到着、“ガーネット邸”
ベリンダの長い自己紹介が終わると、聖依たちは歩き出した。
目的地は、ベリンダの家。この惑星ジェイドを取り仕切る“五氏族”の一つ、ガーネット家の邸宅だ。
そして彼ら二人の後には、未だ召喚されたままの2体の使い魔たちが付き従う。
(何だ、この感覚……力が抜けてるのか……?)
しばらくは、問題も無く進めていた。
だが歩いていくにつれ、聖依は倦怠感のような気だるさを覚え始めていた。
「どうしたのですか? 渡世人……ではなかったですね。セイ、具合でも悪いのですか?」
「ああ、なんか妙に力が入らなくて……」
『ふむ、それは我々を召喚しているからであろうな』
聖依とベリンダの後ろから声をかけてきたのは、全身鎧を纏った大柄の男『獄炎の騎士イグナイト』であった。
聖依が後ろを振り向くと、イグナイトは歩みを止める。
「え? どういうことだ、イグナイト」
『使い魔は召喚状態を維持しているだけでも、召喚力を消費するものだ。時間あたりの量は微々たるものだが、ずっと続けていればそれはそれは疲れるであろう。特に、吾輩やこのエビル・デーモンのようなレベルの高い使い魔はな』
『グフフフフフフフ……』
イグナイトが解説すると、なぜかその隣の『生贄を求めるエビル・デーモン』が楽し気に笑う。
聖依はそんな2体の使い魔を感情のこもらぬ眼で睨みながら、釈明を求めた。
「……何でそれを早く言わないんだよ」
『聞かれなかったからな! フハハハハハッ!』
(コイツ……こんなに嫌な奴だったのか!)
聖依はカードのイラストから、騎士道精神に溢れた好漢のイメージをイグナイトに抱いていた。
だが実際はこれである。聖依はかなり幻滅していた。
「ええい、戻れっ!」
聖依は杖を振り、2体の使い魔たちの送還を念じる。
その思惑通り、現れた召喚陣の中に使い魔たちは沈んでいった。
『ハハハッ! ではまたな、主殿』
『グフフ……』
聖依を小馬鹿にしながら、使い魔は消えていく。
手を振りながら戻っていくその様子を、聖依は苛立ちながら見送っていた。
「あの……大丈夫ですか、セイ」
「大丈夫だよ……いや、まさかあんな奴らだとは思ってなかったけど」
杖の先端の花弁が折りたたまれたことを確認すると、聖依は杖のポケットからデッキを取り出す。
(……ん?)
そして、取り出したデッキに聖依は違和感を覚えた。
手に持った瞬間に、彼にはわかった。毎日握っているデッキの変化に、気がつかない訳はなかった。
「ま、まさか!?」
「……え?」
――そう、デッキの枚数が減っていたのだ。
「……やっぱり!」
聖依は慌ててデッキのカードを全て確認した。
デッキの枚数は“19枚”、無くなっているカードは『
「ベリンダさん! さっきの、ケインって人のデッキあるか!?」
「ええ。確か、デッキというのは絵札の束のことでしたね? それなら持ってきていますが……」
ベリンダは、ケインの遺品である杖とブレスレットを持ってきていた。
そして、杖の中からデッキを取り出し、聖依へと手渡す。
聖依はやはりそのデッキの厚さに違和感を覚えていた。
枚数を数えると“15枚”。聖依との対決において使った4枚は、全てデッキに入っていなかった。
――それに加えて1枚減っていることになるが、ベリンダに使われた『スナイプ・アロー』について聖依は知らない。
怪訝に思いながらも、聖依は大して気にしなかった。デッキが最初から19枚であった可能性だってあると考えていたからだ。
重要なのは、使ったはずのカードが無くなっていることである。
「まさか……“消滅”したカードは消える……?」
聖依の言葉は、一聞すると意味が解らないかもしれない。これには、“エレメンタルサモナー”のルールが関係しているからだ。
“エレメンタルサモナー”において、戦闘に敗れた
だがそれもあくまで対戦中の話で、二度と使えなくなったり、ましてや、いま聖依が体験しているように実際に消えてしまったりするわけではない。そのはずであった。
(そうだ……ここはもう、異世界なんだ……! それに――!)
ここに来て聖依ははっきりと理解した。
この“惑星ジェイド”という聖依にとって未知の異世界で、地球の常識は通じない。
“エレメンタルサモナー”などというゲームのルールは、この世界における“殺し合い”では大した意味を持たない。
そして――
(よく考えれば、馬鹿正直に“使命”とやらに従うことなんかないじゃないか! たとえ果たしたところで、元の世界に戻してもらえるとは限らない! なら、自分の好きなように生きたっていいはずだ!)
