第16話 創造魔法


「どうでしょうか、ラロード」

「薬草で治癒できる領域を軽く越えている。いつ死んでもおかしくない」

「アスカおにーちゃん……」


 薄暗い穴蔵の中で、瀕死状態の少年を数人が取り囲んでいた。


「幸いコイツには息がある。……まだ、運が良いほうだ」

「なんとか……ならないのですか」

「……ダメだな。こいつはじきに死ぬ。……もう手遅れだ」

「いえ…………まだ一つだけ方法があります」

「なんだ、言ってみろ。まさか『創造魔法』とか言わないだろうな」

「“治癒”を創造できないことくらい知っていますわ……『妖精の奇跡』を借りるのです」

「…………ダメだ」

「どうしてですか……!!」


 プリスが憤慨する。頬を上気させて、一派の頭領を睨み付ける。


「そいつがタテガミの団員ではないからだ。赤の他人に貴重な妖精を使うわけにはいかない」

「では……団員だったらいいのですか?」


 押し黙るラロード。特に驚きもせず、プリスの純真な蒼い瞳を見据えていた。


「私は……アスカくんの、鬣猫盗賊団への入団を推薦します!」

「……本気か」

「ええ本気ですよ! ……もしラロードが了承してくれないのでしたら……私はアスカくんとミルフちゃんとここを脱退しますわっ!」

「……そうか、去る者は追わない主義だ。勝手にしろ」

「ああそうですかっ、もう知りませんわ、明日になったら私もミルフちゃんもアスカくんも居ないんですからね、本当にそれで良いんですか? おっしゃってご覧なさい!」

「……後者二人はウチの団員ではない。知ったことか」

「私はどうなんですか! あなたの愛する団員の一人が家出しようとしているのですよ! しかも本気なんですよ! 心配じゃないんですか!?」

「……プリス、一つ聞きたい。何故お前はそいつをそこまでして助けようとする」

「今はどうだっていいことでしょう! 早くしないとアスカくんが死んでしまいます!」

「答えろ」


 ラロードの黒く、鋭い眼光がプリスを射貫く。


「ミルフちゃんは……私の王国の民です。アスカくんが引き留めてくれていなかったら……間違いなく売られているところでしたわ」

「なるほどな……合点がいった。明確な理由があるなら最初からそう言え」

「だ、だったら……最初からそう聞いてください!」

「戦闘中に訊ねたぞ。だがお前は後で説明すると――」

「もういいです! その話は終わりました!」


 不満そうな表情を浮かべたラロードは、隅で佇んでいるミルフに気が付くと「そいつを連れて行け」と団員の一人に指示する。ミルフが去ったのを確認すると、ラロードは続ける。


「……いいだろう。妖精の力を使ってやっても良い。……だが、一つ条件がある」

「……なんでしょうか」

「こいつが『創造魔法』をすることができれば、だ」興味深そうにアスカを見下ろす。

「当然だろう。足手まといを入団させて何になる。タテガミは去る者も来る者も拒まないが、必要な条件が一つだけある。純然たる力だ。一人で生きていける力を持った連中でこの団は成り立っている。飲み食いするだけのノーメリットな家畜を引き入れるつもりは無いぞ」

