第二稿

 三万本の高層ビルと、果てしなく広大な地下迷宮を内包する人類史上最大の混沌巨大都市、スーパー新都しんと

 ありとあらゆるものが集まるこの都市には、数え切れないほどの騒乱の種が眠っている。


●―――――●


 スーパー新都独自歴二一七年十月十日の午前零時、摩天楼ひしめく新都の中心部にて、ビルからビルへ屋上を飛び移る怪盗少女の姿あり。

 彼女は今し方、とある大企業のオフィスから一枚数億円の絵画数点を盗み出したところだった。

 『怪盗ブロッサム』を名乗りながら盗賊稼業を続ける彼女は、近頃新都で話題の人。

 必ず予告状を残し、鮮やかに盗んでは去って行く姿は、一部の市民から絶大な支持を得ていた。

 そして、そんな花の怪盗を追って、自らもビルからビルへと飛び移るスーツ姿の男の影あり。

 彼の名は緑川みどりかわはやて。新都警察のエリート刑事で、その検挙率は99%を誇る。

 現場には他にも警官がいたが、他は全員振り切られてしまった。彼だけが蝶か鳥かのように軽妙に逃げ回る怪盗ブロッサムに振り切られず、その逃げ道を追跡することができる。

 何故か? それは彼が忍者の家系だからだ。


「待ちやがれこの『こそ泥女』! 今日こそお前の年貢の納め時だ!」

「また君か! また君なのか! いい加減しつこいなあ、どうせ私を逮捕なんかできないんだから諦めてよ!」

「そうはいくか! お前が音を上げて諦めて、ごめんなさい許してください逮捕されて裁判受けて罰を受けますって言うまで、足がもげても追いかけるからな!」


 ちなみに、緑川は本来殺人事件や組織犯罪を担当する部署の出身である。誰も傷つけず、単独で盗みを働く怪盗ブロッサムは完全な管轄外だ。

 にも関わらず彼が本来の職務とは全く関係ない怪盗ブロッサムを追いかけるのには、彼なりに並々ならぬ理由がある。


「なぜならそうしなければ、我が一族の恥はすすがれないからなああっ!」

「またその話!? だーかーら! 君のお父さんのことは私には無関係だって前も言ったじゃん!」

「お前が無関係だと思おうが、俺にとっては関係アリアリなんだよ!」


 それはおよそ十年前、彼がまだ半人前だった頃。

 彼と同じく忍者だった父親は、あるとき所属していた組織から、敵対組織が秘蔵するお宝を盗んでこいという密命を受ける。

 父親はその密命に従いお宝を盗もうとした。しかし潜入作戦は失敗し、父親は敵対組織に拷問を受けた上で殺されてしまう。

 その後緑川はなんやかんやあって警官に就職したが、あるとき父親が盗もうとしたお宝が別の誰かに盗まれたというニュースを耳にする。

 盗み出したのはなんでも二十歳にもなっていなさそうな謎の怪盗少女だというではないか。

 父親を尊敬していた彼にとって、そのニュースのショックは大きかった。


「あんなに格好良かった親父でさえ失敗した任務を、こんなちっこくて、力も弱そうで……」

「小さかろうと弱そうだろうと、盗賊をやる上で不便はしないんだよ! よーく覚えて……」

「そのくせこんなにセンスが壊滅してるダサダサネズミ娘が達成しただなんて、認められるわけないだろ!」

「てめえなんつった! 誰がねずみ娘だ!」


 怪盗ブロッサムは走りながら、後ろ手にかんしゃく玉を投げた。緑川はそれを、走りながら忍者刀で切って捨てた。

 数秒後、彼らより後方で、人を怪我させない程度の爆発音が響いた。


「私の名前は怪盗ブロッサム! 花のように華やかに咲き誇り、散るときは静かに消える! 私のストーカーならいい加減覚えろ!」

「はあ――――!? 誰がストーカーだと!? いやそれ以前に、誰の名前がブロッサム? 花? 怪盗? そのファッションセンスの欠片もない格好をしておいて、よくもそんなことが言えたもんだな!」


 緑川はがなり立てる。

 実際彼の言うとおり、怪盗ブロッサムの装いは決して洒落ているとは言えなかった。


「洋風のこじゃれた名前を名乗るなら、せめてその唐草模様のダサダサマントをやめろ!」

「なっ! いいじゃん唐草マント! これ風呂敷としても使えるから便利なんだよ!? 実際今は絵を入れて背中に背負って使ってるし!」

「それと間抜けなほっかむりをつけるな! ミスマッチな白い手袋も逆効果だ! 極めつけにひょっとこの面なんか被るんじゃねえ!」

「どさくさに紛れて私の顔を確認しようって算段でしょ! そうはいかないよ、怪盗ブロッサムは賢いからね!」

「お前顔を隠す手段ひょっとこのお面しか知らねえの!?」


 次から次へと摩天楼を飛び移りながら、追いかけっこを続ける二人。

 高低差平均数十メートル、間隔平均数十メートルのビル群は、本来決して飛び回れるようなものではない。

 それを可能にしているのは彼らの極めて高い身体能力だが、他はともかく新都この都市においては、それができる人間は決して珍しいわけでもなかった。


「そりゃ私だって他にお面があることぐらい知ってるよ! だけどね、その中ならこれが一番いいでしょ?」

「別に顔を隠す手段は仮面だけじゃないが……それ以前になんつったお前!? ひょっとこ面がお面界でトレンドファッションだと思ってんのか!? やっぱりダサダサねずみ娘じゃねえか!」

「そのダサダサねずみ娘って呼び名をやめろって言ってるだろ!」


 怪盗ブロッサムはまたかんしゃく玉大の何かを投げた。斬ろうとした緑川は、すんでの所で刀を仕舞って回避を選んだ。

 屋上に着弾したそれは、周囲にべっとりと張り付いてネトネトを広げた。

 ブロッサムが今度投げたのは、とりもちを内蔵した粘着玉だったのだ。


「ちっ……流石に慣れてきてるね。三回前の時はこれで忍者刀を機能不全にできたのに」

「俺は学習できる忍者だからな。この前は靴の裏にもくっつけられてまんまと逃げられたが、次は違うぞ!」


 怪盗ブロッサムと緑川颯は、これまでも十二回に渡って交戦している。

 勝敗は六勝六敗、または緑川の全戦全敗。

 『目的のものを盗み出せた』という怪盗ブロッサム側の視点では六勝六敗であり、『怪盗ブロッサムを捕まえた』という緑川側の視点では彼の全敗なのである。


「っていうか話を戻すけどさ! お父さんが失敗して殺されちゃったのは悲しい話だけど、それと私のこととは全くの無関係じゃん! なんでいつまでもつけ回してくるのさ!」

「無関係なものか! いいか良く聞け、親父は失敗したがお前は成功した。つまり今現在、緑川家の忍術はお前の怪盗術に負けている状態ということになる!」

「はあ!?」

「だが、もし俺が忍術を駆使してお前を逮捕できたらどうだ! 再び忍術は、お前の怪盗術に対して優位に立つんだ!」

「そんっっなくだらないマウントのためにこれだけしつこく追いかけてきてるの!? ちょっと君おかしいんじゃない!?」

「俺は面倒くさい男だ、その辺よーく覚えておくんだな!」

「嫌と言うほど分かってるよ! もうお腹いっぱいっていうほどにね!」


 緑川と怪盗ブロッサムとの距離はいつの間にかかなり縮まっていた。

 単純な身体能力では、緑川の方が全体的に少し上回っているのだ。

 この距離なら届くか。そう考えた緑川が、重りのついた縄を怪盗ブロッサムに対して投げる。


「……うっ!」


 その縄は彼女の右腕にぐるぐると巻き付き、固く締まってほどけなくなった。

 特定の手順を経なければ何をやってもほどけない忍者紐。

 緑川家が代々製法を受け継いできた、忍者七つ道具の一つである。

 こうなってしまえばもう、『並の人間』では逃走は不可能。後は紐をたぐり寄せる流れのまま、緑川に囚われる他ない。

 それができなければ緑川を殴り倒すしかないのだが、あいにく緑川は近接戦も強い。


「捕らえたぞネズミ娘! 今日こそお前の年貢の納め時だ!」


 だが、怪盗ブロッサムという少女がこの程度で捕まえられるほど容易い相手だとは、緑川も思っていない。

 事実ブロッサム本人の様子も、追い詰められたというものにはほど遠かった。

 ブロッサムは苦笑いを浮かべながら、縛られた右腕を軽く撫でた。


「……ちぇっ、じゃあ今日も私の負けかぁ」


 瞬間、彼女の体が一瞬透明になり、腕が忍者紐をすり抜ける。

 同時に風呂敷が彼女の肩からほどけ落ちて、その場に絵画が額縁ごと散らばった。


 『透過』。怪盗である彼女が何故か使える特殊技能の一つであり、自分と衣服|(+手のひらサイズ以下の小物)以外のものを全て一律にすり抜けるというもの。

 これを使えばどんな拘束具も彼女をその場に留めてはおけないが、代わりに盗み出したものを運ぶこともできなくなってしまう。

 そして、全てをすり抜けるということは当然床もすり抜けるということになり……


「! てめえっ!」

「今日は負けを認めてあげるよ。だけど、次は絶対負けないからなぁ!」


 屋上にとどまっていられず、彼女の体はビルの内部に吸い込まれていった。

 これも彼女の作戦の一つである。ビルの中に入ってしまえば、人と壁に紛れて、いくらでも姿を隠すことができる。

 そして壁をすり抜けてこられない緑川は回り込んで追いかけなければならないので、その間にいくらでも遠くに行ける。

 ……と、ブロッサムは考えていた。だが。


「爆破!」


 壁をすり抜け、一階下まで降りたあたりで緑川のかけ声が聞こえた。

 次の瞬間、屋上の壁が爆風と共に吹き飛んだ。

 土煙を纏いながらどや顔で階下に入ってくる緑川に、怪盗ブロッサムは思わず言葉を失った。

 突然のことすぎて、思わず『透過』を解除してしまうほどだった。


「……な、なっ……!」

「逃がしてたまるかよ、やっとここまで追い詰めたのに」


 緑川の肩には、腕ほどの太さの小型大砲。

 『忍者破城槌』。かつて戦国の世には工作兵としても活躍した忍者が、効率的な攻城のために開発した対建築物特化型火砲。それを代々研鑽して完成させた、障害物を排除する忍者なりのやり方である。


「き、君、自分がやったことがなんだか分かってるの……」


 仮面がずれているのにも気づかず唖然とする怪盗ブロッサムに、緑川は精神的優位を感じる。


「屋上の壁なら始末書を書けばいい。大した金額じゃないから経費で落ちる! 俺の所属は金のある部署なんでね。このくらいの破壊活動は問題ないのさ!」

「い、いや、そうじゃなくて……私が置いていった数億円の絵画は……?」

「へ?」


 緑川の背後の窓を指さす怪盗ブロッサム。つられてそっちを見る緑川。

 爆風に飛ばされた二枚の絵画が、屋上から地上へと落下していく様子が見えた。


「ああああああっっ!!」

「ほら見たか! 屋上であんなもの使うから吹っ飛んじゃったんじゃないか! どうするの、流石に数億円は経費でも……あっ!」


 言うか言わないか、窓を蹴破り飛び出す緑川。

 忍者特有の脚力によって壁走りを実現し、落ちていく二枚のカンバスを追いかける。

 二枚はそれぞれ別方向に分かれて地上へと落ちていく。


「くそっ……!」


 緑川は舌打ちした。このままでは両方を確実に確保するのは難しい。


(今からもう一段加速すれば一枚は回収できるが、もう一枚は地面に勢いよく叩きつけられてお陀仏だ。数億円は流石に始末書でカバーできる範囲じゃない。どうする、五億と八億だぞ。このままどっちも回収し損ねたら……)


「一時休戦! それでどう!?」

「は!?」


 突然隣で怪盗ブロッサムの声が響いたので、緑川は素っ頓狂な声を出してしまった。

 いつの間にか追いかけてきていた怪盗ブロッサムが、怪盗特有の脚力によって壁走りを実現し、緑川と並走していたのだ。


「私としても、何億もする名画が駄目になっちゃうというのは忍びないんだよね。私のせいなところも結構あるし。だから、二枚あるうちの一枚は私が回収してきてあげる!」

「なんだと!?」

「その代わり、今日は私を捕まえないこと。それでどう?」

「……っ、警察に取引を持ちかけるとかお前……」

「まあ、どうしても君が私を逮捕したいって言うならそれでもいいけどさー……」


ずれた仮面からちらつくブロッサムの口元が、不敵に笑う。


「……君はそれで満足できるの? 一族の誇りを取り戻したいんでしょ?」

「!」

「一時助けるためだけに手を差し伸べてきた仇の手を、だまし討ちで掴んではい勝利~……って、本当に君はそれで満足できるのかな?」

「ぐ、ぐぬぬ……」


 緑川は歯を食いしばった。

 ブロッサムの言うとおりである。ここで怪盗ブロッサムを捕らえたとしても、それは忍術が怪盗術が勝ったことの証明にはならない。

 相手の優しさにつけ込んだだけだ。

 それも強さの一つと考える者もいるだろうが、すくなくとも緑川颯はそう考えなかった。


「――――分かったよ! じゃあ今日のうちだけ休戦だ! 五億の方を頼んだぞ!」

「りょーかいっ! それじゃそっちも確実にキャッチしてよっ! 二手に分かれたのに結局駄目でしたとかになったら、それほど悔しいことはないからね!」


 手を振りながら、ブロッサムは五億の絵画の方へと走っていった。

 緑川は走って行く彼女の背中を少しだけ見送ると、八億の絵画の方に目線を移す。


(大丈夫だ。なんだかんだあいつの腕前は確かだから、必ず絵画を安全に確保してくれるはず! 俺も自分の方に集中しなければ!)


