第37話 人生で一番の大役
人でごった返す城下町の中、リーナは力の限り走っていた。あれこれと思いを巡らせながら角を曲がって石橋で出来た城門へ辿り着くと、上方に小さなシルエットが見えた。
麻の外套を風に靡かせながら、幼い従者があどけない頬を和やかにさせる。
「……ボクが不在の間にグリモアを盗んだのは……あなたですか?」
「…………盗んだ?」
「しらばっくれないで下さい」
リーナにはなんのことだかわからない。ただ、ロズウェルの様子から事態は一刻を争うものだと予想できた。
ロズウェルが呼び寄せた大毒鷲に乗って、舞い降りてくる。リーナはすぐさま『裁きの槍』を出現させて、大毒鷲の鍵爪をなんとか槍で受け止める。
「ロズウェル様! わたしは盗んでなんていません!」
「あなたが盗みました。……いいえ、盗んだかどうかなんて、本当はどうだっていい! ボクはあなたが憎いんです! 王様の不利益になることを望むあなたが! 盗賊団と結託して悪事を働く裏切り者のあなたがっ! 王様があなたを許してもボクは絶対に許さない!」
「そこを……退いてっ!」
重たい攻撃をなんとか受け流して、リーナは走り続ける。空へ放り出されたロズウェルは、大毒鷲を旋回させて上空から再びリーナに狙いを付ける。
「逃がしませんよ! 今更城になんの用があるのですか! 王様の暗殺ですか!」
「違うっ! わたしは……アスカくんやヒカゲくんと帰るの! 自分たちの世界にっ!」
「帰る……だって? 王様を連れて? そんなのっ、そんなの許されるわけがないでしょうっ! 王様はこの世界の神に等しいお方! 代わりは居ないんです! そう、あんなみすぼらしい世界で王様が満足するはずが無い! グリモアが無くなろうと、“トモダチ”が居なくなろうと、例えあのカズラという少年に会えなくたってっ……! 王様にはボクが……この従者ロズウェルが居る! 王様にはボクだけが必要なんだッ!」
いつも冷静なロズウェルが感情的に叫び、その表情をより一層暗いものへと変貌させていく。リーナは、ヒカゲだけが心の支えだった少し前の自分のことを思い出す。そんなとき――、
「今だ! リーナ隊長を援護しろっー!」
響き渡った大声の後に、大量の矢が空に放たれる。それらは大毒鷲の翼に突き刺さった。
「……!? 一体なんです?」ロズウェルが舌打ちを打つ。
「あなたたちっ……!」
石橋の門から一斉射撃を行ったのは、遠征に行かせていたはずの七番隊の部下たちだった。
グリモワールでリーナと共に治安維持に努めてきた副隊長が、びしっと敬礼をする。
「我々はリーナ隊長の命令を放棄します。そして、命をかけてあなたのご意志を尊重致します! 私たちは、隊長の為の剣です! あなたの正義のために、私たちをお使い下さい!」
「そんな……どうして」
「本日の隊長は……少しおかしいと思っておりましたので」
あれだけ忠実にリーナの指示に従っていた仕事人間の副隊長が、にやりと笑みを上げる。
「ふふ、……キャラ変ってやつね。あなたも、わたしも」
「はい、“きゃら変”です。なので、この仕事が終わりましたらまとめて休暇を頂きます」
「許可するわ。……ありがとうっ!」
笑顔を浮かべるリーナは、頼もしい部下に手を振って、ストーリエ城へと急ぐのだった。
* * *
独房に到着すると、リーナは早速『魔法の鉄格子』の鍵を鍵穴へと差し込んだ。すると、触れることすら叶わなかった独房の扉が開く。
「おおっ……すげえ、何しようがぴくりともしなかったのに」
「待っていて。すぐにプリスも出してあげるから」
リーナが鍵を引き抜こうとすると、手元で感触が消える。
「……え?」
「鍵が……消えてしまったのですか?」唇を引き締めたプリスが言う。
「では、お二人とも先に行ってください。私は大丈夫です。今はやらなくてはならないことがあるでしょう?」
「わかった。プリス……必ず助けるから、もう少しだけ待っててくれ」
「ふふ。なんだか、弟のようだったアスカくんが、とっても大きく見えますわ」
聖母のように、プリスが微笑む。そんな彼女の表情を見て、リーナは少しだけ胸が落ち着かなかった。でも、その気持ちは今はしまっておかなければならない。
アスカとリーナは、プリスに急かされながら駆け足で独房を脱出した。
* * *
輝きを失った光石を岩に叩きつけると、ぱっと石が碧色に発光した。
「――――これで、大体あと三十分ってとこか。……もうすぐだな」
アスカは高台からストーリエ城の大舞台を見下ろしていた。握った拳にはグリモアの紙切れが握られている。
「本当に……上手くいくかしら」
「完璧じゃなくていい。上手い具合に邪魔立てできればそれで良いんだ」
現世では常に眠たそうな瞳のアスカだったのに、今の彼の横顔は全く違っていた。
「……あなたって、本当に変わったわね」
「そういうお前も、大分変わったけどな」
「それって褒め言葉?」
「さあな。まーでも昔の融通聞かない感じのお前よりは、ずっと良い」
「…………アスカくん」
「お、なんだよ。久しぶりに名前呼んだなっ」
少しだけ嬉しそうに笑うアスカを間近で見て、リーナは胸が掻き乱される。そんなことを考えている場合ではないのに。火照ってしまって仕方ない。
「絶対に……帰りましょうね。わたしたちの世界に」
「おう」
「……あと……さ、アスカくんって……その、プリスとは……そのっ……」
「プリスがなんだ?」
「やっぱり……なんでもない、わ」
自分の想いに気が付く素振りさえ見せないアスカが少しだけ腹立たしくて、つい唇を尖らせてしまう。こんな自分のことを、リーナは改めて可愛くないなと思う。
「……ヘンなやつ」
「それより仕事よ仕事。この世界をぶっ潰すんでしょう。失敗なんて、許されないわよ」
「やってやるさ。間違いなく、今までの俺の人生で一番の大役だよ」
グリモアの欠片をぎゅっと握りしめて、アスカがいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
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