摂理、“敗北者”の定め
ケインの召喚した使い魔たちは、跡形もなく消えた。
まるで始めから何もいなかったかのように、全て光の粒となって――そして消滅した。
「う、嘘だろ……俺の使い魔たちが……ぜ、ぜ、ぜんめ、めつめつめつ……」
餌を待つ金魚のごとく、口をパクパクと開くケイン。
その様子を見たベリンダは、聖依の一歩前に出て、告げた。
「ケイン、貴方の負けです。もう、わかったでしょう……貴方の内包できる召喚力では、この方には勝てないことが……」
「ま、まだだ! 俺の絵札は、まだ尽きてねえ!」
「……渡世人殿、この男に止めを刺してください」
ベリンダの良いように事が進んでいる事が、聖依は何となく腑に落ちない。
だがそれでも聖依は、杖を掲げてイグナイトに命ずる。
自らの命を脅かす敵対者を排除するために。自らを導く“転生神”の言葉に従って。
「行け、イグナイト!」
『断る』
「何!?」
イグナイトが命令を拒否したことに、驚きを隠せない聖依。
しもべたる使い魔の突然の反抗は、召喚者たる聖依には信じがたいものであった。
『我が秘剣は、このような下郎を斬るためのものではない。どうしてもと言うならば、この剣に纏いし炎が治まってからにしてもらおう』
――だが聖依は、何らかの形でイグナイトの攻撃が失敗する可能性自体は、予測していた。
(まさか……カードのテキストが、こういう形で再現されるのか!)
今、聖依のデッキは19枚。これはエレメンタルサモナーのルール上における上限枚数20枚の中から、召喚されているイグナイトの分を差し引いた数だ。
――そして、イグナイトの
デッキが15枚以上の時は、召喚士――すなわち、相手プレイヤーに攻撃は出来ないのだ。
聖依はそれを忘れてはいない。
「なら――! 来い、『生贄を求めるエビル・デーモン』!」
聖依は新たな使い魔を召喚する。
召喚杖の2枚目の花弁に、黄色い光が灯る。
そして地には6重の召喚陣が現れ、その中から“悪魔”が姿を現した。
『グフフフフフフフ……!』
――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
生贄を求めるエビル・デーモン
レベル6
悪魔種・雷属性
戦闘力:2500
受動技能
魂屠りの
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――――――――――――――――――
その体は所々が痩せこけ、骨が剥き出しにすらなっていた。
その頭は頭蓋骨そのものであり、おおよそ人のものとは思えない角が、左右から生えていた。
そして悪魔は、魔性の光をその眼孔に宿していた。悪魔が牙を見せると同時に、その光は歪む。
「今度はレベル6!? どうなってやがるっ!」
凶悪な笑みを浮かべるデーモンに、戦慄するケイン。
哀れな生贄を前にして悦ぶ悪魔に、贄となるべき男は恐れおののく。
しかしそんな様子など気にもせずに、聖依は告げた。
「行けっ! エビル・デーモンの攻撃――!」
『グフフ……』
先の尖った指骨が突き出すエビル・デーモンの手に、電気の奔流が走る。
バチバチと、殺意のこもった鋭い光を滾らせる。
その、人を焼き殺さんとする電流に怯え、ケインは杖を構えた。
「そうはさせるかよぉっ!
――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
プロテクト・シールド
レベル2
速攻呪文
効果
戦闘フェイズ(対峙ステップ)時:行われている戦闘を中断し、戦闘フェイズを終了させる。
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――――――――――――――――――
ケインを覆うように、半球状の透明なバリアが出現した。
(――これでこの場は凌げるぜ! ……だが、こんな化け物を相手にどうしろってんだっ!)
その場しのぎの呪文を発動し、安堵するケイン。
だが、彼を死に至らしめようとせん悪魔は、まだ目の前にいる。
ケインはすぐに頭を切り替え、エビル・デーモンの対処方法を考える。
だが――
「そんなものを通すと思ってるのかっ!
