召喚、“獄炎の騎士イグナイト”

 赤い髪の少女は、聖依の一歩前に出る。

 勝ち誇ったような顔で、フードの男に対峙する。

 その動きに、先ほどまではあった震えなど、最早ない。


「退きなさい! もう貴方の敗けです! 貴方では、この方には絶対に勝てない!」


「あぁ? ……なぁるほどな。その髪の色、召喚されたての“渡世人わたせびと”ってわけかよ」


 状況のつかめない聖依を置き去りにし、話を進める二人。

 困惑の表情を浮かべる聖依の意思など、気にも留めていない。


(“渡世人”!? “召喚されたて”!? いや、そんなことの前に……何で、僕が戦うことになってる!?)


 男が杖を構えると、『月明かりのバニッシュ・ウルフ』が背を低く落とす。

 まるで獲物を品定めするかのような、鋭い眼光が聖依を射貫く。


「ちょ、ちょっと待てよ! そんなのに勝てるわけないだろ!」


 聖依が尤もな抗議を叫ぶ。みっともなく、喚き散らす。

 杖を掲げる男は、その姿を訝しげに見つめていた。


(なんだコイツ……怯えてやがんのか?)


 その視線など意に介さず、少女は杖を聖依へ差し出す。

 両の手で、少女の身の丈ほどもありそうな木の杖を、頭を下げながら渡す。


「お願いです! この杖で、戦って! ……あれを打ち倒してっ!」


(なんだ……何なんだ、この必死さ……!?)


 聖依は動揺した。

 かつて経験したことのない、あまりにも真っ直ぐな懇願に。そして、その声に込められた決意に。

 気圧され、聖依は思わず左手で杖を受け取ってしまう。


「はっ! “召喚杖”があっても、“絵札”が無きゃ意味ねえだろうがよぉ!」


「いいえ、この方は“絵札”を持っています! そして、この強大な“召喚力”が――!」


 少女は大きく手を広げる。

 彼女にだけ見える、赤い“召喚力”を表現するかのように――


 そしてフードの男を指さすと、高らかに宣言した。


「ケイン! 必ず貴方に敗北をもたらします!」


「けっ、言うじゃねえか! ベリンダ・ガーネット!」


 赤髪の少女ベリンダが啖呵を切ると、フードローブのケインが感情のこもった声を上げる。

 ケインはフード脱ぎ、その茶色い髪を露にした。


(“絵札”……? まさか、このカードのことなのか?)


 聖依は手元を見る。

 その右手には未だに、“エレメンタルサモナー”のカードデッキが握られていた。

 杖とデッキを交互に眺めていると、頭の中に直接声が響く。


《――セイ……聞こえていますか、セイ……》


「その声はっ!?」


「何を言っているのです、渡世人殿! 早く、その絵札を召喚杖にセットして!」


 ベリンダやケインには、“転生神”の声は聞こえていない。

 聖依のみが、彼女に語り掛けられている。


「てめえの使い魔を召喚するまで待っててやるよ! まっ、俺のバニッシュ・ウルフには敵わねえだろうけどなぁ! はははははっ!」


 余裕をかましているケインを無視し、聖依はデッキのセット先を探す。

 丁度握りの上あたりに括り付けられている、デッキケースのような布袋のポケットを開くと、聖依はその中にデッキを挿入した。


 ――すると、ポケット自身が収縮し、デッキが固定され、簡単には取り外せなくなる。


《遂に、この時がやってきました……貴方の“使命”を遂行する、鍵となるものがようやくそろったのです……》


(なら、どうすればいい! どうすれば、“使命”とやらを果たせる! どうすれば……アレを倒せるんだ!)


 聖依はバニッシュ・ウルフを睨む。

 狼は牙を剥きだし、獲物を目の前にして唸っていた。

 「今から狩り殺してやる」――そう言わんばかりに。


《抗いなさい、彼女と共に……戦い続けなさい、この世界を救うために……そして――》


 その時、聖依は直感的に杖の使い方を理解した。

 まるで、初めから知っていたかのように、手に馴染む。

 自らのうちに宿した“召喚力”が、その力を具現化する杖の機能が――


 そして、デッキに眠る全ての使い魔たちの息遣いが、聖依の闘争本能を呼び起こす。

 聖依は、“転生神”が続けようとしている言葉さえも、心で感じ取ることが出来た。


《召喚するのです。貴方のしもべたる使い魔を……! 今こそ呼ぶのです。貴方の持つ、最強の使い魔の名を……!》


(最強の使い魔!? まさか……“アイツ”のことか!)


