第35話 立派な処刑台


 謁見の間にて、二人の少年が手足を縛られ口元をふさがれていた。

 一人は怯えのあまり瞼を閉じて震え上がるばかりだったが、もう一人は違った。内に隠せないほどの怒りを伴って、こちらを睨み付けてくる。その表情は獰猛な野獣に等しかったが、ヒカゲからしてみれば外界の存在に怯える未成熟な虎のようなものである。従者ロズウェルが凍てついた表情で彼らを見下ろし、口元の布を乱暴に取り払った。


「おい……! ヒカゲ、テメェ……一体何がどうなってやがるんだぁー? クソが! ざけてんじゃねーよッ! どこだよここはよ! オイ! コラァッ!!」


 わざとらしく声を荒げ、ガキ大将は藻掻いた。虚勢を張っては居るが、恐らく怖いのだろう。


「ホント、うるさいなあ。そんなに喚いてると、君の寿命は縮んでいく一方だよ」

「あぁ?」

「この世界では僕がたった一人の王様なの。君にもわかるように、ゆーっくり言ってあげようか? こーのーせーかーいーでーは、ぼーくーがーおーうーさーま――アハハ、バカみたい」


 現世であれだけ肩を張っていた男も、ヒカゲが君臨するこの異世界ではなんの力も持たない。 ヒカゲにはこの光景が後世に残したい素晴らしい画に思えたし、自分を侮辱していた学校中の全員に突き付けてやりたい気分だった。

 ヒカゲは身動きの取れないガキ大将の周りを回ってから、横たわる彼の尻に乗ってみた。


「ヒカゲェェェッ!! クソッ! 今すぐぶっ殺してやるからな! 嘘でもなんでもねえぞ! 学校でのテメェの居場所なんて根こそぎ無くしてやる! このコスプレ野郎がッ!!」

「人を殺す勇気も無いくせに喚かないでよ、うるさいなあ……もしかして焦ってる?」

「テメェッ…………ぶっ殺す――!!」


 縛られていることなどお構いなしに立ち上がろうとするガキ大将に、ロズウェルが足裏を叩き込む。


「これ以上、王様への反逆行為を繰り返すようなら、死を持って償っていただくことになります。いえ、あなたは踏み込み過ぎた。だから、今ここでボクが――」


 ギリギリと歯を軋ませて、ロズウェルが懐から鋭く光る鋭利な短剣を取りだした。途端に青ざめた表情を見せるガキ大将。


「ロズウェル、ダメだってば」

「ですが王様――この者ッ……我慢なりません!」

「君がそんなに怖い顔をすることはないよ。平気だから安心しなって。しかるべき手順を踏んで、僕が執り行うことに意味があるんだから」


「……はい」渋々、といった表情でロズウェルが下がる。

「へっ……随分偉そうだなオイ。まあ今のうちに思う存分堪能しとけや。ああ……一体どうしてやろうかな。手始めに顔面に五発くらい入れて、服脱がして授業中に校庭のど真ん中で縛り付けにしてやるよ。そしたら、次はテメェのチンコの皮をハサミでちょん切ってやる。それを細かく刻んでクラスの女子に渡しておいてやるよ。ああ……お前の泣き叫ぶ声がもう聞こえてくるぜ……くっくっく」

