を――


 そして彼は、そのための絶好の“駒”――カードゲームに例えるなら、“捨て札”となる存在のことを思い出す。


「……そうだ。確か、最近俺のところに入ってきた奴が、レベル6の上級使い魔ファミリアまで召喚できた。ソイツにやらせてみようじゃねえの」


「ほう、貴様にしては殊勝だな。だが、敵は最低でもレベル8まで召喚できるのだろう? 勝てるのか?」


「さあな。勝てればそれでいいし、勝てなきゃそんときゃそんときだ。ちょっとした小手調べだよ。もし敗けたらアンタが行ってみるかい? エレイン」


「冗談を言うな。私に尻拭いを押し付けようとしても、そうはいかんぞ」


「ま、そこは追々決めればいいな」


 一切の反対が無いのは、アレクシスにとっても、そのほかの“五曜司祭”にとっても、都合のいいことであった。

 アレクシスは自分の好きに事を動かすことが出来るし、他の司祭たちは面倒が無くていい。


 司祭たちは、妙なアレクシスのやる気に圧されていた。

 言っていることにおかしいところはないし、これといった対案も用意していないので、誰も異を唱えなかった。


「……何はともあれ、アレクシスの案で決定のようですね」


「ソウジ、アンタは何かないのかよ? こういうのに一番乗り気なの、いつもならアンタだろ?」


「いえ、珍しく君が意見を言ってくれたので、うれしくてね……。特に異論もないし、とりあえずはそれで行きましょう。イワンも、文句はないでしょう?」


「ああ。アレクシスのところだけが損をしてくれるのなら、俺も別に問題ない。ルチアは……聞くまでもないな」


「めどい……」


 全員の同意を得られると、アレクシスは口角を吊り上げた。

 想像以上にスムーズに事が運び、喜ばずにはいられなかった。


「なら、俺からアイツには通達しておこう。日本人(ジャップ)同士、いい勝負になるといいな。つーことで、今日は解散」


「――おい!」


 アレクシスがそう言って立ち去ろうとすると、エレインがそれを呼び留める。

 足だけを止め、振り返りもせずに、アレクシスは耳を傾けた。


「……貴様、どうして敵も“日本人(にほんじん)”だと思った?」


「さてな……ただの勘だよ」


 アレクシスには、エレインが自身に“疑い”を持っていることが分かっていた。

 だが、実際ただの“予感”なので、そうとしか答えることができない。


 それに、アレクシスとしてはエレイン一人に疑われたところで、何ら問題は無いのだ。

 なぜならば、彼は“強い”からだ。エレインなど――いやこの場にいる者たちなど、その気になればひと捻りだと確信しているからだ。

 だがそんな彼にも、“絶対に勝てる”などと断言できない相手はいる。


(もし、敵が俺の“想像通り”の奴なら……アイツは確実に“敗ける”だろうな)


 “捨て札”となる人物の、顔と実力を思い浮かべるアレクシス。

 刺客となるその人物の成果など、アレクシスは微塵も期待していなかった。

 それどころか、無様に敗れることすら渇望していたのだ――

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