 思い当たるカードを思い浮かべると、聖依の脳裏に強烈なイメージが走った。

 それは、全てを包み込む地獄の業火。それは、何者をも討ち取る誇り高き戦士。

 そして聖依は、気が付くと思うがままに唱えていた。“奴”をびだす、その言葉を。


「……業の炎を纏いし者よ、かれる運命さだめにあるべき者よ! 我が魂の理力をにえに、汝が剣をここに掲げろ!」


 杖が展開し、花弁の一つが紅く輝く。紅い8重の円陣が、地に展開する。

 ベリンダのみならず、ケインにでも分かるほどに“召喚力”のうねりが発生する。


「あ、あれは……あの“召喚陣”は!?」

「な、なんだ……何を召喚しようってんだ……!」


 全身鎧の騎士が、召喚陣から浮かび上がる。

 兜の下に隠れた鋭い眼が、対峙するケインを威圧する。


 そして、聖依は叫んだ。

 そのしもべの名を。彼の信頼する、その使い魔の名を。


「――来たれ! 『獄炎の騎士イグナイト』!」


 その騎士は完全に顕現すると、背中から自身の背丈ほどもある剣を抜き取った。

 その剣先の広がった紅蓮の剣は、叩き切る事に特化した異様な形をしていた。

 その彼岸花を彷彿とさせる真紅の鎧は、全ての生きとし生けるものに、本能的な恐怖を与えていた。


 そしてその騎士は、笑った。


『ふふふふふ……ははははははっ! やはり最初は吾輩をんだか、主殿!』



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獄炎の騎士イグナイト


レベル8(ユニーク)

霊長種・炎属性

戦闘力:3000

受動技能

 プロミネンス・ストラッシュ:自分のデッキが残り15枚以上の時、このカードは戦闘勝利後に続けて攻撃を行うことが出来る。この技能の発動中、この使い魔による召喚士への攻撃は無効となる。


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「レ、レベル8を召喚した!? ありえねえ! いくら“召喚力”が溢れてるからって、そのレベルはありえねぇ!」


 狼狽するケインのことなどいざ知らず、聖依の身に変化が起き始める。

 髪から色が抜け、瞳の色が薄まっていく。


「あ、あの髪は……!」


 聖依は何物をも拒むような銀色の髪となり、神々しさをも感じさせる金色の瞳を発現させた。

 ベリンダはその色に驚愕し、ケインの顔には恐怖すらも浮かび始めていた。


「くそっ! くそぉっ! 来い! 来いよぉっ!」


 自棄になったケインは杖を振りかざし、新たに2体の使い魔を喚び出す。

 その杖の先の花弁には、いずれも琥珀色の色が宿る。

 召喚陣は2重と3重――レベル2とレベル3を表している。


『キシャァァァッ!』


『グオォォォッ!』



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リザード・ウォリアー


レベル3

爬虫種・地属性

戦闘力:1000


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地を駆ける怪鳥


レベル2

鳥種・地属性

戦闘力:300

受動技能

 シールド・ウィング:この使い魔は1ターンに1度だけ、呪文の効果で破壊されない


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 人間サイズの二足歩行トカゲと、異様に脚の発達した大きな鳥が現れた。

 しかしいくら数が揃おうと、騎士は怯まない。それどころか、召喚者たる聖依さえも脅かすことは出来ない。


 新たな2体の使い魔が召喚された事を認めると、聖依は命じる。


「行け、イグナイト! 全てき尽くせ、『プロミネンス・ストラッシュ』!」


 イグナイトの剣に、炎が纏う。

 剣を焦がす紅い炎は、何者にも苦痛を与える地獄の業火。

 炎を操る長大な剣は、業を断ち切る自分本位の剣。


 そしてイグナイトは、その手に持つ灼熱の塊を、3度振るった。


『受けよ、我が秘剣を! そして無様に死ね! ふはははははっ!』


 剣から延びる炎が、次々とケインの使い魔たちをき、斬り伏せる。


『グオオォォッ!』


『キエアァァッ!』


『グルウゥゥッ!』


 ケインの使役する獣たちが、激しく燃え上がる。

 痛々しい断末魔を上げ、もがき苦しみ、のたうち回り、足掻く。

 だが必死の抵抗も虚しく、数秒もすると3体の炭が地に転がっていた。

 炭はやがて光の粒となり、霧散する。


「これが……この杖の力……!」


 聖依は戦慄していた。

 自らの召喚した、強大な使い魔の力に。

 そしてそのような存在を生み出した、“召喚力”という不思議な力に――

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