「……そ、そんな……酷いですわっ」

「生き抜く術を持たない奴は死ぬだけだ。そういう生き方を、こいつだってしてきたはずだ」


 プリスは自らの胸に手を埋めて、苦しそうに横たわるアスカを見つめる。


「どうするんだ。やるのか、やらないのか」

「……や、やりますわ! アスカくんは……きっとできます」

「わかった。……チイ、出てこい」


 ラロードが指を鳴らすと、彼のコートの内側にぽうっと眩い光が現れた。

 碧色をした小さな身体に葉ほどの薄い羽。頭の上でくるんとカールしたふわふわの毛髪がチャーミングな、ラロードの所有する妖精である。

 妖精チイは、座り慣れた主人の肩に乗って、横たわるアスカを興味津々に見下ろす。


「あとはお前がどうするかだ……自分の運命は自らで切り開くんだな」


 ラロードがアスカの耳元に近寄り、囁く。


「魔法を“創造”してみろ、死ぬ気でな」



 * * *



 涙で滲む視界の中で、アスカは男の声を聞いた。全然、何を言っているのかわからない。


「良く聞け、お前の命がかかっている。まずは『創造魔法』を扱えるかどうか、答えてみろ」

「…………うっ、はぁ、……で、で、きっ、ない……」


 魔法を扱える? 当然答えはノーだ。そもそも、もし自分の職業が魔法使いだったとしても、こんな状態で出来るわけが無い。立ち上がることさえ出来ないのに。


「そうか、ならば次に創造魔法をする気があるのか、無いのか答えろ」


 アスカは朦朧とする意識の中で、混乱する。動悸が激しくなって、不安が募る。今すぐ家に帰りたい。冷水で湿らせたタオルを優しく額に当ててもらいたい。

 ――ああ、母さん。

 口には出さなかった。その人はもう自分の元へ帰ってこないだろうから。そう思うと途端に悲しくなってきて、アスカの眦から熱い涙がどくどくと零れる。


「意識はあるか、俺の声が聞こえるか?」

「……んぐっ、はあっ……ぷ……ぷりすはっ……?」

「そこにいる。こいつがお前を助けたいと言っている」

「アスカくん……すいません。でも、今はラロードの言うことを聞いてください」

「…………わ、わかっ、たっ……」


 ラロードが目の前に手のひらを繰り出す。


「いいか、良く見ておけ」


 次の瞬間、手のひらに薄ぼんやりした不思議な光の膜のようなものが宿った。それは指先から手首まで大雑把に覆っていくと、次第に色鮮やかになっていく。光はふわりと彼の手から離れ、少し浮いたところで再び形を創る。不格好な球体から始まり、途中でぼこぼこと泡を立てたり、周辺で小爆発を起こしながら次々と色や形が変化していく。

 まるで粘土のような。太陽の活動を直視しているような。無から有を生み出す不可思議な光景に、アスカは妙な既視感を覚える。ヒカゲがグリモワールの世界を狂わせたときと似ていた。

 アスカはラロードの作業工程を最後まで見届けた。死ぬ気で瞳に刻み込んだ。涙と鼻水、唾液で顔面がグチャグチャだろうと。今にも意識が飛びそうだとしても。


「これが……創造魔法だ」


 やがてラロードが握ったのは、鋭く光る刃を持った短剣だった。懐から取りだしたわけでも無く、“彼がその場で創り上げた一品”である。

 アスカの首筋に、冷えた金属を押し当てながらラロードが言った。


「小難しいことは言わない。想像(イメージ)し、創造(デザイン)しろ」


 そして次の瞬間、ラロードの短剣が――アスカの腕を切り裂く。

 真紅の鮮血が飛び散り、ラロードやプリスの衣服にも返り血が跳ねた。


「……ぐぁっ……あぁッ!!」

「ラロード! 何を血迷ってるのです! 彼を殺す気ですか!?」

「俺は正常だ。コイツの生存率を少しでも上げるためにやっている。お前も少しは考えろ」


 そしてラロードは――アスカの腹部に向かって獲物を突き刺した。


「うわあああああああぁぁッ――!! あぁぁァァァァ!!」


 アスカの悲痛な叫び声が、洞穴の中で反響する。だがラロードは手を止めなかった。そのままアスカの身体に馴染ませるように、短剣の切っ先をぐりぐりと動かした。どす黒く染まった血が、気味の悪い音と共に噴火する。


「ああっ……。すみません。アスカくん……すみません」

「プリス、目を背けるな。お前が助けたいと言ったんだろう。……それに、どのみちコイツは死ぬ。だったら少しでも可能性があるほうに賭けたほうがいい」


 ラロードは泣き叫ぶアスカを度外視し、存分に彼の腸をかき回してから短剣を引き抜いた。


「気分は最悪だろうが、生きたかったら死ぬ気で俺の言うことを聞け。絶対にこの痛みを忘れるな。“俺の創造したこの短剣がお前の肌に痛ましい裂傷を残したこと、腹に致命傷を喰らったこと、全部だ”」


 先端が赤黒く濡れた短剣を、ラロードはアスカの瞳まで持っていく。


「見ろ、お前の血だ。匂いを嗅げ。刃の冷たい感触を忘れるな。刺された痛みを思い出せ。お前の身体にはこの世界で最も強い毒素が巡っている。……お前は間違いなく死にかけている」


 ラロードは続ける。冷静な口調で、


「頭の中で想い描け、お前だけの武器を。目の前の短剣でも、槍でも、斧でもなんでもいい。大きさ、重さ、硬さ……そいつはどんな造形をしていて、どういった効力を持っている。残った全神経をまだ見ぬお前だけの魔法に注げ。俺が創造した魔法にいたぶられたのを決して忘れるな。毒が巡った死にかけの身体の熱さを忘れるな。生きたいという信念を――胸に持って離すな。それらを全部――――お前の目の前に導いてみろ!!」


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