第41話 厳しい現実の世界へ
――ストーリエ城崩壊から、しばらくの月日が流れた。
「ラロードはどうして、ヒカゲ王に『妖精の奇跡』を与えたのですか?」
「……何故、なんだろうな」
それについては当人が一番困惑していた。思慮型のラロードにはあるまじき行為なのだ。ラロードは、妖精チイを従える数少ない“妖精使い”だった。
「アスカくんのときはあんなにも渋っていましたのに……!」
「――――と、言いたかったのかもしれないな」
「え? すいません。聞き取れませんでした。もう一度おっしゃってくださいませんか?」
ラロードは、この世界の理を感じ取っていた。自分たちが創作された世界の住人だったのだとしても――俺たちは俺たちだ。それぞれに意思がある。
そして、ラロードから見てみればヒカゲは神様だ。彼が居なければ、自分たちは生まれすらしなかった。たとえヒカゲがそれを自覚していないのだとしても。
プリスに目を向けるラロード。彼女の目線は、いつものように口喧嘩を繰り広げているアスカとリーナに向けられていた。
「お前は……アスカのことが好きだったのか?」
「今でも好きです」
「…………そうか」
「……最初は亡くなった弟を重ねていました。ですが――、」
胸に手を当てたプリスが、にっこりと微笑みながら言った。
「私は、一人の男性として……アスカくんのことが好きになっていたんです」
「…………そうか」
「ラロードこそ、誰か好きな人はいないのですか?」
「団員の連中は皆好きだが」
「そういうことではなく……! もう、私がせっかく秘密を打ち明けましたのに!」
ぷりぷりしたままプリスがアスカたちの元へと歩いて行く。ラロードは、そんな彼女の背に団員の誰もが見たことのない緩やかな表情を向けるのだった。
「……言わなくていいの?」
いつの間にかラロードの隣に立っていたのは、ヒカゲだった。
「何をだ」
「本当のことをさ」
「失った妖精を手に入れるために、旅に出る必要がある。それからでも、遅くはないだろう」
「……損な性格だね。素直に言ったほうが、プリスはきっと喜ぶよ」
「そうか? 俺はどやされるんじゃないかと思っているんだがな」
「アハハ、確かに。でも頑張ってよ、ラロードお兄ちゃん」
「何故わかる? 俺がアイツの兄だと」
「……なんとなくだよ。……まあ、僕ならそういう風に書くかな、とは思うけど」
ヒカゲが楽しそうに語った。夢想家らしく、とても無邪気な笑みだった。そんな彼の頭の片隅から、ラロードやプリスは誕生したのだ。
この世界でラロードが知っているのは厳しい現実だけだった。王族として生まれたはずだった彼は、不慮の事故でスラム街での暮らしを余儀なくされた。彼の願いはただ一つ。仲間や家族と平和に過ごせる世界。そして、生まれ変わったヒカゲが、その手助けをしてくれるだろう。
ラロードは、人を見ることに関して自信と誇りを持っているのだから。
* * *
崩落したストーリエ城の復興を始め、近隣の住民が巻き起こす問題の数々や都市のインフラ整備、資源調整など――現世での頭領が誰一人としてやってこなかった世界すべてに目を向けた膨大な世界構築をヒカゲはほぼ一人でやってのけた。
片時も思考を留めず、睡眠時間を削ってグリモアへの記述を続けた。この世界がより良い方へ向かうよう、幸せで平和な世界を創るため。慢心した暴君から、民を笑顔にさせる献身的な王へと。そして、その活躍ぶりは少しずつ世界の人々に認められつつある。
「あの……王様」
「ん? どうしたの、ロズウェル」
愛用の羽根ペンを走らせながら、ヒカゲが訊ねる。
「ボクは……、王様に謝罪しなくてはいけません」
「……グリモアを盗んだこと? もうその件はいいよ。……気持ち、少しはわかるからさ」
ヒカゲは笑いながらロズウェルにそう語りかける。ロズウェルはぎゅっと唇を引き結ぶ。
「ボクは……王様の一番になりたかったんです。グリモアじゃなくて、ボクを頼って欲しかった。ボク、王様のことをもっと知りたいです。あなたが元の世界でどんな風だったのか。ご家族や、好きな食べ物、……あと、ヒカゲ様が書いてらっしゃる物語も……読んでみたいです」
「ロズウェルは……きっと僕を取られたくなかったんだよね」
「…………あのっ……ボクは、王様の何番目ですか……!?」
「えっ!? う、うーん……難しいことを聞いてくるね。…………でも、秘密!」
ヒカゲの言葉に、ロズウェルはもどかしいような表情をする。
「ふふ、じゃあお詫びに昔話をしてあげるよ。僕にも……君くらいの弟がいてさ――」
* * *
ストーリエ城の天辺には巨大な石碑があった。城のシンボルとも呼べるものである。石碑はまるで扉のような形をしており、幾重に重ねられた鎖の数々が、邪悪な世界への道筋を断絶しているようだった。
