襟巻

 詰めていた息に乗せて、はい、と戻した。老主人の追口を濁すついでに、井桁に下がった襟巻を掬ってみる。暗がりにも不思議にそれと判る蘇芳を半身へ懸けた後は萌黄に暈して納めてあるが、何より掌を溢れるような膚触りに摘んだ指が慄いた。窓を隔てて遠目に推した上着の質感に通じる気色があった。 

「おのずとその色あいになるのです」

 どうでも不愛想なのではないらしい主人の声は、柔らかな絹を弾いて兀と響いた。

「すごく…綺麗ですね」

 咄嗟の間に適当な表現を紡げる感性のないことを自覚せざるを得なかった。構えもなく放った凡句に、老主人は皺を顳顬へ長く渡して「そうでしょう」と肯いた。

「それはしろうさまがなされたものです」

「シロウ…?」

 

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