洋燈

 店内は幾重に畳み込まれたきれの厚みに鎮っていた。天井も床板も夕紛れの仄暗い帷がそっくり包んだ奥の奥、 そこばかり七彩に浮き上がった台帳が黒く長く影を引いている。密った絹布の匂いと耳を圧すような重みとで、商う料の相当なものと知れた。ショウウィンドウから窺うより遥かに暗く、踏み出す半身は敷居の上で竦んでしまう。眼ばかり逸っても捉えるのは玉虫色の翳を揚げるランプのみで、挨拶すべき主人は 

「あう」

 裾野に融けた黒猫か。留守を取り繕うようなおっとりした声に、なんとなく可笑しさがじわり、硬った唇をふいと緩めてくれた。

「ごめんください」

「はいよ」

 鉦は思わぬ間近に鳴って、只に引込んで凝った心臓が一鐸どっきりと撥ねた。壁一面の畳紙を裳裾に曳いて、神さびた翁面が小ぢんまりと佇んでいた。老主人。咄嗟にそう思い、口から出たのは発止もない「すみません」。呟きは案外大きく響いたが、代わりには縮緬の襞を絞った白眉がふわりと咲いた。

「どうぞ、ごゆっくり」


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