扉の前でヒカゲが手をかざすと、鎖だったものは消え去り、暗褐色の石細工に様々な彩りが与えられていく。本来の彩色を取り戻した扉は、グリモアにとても良く似ていた。現世と異世界を繋ぐ唯一の扉である。
「ほら、これで帰れるよ」
ヒカゲが、昔のような笑みを浮かべながら言った。
「ヒカゲ、お前……本当にいいのか?」
「うん。僕は、この世界に残るよ。やらなくちゃいけないことが、たくさんあるから」
数日前にヒカゲの決意を聞いたとき、アスカは冗談じゃないと思った。これまで頑張ってきたことはすべて無駄だったのかと。でも、ヒカゲの気持ちも痛いほどわかり、それ以上何も言えなくなってしまったのだ。
「何も帰らないって言ってるわけじゃないんだからさ……そんな悲しそうな顔しないでよ」
「お前、そのセリフ前にも言ってたからな」
「うっ……そ、そうだったかなぁ……」
「カズラや、お前のお母さんにはなんて言ったらいいんだよ……」
「そこはうまく誤魔化しておいてよ。まあ時間見つけて戻るつもりではいるから、平気だよ」
「でもお前、現世とここじゃ……時間の流れが」
「君たちからしたら、僕は二十四倍の速度で老けていくってことだね」
「そうよヒカゲくん! そんなに早くおじいちゃんになっても良いっていうの!?」
「あはは。そうだねえ……でも僕は元から若者っぽい趣味があるわけでも無いしなぁ……まあ、でもそこは一つ“対策”があるから気にしないで」
「若返り!? 若返りの創造魔法でも考えついたの!? あっ、違うわよわたしには必要ないわよだってまだ十四歳だもの!」
先走ったリーナの発言に、アスカとヒカゲが笑う。
「アスカ、リーナ……二人ともありがとう。君たちが居なかったら、僕は……僕はっ……」
声にならなかった。やがて、ひくひくと瞼と頬が痙攣する。涙が、勝手に溢れ出る。
「何泣いてんだよ! 別にもう会えないわけじゃねーだろ!」
「ううっ……うえええんっ……」
「リ、リーナまでっ……」
赤くはれ上がった瞼のまま、リーナが告白する。
「アスカくんも……ここに来る前におばさまの前で凄く泣いてたわね」
「はぁ!? 何言ってんだ! ヒカゲ、こいつ嘘ついてるぞ!」
「ヒカゲと喧嘩しちゃったから、これから仲直りに行くんだって言いながら、ぽろぽろって」
「そうだったんだ……」
「ぐっ……」
悔しそうなアスカとぐずぐず泣き続けるリーナを見つめながら、ヒカゲは目元を緩ませる。
「本当に君たちは、僕の大親友だよ。…………大好き」
今まで生きてきた中で一番の笑顔で、ヒカゲは二人のことをぎゅっと抱きしめた。
できる限り我慢をしていたアスカでさえ、ヒカゲの無邪気な一言に涙腺が崩壊する。そのまま三人は隠すこと無くおいおいと泣き続けた。嬉しさと悲しさが半々の、綺麗な涙だった。
「あ、あと……二人の結果とかは、また今度会ったときに教えてね……イロイロと」
「結果ってなんだよ」
アスカが涙を拭いながら聞いた。
「何、まだしらばっくれるつもり? 本当にもう君は……」
呆れるヒカゲと、きょとんとするアスカ。リーナは真っ赤になりながら俯いていた。
「まあいいや……それじゃ。僕はまだ仕事が残ってるから。………………またね」
ヒカゲがそう言って踵を返そうとしたとき、
「アスカおにーちゃん! リーナおねーちゃん!」
立ち入り禁止の区域を飛び越えて、ネ族の少女が飛び出してきた。
「ミルフ!」「ミルフちゃん!」
ネ族の少女に続くように、続々とストーリエ城の屋上に人が集まる。
「団員の見送りは団長の務めだ」
「アスカくん、リーナさん! 向こうの世界でもお元気で! お手紙くださいね!」
「ヒカゲ様のことはボクにお任せ下さい。ボクがいれば、何も心配は要りません」
ラロードやプリスを始め、タテガミの団員たち、ロズウェルや夢幻騎士団の面々までもが押しかけてきていた。
「あれれ……ここ、一応立ち入り禁止区域のはずなんだけどな……」
言いつつも、ヒカゲはとても楽しそうだった。
「良いこと思いついた! 最後みんなで写真撮ろうぜ!」
アスカが提案すると、皆がわいわい乗ってくる。ミルフの携帯電話で撮影し、それをリーナの端末へと転送する。これで、二つの世界に同じ写真が残り続けていくことになるだろう。
「じゃあ、今度こそ……お別れだね」
「お別れじゃねーよ。すぐ戻ってくるんだろ?」
「うん」
「じゃあ、またいつか! だな。ヒカゲ。待ってるぞ」
「またね、ヒカゲくん! 騎士団と盗賊団のみんなも! 今までありがとう!」
大勢の人々に祝福されながら、アスカとリーナは手を振った。
彼らは帰って行く。辛く、厳しい現実の世界へと――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます