飾り窓

 老主人の硬い声は遠近おちこちに耳奥を叩いて過ぎてしまったが、念押しに圧すまでもないと嘴を転じた。

「前から、素敵なお店だとは思っていたんですけど」

 中々入る意気がなくてとは流石に言い兼ね、逆さに繋いだ尻尾は据えるべき腰を失って虚しく空廻った。翁面の柔和なまま、主人は不躾な尾を丁寧に撫で取った。

「普段から閑かなものです。こんな時間にいらっしゃる方は珍しい」

 閑かが意識にのぼると急に、そこらの物音が我を我をと色を見せる。昼間の残照を残す土瀝青を踏みしだく無数の靴音。鴉が一直線に塒へ送る口笛。街灯を鈍く透すショウウインドウを軽やかな輪転に弾んだ喚声が通り過ぎた。世塵に隔絶した一画一筆の間隙ばかりは、全ての波紋を壁に迫る綿埃に受け止めて沈んでゆく。

 既に日は暮れかけた。

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