第22話 あいつは王様じゃねー


「ミルフ、プリスを頼む! 手当出来るか!?」

「う、うん! 頑張ってみる!」


 ミルフが一生懸命な声で返事をして、手負いのプリスと一緒に草陰の奥へと退避する。アスカはすぐに開けた場所に飛び出し、鏃が飛んできた方向にナイフの切っ先を向ける。


「……かかって……こいよ!」


 しかし、敵の姿が見当たらない。草陰に隠れてしまったらしい。おまけに相手は遠距離武器である。一方でこちらはリーチが短いナイフ。勝てるわけが無い。だが、それでも……!


「うわああああああああぁぁ!!」


 アスカは自棄を起こして、敵が潜むであろう方向へと突進していく。その行動には戦略も何も無かった。あるのは、プリスの為に――という強い意気込みだけ。

 闇の中、ビュッ――と突然鈍色の輝きがアスカを襲う。頬から鮮血が飛び散る。少しでもズレていたら、確実に目を潰されていた。

 自らを犠牲にして自分の命を守ってくれたプリスのことを想い、ギリっと歯を噛みしめる。


 ――俺は今、殺し合いをしてるんだ。


 その事実に足が竦み、震え上がりそうになる。今は、右手にぎゅっと握りしめたナイフと、守らなくてはいけない存在が唯一の支えだった。

 興奮状態にあるせいか、手元のナイフが熱を帯び意思を持って語りかけてきている気さえする。本能のままにアスカはナイフを茂みに投げ込んだ。すると、驚いた弓兵が姿を現した。

 闇の中に消えたナイフの姿を想像しながら、小学生時代得意だったヨーヨーの要領で、くいと引っ張り上げてみると、自分の手元に瞬時に戻ってきた。同じ要領で再び敵に向かってナイフを放り、空中で回転する刃を相手の首筋でぴったりと止めてみせた。


「う、動くな! 今すぐ武器を捨てろ!」


 相手の薄い皮膚からつうっ――と血が流れた。

 ――相手の血液と混じった毒素を、全身にまんべんなく伸ばすようなイメージ……。

 土壇場で必死の想像を繰り広げる。経験も才能も無い自分には大仰なことは絶対に出来ない。だからこそ、実現可能そうな比較的イメージしやすいものを想像する。

 しばらくそのまま待っていると、対面の弓兵は突然体調を崩したらしく、バタリと倒れた。アスカは胸をなで下ろす。数時間動けなくなるレベルの毒の調整……しっかりできただろうか。

 しかし、ほっとしたのも束の間――――、


「創造魔法まで地味なのね。あなたって」


 コーラルピンクの長髪を星屑の中で靡かせ、騎士リーナがアスカの前に現れる。


「……お前っ」

「……何?」


 首を傾げるリーナ。反対にアスカは悲痛な表情で叫ぶ。


「何? じゃねーよ! お前、本当にどうしちまったんだよ。……何かあったんだろ? だからそんな風になっちまってるんだろ?」

「……そんな風? 良くわからないわ」

「本気で言ってんのか? おかしくなっちまったヒカゲと一緒にお前まで何やってんだっ!」

「おかしくなんてないわ。王様はこの世界のすべてよ。正義なの」


 リーナがそう言い切る。それはとても彼女らしいキッパリとした物言いだった。


「お前は……いつも自分なりの正しい道を行ってたじゃねーか。何黙ってヒカゲの手下になってやがんだ! どうして誤った道に進もうとしてる友達に“間違ってる”って言ってやらない!? お前が俺に教えてくれたことじゃねーのかよ!」


 一瞬だけリーナの表情が強張った。


「王様は……正しいわ」

「あいつは王様じゃねー……“ヒカゲ”だ。次言ったら……本気でキレるぞ」

「…………」

「それがお前の選んだ答えだって言うんなら……俺は、戦うぞ」



 * * *



 リーナは緊張していた。いつも半開きでものぐさだった少年の瞳が、強い光を宿すようになっていたのだ。そこには、きっとリーナが知らない物語があったのだろう。

 だが、それはリーナとて同じだった。


「何よっ、偉そうに……」


 怒気のこもった声が、リーナの口から飛び出した。


「わたしのことなんて何も知らないくせにっ……勝手なことばかり言わないでよ!!」


 気が付けば、リーナは腹の底から叫び声を上げていた。久しぶりに出した大声に自分で驚く。


「ああ知らないね! お前がどこで何をしてきたかなんて! だって、俺たちはまだ何も話し合ってないんだ!」

「うるさいっ!」


 激高したリーナが、禍々しい槍の矛先をアスカに向ける。


「俺を殺すのか? クラス委員長さんよ」


 震えるリーナの矛先が、アスカの耳に触れる。赤い血液が地面にぽたぽたと零れる。


「耳でも切り落とすか? やってみろよ」

「……わたしができないと思っているのね? 本当に、するわよ」

「構わねーよ。ただ、その代わりお前の話を聞かせてもらう」


 アスカの瞳は、ただまっすぐにリーナのことを見つめていた。


「なんなの? なんでわたしのことを怖がらないの? わたしより全然弱いくせに!」

「……良く言うよ。怯えた犬っころみたいな顔で」

「なっ……」言葉に詰まるリーナ。

「……ミルフのこと、なんで助けてくれたんだ」

「ミルフ?」

「ネ族の子供だ。アイツがお前のことを知ってた」

「……前に…………会ったことがあるのよ」


 少し前のことなのに、偉く遠い過去のように感じた。

 アスカと離ればなれになってしまった、独りぼっちのグリモワールでの想い出の数々――。



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