「なにぃぃっ!?」
――――――――――――――――――
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レベル5
対抗呪文
効果
随時:相手が呪文、または能動技能を発動した時に発動可能。その効果を無効にし、消滅させる。この呪文は無効化されない。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――
聖依は無慈悲にも、ケインの手を封じた。
プロテクト・シールドは無残に砕け散り、ケインが構築を進めていた逃げの手さえもが崩された。
ケインは動揺する。敗北の先に待ち受ける末路が、彼を恐怖に震わせる。
「ば、馬鹿な……! 俺が、敗ける? ……いやだ……嫌だあぁぁぁぁっ!」
ケインは杖と、左腕にはめていた腕輪を投げ捨て、情けなく逃げ出した。
だが怒りの収まらぬ聖依は、エビル・デーモンを止めようとはしない。一度振り上げた拳を、収めるようなことはしない。
「今度こそ行け、エビル・デーモン! 『
そしてケインが聖依の視界のから消える前に、エビル・デーモンは瞬間移動してケインの前に立ちはだかる。
デーモンの上腕筋が膨れ上がり、腕が突き出される。風を切る音を立て、ケインの目の前を通り抜ける。そしてその大きな手が、頭を掴み上げる。
微弱な電流がケインの体を駆け巡り、全身が鋭い痛みに苛まれる。己の末路を、否が応でも思い知らされる。
『グフフフフフフフ……!』
「や、やめろ……やめてくれぇっ!」
懇願するケインの言葉など受け入れられず、エビル・デーモンは電流と嗤いをさらに大きく引き上げていった。
ケインはデーモンの腕から逃れるべく、両手でその腕を、その肩を、その胸を叩くが、微動だにもしない。
――そしてその瞬間。聖依は、勝利を確信した。
「……
『ヴァァァァァァァッ!』
エビル・デーモンが、叫びをあげた。
その眼に宿る光が強く輝き、その表情はニタニタとした笑みから烈火の如き怒りへ――
そして全身から
「ああああぁぁぁぁぁぁっ! ああっ! あっ、ああああああああぁぁぁっ!」
ケインは最早話すことすらできず、壊れた機械のように悲鳴を上げるだけの肉人形と化した。
(終わった……!)
エビル・デーモンがその手を離すと、ピクリとも動かなくなったケインが地に伏せる。
肉の焦げる匂いが、“ケインであったもの”から放たれる。
まるで抜け出る魂のように、その肢体から湯気と煙が立ち上る。
聖依はケインが死んだことを理解していたが、不思議と何も感じ入るものは無かった。
ただ、窮地を切り抜けた達成感と安堵のみが、彼の心にはあった。
「な、何だこれ――!」
――だから、驚愕の表情を浮かべていても、それは決してケインの死に驚いている訳ではない。
「人が……消えてる!?」
そう、ケインは聖依の想像もしない変化を遂げていたのである。
戦闘に敗れ消滅した使い魔たちのように、光の粒となって徐々に弾けていったのだ。
聖依にはとても、人の死に様には思えなかった。
遺体すら残らず、ケインという人間がこの世から消え去っていく瞬間は、聖依の死生観から考えても受け入れがたいものであった。
『ふふふ、雑魚にはお似合いの末路ではないか』
「お前っ……!」
『そう怒るな聖依。貴公は勝ったのだ、貴公がこの雑魚を葬ったのだ』
「そんな言い方はないだろっ!」
『ならば誇れ。それが敗者への手向けであり、弱肉強食の世界を生き抜く術だ。……間違っても、同情などするな』
何もかも残さず消えていくケインの様は、彼の妹が死んだ時以上の悲哀を聖依に覚えさせていた。
骨の一本すら残らないことには、死を弔うことすらできないのだから。彼(か)の人間の死を、受け入れることすらできないのだから。
だからこそ聖依は、他者の死を冒涜するイグナイトに、反発を覚えていた。
そしてケインが消滅すると、ベリンダが聖依に向き合う。
「ありがとうございます、渡世人殿。これで、ケインは安らかに逝くことができるでしょう」
「安らか!? あれが……あんなのが、安らかだって言うのか!?」
「ええ……放っておけば、もっと惨い末路が待っていたでしょう。“召喚教団”とは、そのような場所です」
「“召喚教団”……!?」
聞き覚えのない名前を出され、聖依はたじろいだ。
ベリンダはその隙を見逃さない。すかさず、自分に有利な提案を持ち掛ける。
「渡世人殿……ひとまず、私の家まで来てもらえないでしょうか。召喚教団と、この“惑星ジェイド”を取り巻く状況については、その後でお話しします」
「惑星ジェイド? ……わかった、行こう」
ここで聖依は、自身の名前を名乗っていなかったことに気が付く。
“渡世人”などという訳の分からない名前で呼ばれるのは、聖依にとっても不愉快であった。
「僕は
「あら……名乗っていませんでしたか?」
「聞いてないよ……多分」
実際のところ、聖依は知っている。
ケインが叫んでいた名前が、脳裏に焼き付いていた。
彼女は聖依が興味を持つ程度には美しい。だからこそ、聖依は覚えてしまっていた。
「それは失礼しました……」
ベリンダはその長く赤い髪をたなびかせ、聖依へと向き合う――
(この人……僕より背が高い? もしかして、年上なのか?)
そしてその澄んだ碧眼を聖依に向け、潤いのあるその唇を開いた。
「――私はベリンダ・ガーネット。この地を束ねる“五氏族”が一つ、“ガーネット”に名を連ねるもの。そして、“召喚教団”の存在を善しとしない、“反教団同盟”の一人として動いています。……とは言っても、まだ私一人ですが。趣味は――」
聖依は、ますます状況が分からなくなっていた。
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