「幻聴じゃない? それって。何、君クスリでもやってるの」

「…………ッ!!」


 ヒカゲにそう返されて、ガキ大将の顔が瞬間的にカッ――と赤くなる。度を超えた怒りを覚えると、どうやら人は無言になるらしい。


「……君は、人を殺したことってあるのかな」

「あぁ?」

「いや、僕はあるからさ。街や村を丸ごと潰したり、国だって滅ぼしたことがあるよ」


 愁いを帯びたヒカゲの横顔に、ガキ大将はつい息を呑む。その表情は、彼が未だ目にしたことがない類いのものだったからだ。


「それで今回は――」にっこりとした柔和な笑顔で、


「君らを盛大に処刑したいと思って」


 震えることさえ忘れ、ガキ大将の背筋が凍り付く。ただただ奇妙で、恐ろしい――見てはいけないものを垣間見てしまった瞬間というのは、皆こういった表情をするのだろうか。

 立派な処刑台の準備をしなくては……。忙しくなる。これから、より一層ヒカゲの異世界生活は楽しくなるに違いない。そして、この処刑を是非ともアスカにも見届けて欲しい。

 あれこれと妄想を育ませつつ、ヒカゲは彼らを独房へと放り込むのだった。次に会うときは――おそらく処刑日だろう。心の底から、ヒカゲは胸を躍らせるのだった。

 その翌日――ヒカゲの執務室に慌てて駆け込んできたロズウェルが叫んだ。


「お、王様! 保管倉庫から……グリモアが無くなっています!」



 * * *



 鬣猫盗賊団を捕らえてから、リーナは独房への食事係を仰せつかっていた。定期的にヒカゲから盗賊団の状況報告を求められていたのである。

 そして、これは好都合だった。『魔法の鉄格子』によって捕らわれたアスカとプリスを救出するためには、その“解錠方法”を探る必要があったからである。

 ヒカゲの姿が見えなくなって既に半日。ロズウェル配下の騎士を監視に付けられながらも、リーナは汚名挽回の為に実直な騎士隊長であり続けた。そして、時間を見つけてはアスカたちに情報を伝えていたのだ。

 彼女たちに時間的猶予はあまり残されていなかったが、リーナの頑張りの甲斐あって調査は思ったよりも良い方向へと傾いていた。


「ふーん……特殊な鉱石を精製するギルドねえ」


 アスカが深く考え込む素振りをしながら、目の前の鉄格子を眺めた。見た感じはただの鉄棒だが、触れようものなら周囲の空間が歪んでしまう。


「これほど高性能な『物質出現系』の創造魔法は見たことがありません。一度に一体いくつ出現させているのでしょう。魔法の維持にも相当のキャパシティを使っているはずですわ。“複合系の創造魔法”だという、リーナさんの見解は正しいと思います」

「にしてもすげーよな。複数人で思考を混ぜ合わせるなんて。俺たちにもできんのかな?」

「アスカくんにはきっと向いていませんわ。キャパシティオーバーです」

「あ、プリスさんってばそーゆーこと言う?」


 別々の独房に閉じ込められ、お互いの姿も見えないのに二人は声を合わせて笑い始める。こんなにも冷たい独房でどうして笑えるのだろう。


「……良く笑っていられるわね。あなたたちの団長が……亡くなったのに! もしかしたら……二人は極刑に処されるかもしれないのよ? ちょっとは緊張感を持ったらどうなの」


 笑っていたアスカがひょうきんな表情を押し隠して、見つめてくる。


「だからだよ。悲観してなんて居られない。ラロードが居ない今、俺たちがアイツの意思を継がないといけねーんだ。俺たちの目的は変わらない。グリモアの強奪だ」


 アスカは瞳に凛とした焔を灯していた。そんなアスカを、リーナはどこか尊敬の眼差しで見つめていた。そして思う。そんな彼に感化されて……自分も今ここにいるのだと。


「リーナ、この創造魔法だけど、解除する方法はあると思うか?」

「『独房』という形をしている以上は創造主も『対象を閉じ込める』という名目とは別に『解放』することも考えていたと思うの。錠と言われたら、間違いなく“鍵”の存在は頭に浮かんでくるでしょ? 交渉道具にもなるわけだし、絶対に“鍵”は物質として創ってあると思うの。お金に目の無い人たちが、閉じ込めておくだけの魔法を創って終わりだなんて、ありえない」

「それもそうですわね……リーナさんの言う通りです」プリスが同意する。

「それでね、王都図書室の文献を探してみたら過去にストーリエが怪しげなギルドへ発注している記録を確認できたわ。……だから、わたしは遠征に行くふりして直接闇ギルドの奴らに面会して、この独房を創造したギルドを洗い出す。ここら一帯の情報は王都よりも闇の世界の人間の方がずっと詳しいと思うし、何より鉱石精製ギルドとの仲介役になっているはずだから」


 やがて、こつん――こつんと独房へ足音が近づいてくる。


「……戻ってきてみたい。そろそろ時間だわ」


 名残惜しそうに言いながらリーナが踵を返したとき、アスカが「リーナ」と呼び止める。


「闇ギルドへの面会……お前一人でやんのか?」アスカが真面目な表情で訊ねた。

「当然でしょ?」

「そっか……その、気をつけて行けよ……な」

「な、何よ……調子狂うわね」

「う、うるさいな! 素直に言ってくれたほうが気持ちいいって言ったのお前だろっ!」


 偉くしおらしい対応のアスカに少しだけ戸惑いつつ、リーナは独房を後にした。


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