淡い期待に、聖依は心を躍らせていた。
自身の新たな歴史が始まろうとしているのだと。
異世界での新生活が始まろうとしているのだと。
そう、聖依は開き直って、新しい人生を送る決意を固めていたのだ。
◇
ベリンダに唆された聖依は、長い道のりをただひたすらに歩いた。
それは、文明の利器に頼りきった生粋の現代人であり、かつカードゲーマーという体力とは無縁な人種であった聖依には、とても辛く苦しいものであった。
元からあった喉の渇きは、今や限界を通り越して口腔に荒野を作り出していた。
「あれが私の家、ガーネットの
「あ、あれが……」
息を切らして俯いていた聖依は、ベリンダの案内に従って顔を上げる――
そこには、不自然なほどに真っ赤な建物があった。煉瓦で作られているのであろうその邸は、ベリンダの髪と同じ色に塗られていた。
木陰ばかりの薄暗い森の中に建てられたそれは、まるで血に染まった恐怖の館のようにすら聖依には感じられた。
(三流のホラー映画にでも出てきそうな所だな……)
聖依がそんな失礼極まりないことを考えていると、ベリンダは門番に声をかけ、門を開放してもらっていた。
そして聖依を手招きすると、さっさと中へと入って行く。
ようやく一息つけることに喜ぶ聖依も、その後をついて行った。
「しかし、見知らぬ人間をこんな簡単に入れていいのか?」
「私がいなければ、摘まみ出されているでしょう」
「ああ、そう……」
ベリンダが邸の扉を開けると、二人は中へと進んでいく。
聖依はベリンダの背を追い、勝手の分からないままに歩く。
そしてベリンダは、ある部屋の前で足を止めた。
聖依も足を止めて見ると、部屋の中から僅かに話し声が聞こえてくるのが分かった。
(客間かなんかに案内しようとしたら、先客が居たってところかな……これは気まずい……)
聖依は、的確にベリンダの心境を読み取っていた。
そうして立ち尽くして数十秒後――いたたまれなくなった聖依は、提案を持ち掛けた。
「なあ、話ならさっきのロビーでいいだろ? ここまで歩いて来て、疲れているんだ。早く休ませてくれよ」
「そ、そうですね……では……」
ベリンダが引き返そうとしたその瞬間――
扉が開き、男と女が姿を現した。
一人はベリンダよりもくすんだ赤い髪の男で、髭を蓄えた渋面の大人であった。
そしてその後に続いて出てきたのは、透き通った緑色の髪の、若い女である。歳はベリンダよりも少し上といった感じの、顔立ちの整った美女であった。
男はベリンダを認めると、不機嫌そうに言う。
「ベリンダ……お前、帰って来ていたのか」
「……はい、お父様。“陛下”も、ご無沙汰しております」
聖依にとってただでさえ気まずかったムードが、更に険悪な物へと変わる。
この一瞬のやり取りでさえギクシャクとしていて、聖依はとても居心地が悪かった。
ベリンダの父親らしき男は聖依と目を合わせると、視線をベリンダに戻して問う。
「その男は何だ。教団の杖を持っているようだが……」
「彼は“渡世人”です。“絵札召喚士”としての才もありましたので、私が招きました」
「“召喚教団”には関わるなと、あれほど言ったはずだ!」
「彼は教団とは無関係です! それに、教団を倒す力になってくれるやも――」
「それはお前の考えることではない!」
パシン! と男の平手打ちがベリンダの頬を直撃した。
対して面白くもない茶番を見せられた聖依は、とんでもなく不愉快だった。だがそれでも、親子間の問題に口を挟むことはない。
聖依がおもむろに緑髪の女性に目を向けると、視線が合う。2人はお互いに困ったような表情をしていた。
「……ガーネット卿、そのあたりにしてほしいものだな。親子喧嘩は結構だが、妾もいるのだ。これ以上は弁えよ」
「はっ! 見苦しいところをお見せしました、ジェイド陛下!」
「よい。許そう」
偉そうにしていたベリンダの父が、尊大な口調の女に跪いた。
聖依はその様子を訝し気に眺めている。
(陛下って呼ばれてるし……この人、もしかして偉いのか……?)
ベリンダの父が立ち上がると、ベリンダを睨む。
まるで厄介なものを見るかのように、その鋭い視線を浴びせかける。
「……今日はな。その教団のことについて、陛下に来てもらっていたのだ」
「では!」
「ああ、我々“五氏族”は――“召喚教団”の活動について、不干渉を貫くことに決めた」
「そ、そんな!」
ベリンダの瞳が一瞬、希望に満たされた。
だがその希望はまた、一瞬にして砕かれる。他でもない、父親の言葉によって。
ベリンダの父は聖依たちが来た方向へ歩き出したかと思うと、すぐに足を止める。
「今日のところは、彼に客室の1つでも貸してやるといい! だが、明日には出て行ってもらう!」
「“召喚教団”の恐ろしさは知っているでしょう! 何故、放置するのです! お父様! 陛下も!」
「お前には関係のないことだと言った!」
振り返りもせずそう言って、ベリンダの父親であるガーネットの当主は、ジェイドと呼ばれた女性を連れて去った。
(ようやく終わったか……僕に面倒ごとが降りかからなくてよかった)
安心して一息ついている聖依。
そして彼が、一向に動こうとしないベリンダの顔を覗き込むと――
「何故、誰もわからないのです……何故……どうして……!」
彼女は、泣いていた。
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