4号室「凍結」

 自分が嫌いで仕方がない少年がいた。

少年は優しさを受け取るのが苦手だった。

誰の優しさも、彼の心には届かない。


 彼は、自分の心を冷凍庫に閉じ込めた。

心を凍らせて、誰にも見せようとしなかった。

なぜなら、彼は自分が嫌いだから。

優しさを受け取れない自分が嫌いだから。

一片の優しさも渡せない自分が嫌いだから。


 医者はそれを「零度病」と呼び、彼を特殊病棟に入院させた。


 凍った彼の心には、誰も立ち入ることを許されなかった。

どんなに優しい人でも、彼には言葉を届けられなかった。

どんなに暖かい心でも、彼の心を溶かすには冷たすぎた。


 彼とまともに会話ができるのは、時折学校のプリントなどを届けに来る彼の同級生らしい女の子だけだ。

太陽のように朗らかに笑い、時に月のように優しく人を包み込む心を持っている、年頃の女の子だ。


 彼女も最初は、彼には手もつけられなかった。

どんな優しさも、彼の心には冷たすぎるのだ。

そう。冷たすぎるはずだった。


 毎日病室に通う彼女は、彼に声をかけ続けた。


「昨日は○○くんがね、○○してたんだ」

「もうすぐ文化祭でさ、クラスみんな大忙しだよ」


そんな他愛もない言葉の繰り返しは、彼の心を溶かしていった。


 やがて彼は、少しずつ言葉を発するようになった。


彼女が

「勉強は大丈夫なの?」

と問えば


「一応大丈夫」


と答え、


彼女が

「部活疲れた〜」

とこぼせば


「お疲れ様」


と淡白にではあるが労いの言葉をかけた。


そんな常温の関係にも、終わりは訪れた。

彼女が、隣町に引越したのだ。

彼女がいなくなってから少し経って、彼は病院を出て学校に行くようになった。

───────彼女に溶かされた心を持って。



それから数年後───────

彼の進学した大学には、朗らかに笑う女性とぎこちなく微笑む青年の姿があった。

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