第5話 異世界スタイルチェンジ
翌日も、アスカとリーナはいつものようにヒカゲ宅を訪れ、当然のように異世界に入り込む。そして注文していたオーダーメイド服に着替えるように、彼らは自分たちの容姿を変化させた。
元々髪質が柔らかく、一本一本の髪の毛が細いのが悩みだったアスカは、まるでゲームやアニメに出てくる主人公の様な、しっかりとした毛束感と髪質を手に入れた。思春期ニキビがまばらに散らばっていた顔面も、驚くほどきめ細やかでつるつるの美肌に。奥二重だった瞼も、ぱっちりした二重まぶたになった。要するに、彼の望む姿になったわけである。
それだけではない。視力〇・三で眼鏡もかけず裸眼生活をしてきたアスカだったが、視力が跳ね上がった。ヒカゲの文言によると、この世界では一律で視力が九・七八になるらしい。
さらに筋力が全体的に向上していた。その補正率は二・七五倍だという。何故そんなにも半端な数字なのかヒカゲに聞くと、「なんかその方がリアルじゃん」ということらしい。
満たされていく。現実には不安と絶望しかないが、この世界にはアスカの求めるものすべてがある。未だ無くても、これから創ることができる。
自分たちの考えた、最強の異世界。ヒカゲの想像力とグリモアの力ですべてが生まれる。不安も絶望も、何一つ無い。ストレスフリーの理想郷――ここは天国だった。
「うわっ……あなた顔いじったのね」リーナが、若干引き気味に言う。
彼女は鮮やかなコーラルピンク色のストレートヘアをさらりと靡かせて、釣り眼を少しだけ細めた。視力の向上した彼女に、眼鏡はもう不要だった。元々綺麗な顔ではあったが、より美顔になっているように見える。
――眼鏡外すだけで結構印象変わるもんなんだな。
大変身を遂げた堅物のクラスメイトへ、彼は照れ隠しのつもりで言い返す。
「そういう言いかたやめろよ! まるで俺が整形したみたいじゃねーか」
「ある意味そんなところでしょ。この世界ではずっとその姿なんだから」
「別に良いだろ。こっちで格好良く生きたって。ゲームだってアバター作ったりするじゃん」
「あばたー? 何を言ってるのよ。もう少し現実見なさいよ」
「待て待て、お前だって平然と髪の毛派手に染めてんじゃねーか! しかもピンクって……あんだけ規律規律言ってた奴がそれは無いだろー」
「なっ……! そ、そんなことないわよっ!」
リーナが顔の側面に垂れる髪に触れつつ、不安そうな表情を浮かべる。
「ううん、良く似合ってるよリーナ」とヒカゲが和やかに微笑む。
「あ、ありがとう……」
少し照れたように、リーナが耳を赤くした。
「…………てかさ、ヒカゲの髪こそどーなってんだよ」
「えっ、僕? 変かな」
ヒカゲは容姿的にそこまで変化したわけでもなかった。だが髪型だけがやたらと派手になっていた。小さな子供のようだった天然パーマは少しワイルドさを増し、後頭部辺りが鳥の翼のように跳ね上がっている。やぼったかった前髪の癖っ毛は、軽くパーマが当てられ、お洒落に散らばっていた。おまけにくすんだ金髪にカラーチェンジ。まるでサッカー選手のような活発なヘアスタイルである。幼子の頃から知っているヒカゲが、まさかこんなに挑戦的な髪型をするときがくるなんて、アスカは思ってもみなかった。
「いや、格好いいけどさ。ヒカゲにしては派手だな、と思ったんだよ」
「えへへ……実は少しだけこういう髪型に憧れがあったんだ。なんか恥ずかしいね」
ヒカゲは照れ笑いを浮かべながら前髪をいじくる。その横、彼の左耳にはアスカがプレゼントした羽根ペンの形をあしらった耳飾りが取りつけられていた。どうやら補聴器が変化したものらしく、ファンタジーの世界に合ったデザインとなっている。
――耳を治さないのか? と、アスカは聞けなかった。
グリモアの力を使えば治癒は可能かもしれない。
しかし、ヒカゲはそれをしなかった。アスカには彼の気持ちがわからなかった。
* * *
次の日――ヒカゲは学校を休んだ。
「ちょっとあなた、理由は聞いてないの?」
机に突っ伏すアスカにリーナが訊ねた。
「だから、俺はあなたじゃねえって。何度言わせんだよ」
「…………アスカくん」
「……知らねーよ。昨日だって俺たちは一緒にいただろうが」
「心配ね。早く行ってあげたいけど、学校が終わるまでの辛抱ね」
最初は異世界への渡航に乗り気でなかったリーナだったが、行けば都とはその通りで、毎日毎日心待ちにしているのが表情からも読み取れる。そして、それはアスカも同じだった。
「ははーん……お前、ヒカゲの心配っていうか早く異世界に行きたいだけだろ」
「なっ、何言ってるのよ! 心配してるに決まってるじゃない!」
「どーだか。ピンクの髪、お気に入りだもんなー。可愛いんだもんなー?」
「なっ……なななな!!」
みるみるうちにリーナの顔が真っ赤に染まっていく。
「大丈夫だって。あまりにもあっちの世界が面白いから、学校サボっただけだろ」
「そんな、アスカくんじゃないんだから……」
「つーか大分馴れ馴れしくなってきたな、お前。いや、最初からこんなだったっけ」
「……わたしは“お前”じゃないわ。……“あなた”」
「…………お前それな、とらえ方によっては夫婦的な――」
リーナの仕返しに突っ込みを入れようとしたアスカだったが、既にリーナは居なかった。
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