 そして緑川は、瞬間的に一段階速度を高め、亜音速の領域に到達する。

 『忍者縮地』。緑川家に伝わる『体術十三秘伝』の一つである。

 緑川はぐんぐんと距離を詰め、ついには絵画に手が届く距離まで近づいた。

 だがここからが本番。絵画に傷をつけないように上手くキャッチしなければならない。

 まずは緑川、『忍者風船』を咄嗟に膨らませてから糸を括り付け、針に通して、『忍者吹き矢』でそれを射出。

 傷ついても問題ない額縁部分に風船を打ち込んで、絵画の落下速度を緩やかに軽減させる。ちなみに忍者風船は、呼気で膨らませても何故か空気中で浮力を持つ不思議風船だ。

 それを計八つ打ち込んだ頃には、高層ビルの屋上から落ちたことによる運動エネルギーはかなり抑えられた。

 もうキャッチしても問題ないな。万全の準備を整えてから、緑川は額縁を両手で固く握りしめた。

 そのとき、既に地上まで数メートル。着地はまもなく。

 緑川は自分の体を盾にする形で、地上に勢いよく衝突した。


「いっでええええええっっっ!!」


 落ちたのは、人通りの少ない裏路地。

 遠くから漏れてくるネオンの光だけが頼りの暗闇の中で、緑川は激しく絶叫した。

 忍者なので鍛えているから大丈夫だが、普通の人間なら脊椎損傷からの全身麻痺にも陥りかねない衝撃だった。

 薄汚い空気が満ちる路地裏は真っ黒だったが、忍者なので夜目が利く。

 震える腕で絵画を持ち上げて、ざっと状態を確認した。

 良かった、目立った傷はない。無事だ。


「おーい、無事かい? まさか死んだりしてないだろうね?」


 しばらくしてから、怪盗ブロッサムが緑川のところにやってきた。

 満身創痍の緑川に対して怪盗ブロッサムは随分と余裕そうで、寝転がったままの緑川を面白そうに眺めていた。


「……無事だよ、幸いどっちもな。それでお前の方はどうだった?」

「モチの無事。余裕でキャッチさせてもらいました!」


 後ろから額縁を出して、楽しそうに見せびらかす怪盗ブロッサム。相変わらずズレたひょっとこ面の下から、白い歯が満面の笑みを浮かべている。

 緑川がざっと見た限り、五億の絵画の方にも傷はないようだった。


「はい、そんなわけで返すね」


 やけにあっさりと絵画を渡してきたので、緑川は少し怪しんだ。

 彼には絵画の真贋を見極められるだけの審美眼はない。


「別にあのまま逃げ帰っても良かったんじゃないのか? なんでわざわざ、ここに絵画を持ってきた?」

「ん? それは君の方が私に誠意を持って対応してくれたから。だったら私も、誠意を持って返そうかなって」

「誠意?」

「さっき私が君と並走したとき、もし君が私をあくまで捕まえるつもりだったら……私は八億の方を持って逃げようと思ってた」

「そんなことを思ってたのか……」

「でも君は馬鹿正直に私の提案を呑んでくれた。声色から嘘じゃないのは分かったしね。だからこっちも、その誠意に答えようと思っただけ」

「誠意って言うほど綺麗な感情じゃねえよ。ただの俺の安い拘りだ」


 少し元気になったので、起き上がる緑川。あと数分もすれば、普通に動けるようになるだろう。

 幼い頃から特殊な訓練を受けているので、回復も早い。


「とっさに指示出した方が安い絵画だったのが、若干私を信じ切れてない感が出て面白かったけど」

「うるせえな! そりゃ当たり前だろ! むしろ盗賊が警察に信用されてると思うなよ!」


 緑川はため息をついてから、ブロッサムの顔を指さした。


「……それはいいんだけど、いつまでズレたまま放置しておくつもりなんだ? ひょっとこ」


 緑川がそう言うと、ブロッサムは一瞬硬直して。

 静かに手が動いて、仮面を触って。それからひっくり返りそうな勢いで飛び上がった。


「えっ? あっ、やばっ!! あっぶなー……気付かなかったよ。完全に外れる前に教えてもらえてよかったぁ……」


(むしろずれてることに気づかなかったのか……どういう構造なんだ、あの仮面)


「でも、ずれたの直す必要はないと思うぞ。どうせまた後でずらすことになるんだろうし」

「へ? それってどういう……」


 しばらく首をかしげてから、ブロッサムは高速で後ずさりした。


「……まさか! 実は全部私をおびき寄せる罠で、今から逮捕して連れて行くから仮面は剥ぐぞとかそういう……」

「いや、違う違う。この近くは確か、ラーメンの屋台が沢山出てるんだよ」

「……は?」

「走り回って腹減っただろ、ラーメン奢ってやる。これで借りはチャラだ、いいな」


 するとブロッサムはしばらくきょとんとしてから、やがて我慢できなくなったように吹き出した。


「……っ、くくっ、ぷふっ……、五億のお礼が、ラーメン、ラーメンって……!」

「うるせえな。要らねえなら別にいいぞ」

「要らないなんて一言も言ってないじゃん。いただきますとも。警察の賄賂はしっかりと」

「賄賂って言うな。これは一民間人に対しての謝礼だ。怪盗ブロッサム……もとい、ダサダサねずみ女に対してじゃねえ」

「その言い直しは要らなかったかな……」


 げんなりと眉をひそめるブロッサム。

 そんなにセンスがないと言われるのが嫌なのかと緑川は思った。


「……だけど、その格好だと怪盗ブロッサムだとモロバレだろ。何か適当に着替えられるもの持ってないのか」

「え? あー……そだね。マントの中は英字Tシャツとジーパンだから、マントさえ着てなかったら問題ないとして……」

「つくづく統一感のない格好だな」

「ほっかむりはシルクハットで代用できるし……」

「ん?」

「仮面は、これでよしっと」


 そう言って取り出した女王様マスクドミノマスクを装着したブロッサムは、緑川の前でどや顔決めポーズをした。


「よしっ! これなら大丈夫だね!」

「持ってんじゃねえか怪盗っぽいらしい格好!!」

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