第13話 めくられるページ


 とんでもない悪夢を見ていたような気さえする。だが、足下に転がる一冊の本は、それらを事実と証明するには十分過ぎた。同じような顔色を浮かべたリーナと、沈黙を共有する。


「……どうすれば、いいの」

「行くに……決まってんだろ」


 殆どやけくそだった。千切れた羊皮紙をぎゅっと握りしめて、考えなしにグリモアを拾い上げるアスカを、リーナが制する。


「……落ち着いて考えて。少し時間を置きましょう、ね?」


 アスカの手のひらに優しく触れて、リーナが無理に笑みを浮かべる。


「……わかってる。でも、俺たちが行かねーと」

「もう……戻って来られないかもしれないわ」


 リーナの冷静な言葉が、アスカに重くのしかかる。それは殆ど彼女の勘のようなものだった。あの光景を目の当たりにして、良い想像など浮かぶわけがない。


「……リーナは帰ってくれ」

「そんなこと、わたしにできると思ってるの!?」

「……俺は、アイツを連れ戻さないと行けないんだ。すぐに行かないと……ヒカゲはもう二度とこっちの世界に戻って来られなくなる気がする」


 再び訪れる沈黙。ヒカゲの顔が、脳裏に焼き付いて離れない。


「ああ、本当にもうっ……ちゃんと考えているのかしら! もし戻って来られなかったら親御さんはどう思うと思ってるの? 捜索願いだって出されるかもしれない。第一学校はどうするの? 無断欠席になっちゃうじゃない! わたし生まれて一度もしたこと無いのに!!」


 リーナが頭を抱えて、綺麗な黒髪を掻き乱す。そんなリーナにアスカは薄い笑みを浮かべる。


「来るのか来ないのかどっちなんだよ」


 アスカがいつものように軽口を叩いた。するとリーナは、アスカのことをじっと見つめてから……渋ったように表情を変化させる。


「……あなたは、わたしに来て欲しいの?」

「なんだそれ。別にどっちでもかまわねーよ」

「あっそ。ふうん……あっそ、ふん」

「何勝手に不機嫌になってんだよ。てかやたらと学校の心配してるけど、その辺は大丈夫だろ。あっちでの一日がこっちの一時間だっていうんなら、そんなに時間も経たねーって」

「そういうことでなく! モラルの問題ですっ」


 リーナが息切れしながら、文句を言い続ける。


「学校になんか言われたら俺も一緒に怒られてやるよ。二人なら、怖くないだろ」

「な、何よそれっ……意味ないわ、そんなの」


 ふんと顔を背けるリーナ。どうにも納得がいかないらしく、そのあともぶつぶつと何やら唱えていたが、アスカは聞こえないふりをした。


「行こう。俺とお前で……ヒカゲを連れ戻そう」

「……しょうがないわね、もう」


 アスカとリーナは顔を見合わせてから、くすりと笑った。

 グリモアのカバーを開き、ぱらぱらと羊皮紙を靡かせる。

 異界へと繋がった神々しい金色の輝きが――二人を包み込んだ。


 異世界グリモワールに魅了され、戻らなくなった友を連れ戻すために――。


 * * *


「――――あ、あれ? リーナ……? どこに行っちまったんだ」


 しかし、物語は出端から都合良くはいかなかった。アスカの前に広がっていたのは、薄汚れた布を巻き付けた人々が行き交う貧困街。そばにリーナも居らず、『グリモアの出口』の扉がどこにあるのかさえわからない。


「……おいおい、冗談じゃねーんだけど」



 三人の少年少女の物語の一ページ目が、めくられた。



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