矜持
何とか本を元の棚に戻すことが出来た俺は、一目散に部屋に戻ると〝創世神話〟に記されていたことについて整理していた。しかし、その中でも驚愕した一文が頭を埋め尽くし全然進んでいなかった。
「【|調停の意志(バランス・オーダー)】によって世界のサイクルに埋め込まれたのが【聖魔輪転】…なんだ、【聖魔輪転】って」
物音を聞きつける前に読んでいた一文。そこには、【聖魔輪転】と記されていたのだ。その先にしっかりと目を通すことが出来なかったが、本を閉じる一瞬に見た言葉が俺の頭をさらに混乱させていた。
「【魔王】によって与えられる恐怖により人々は結束し【勇者】を生み出す。【勇者】はどの圧倒的な力で【魔王】を倒し、世界に平和をもたらした後、その魂を輪転させ、再び【魔王】として降臨する…」
断片的な記憶をつなぎ合わせた俺は、その言葉が示す真実に目を瞠った。
「要するに、【勇者】は【魔王】を倒した後巡り廻って【魔王】になるってことじゃねぇか…!」
重大な真実に言葉を失う。なんで俺達にそのことが伝えられなかったのか。その事を考えることもできず、ただ茫然とする俺の耳に、突如喧騒が聞こえてきた。
「なんだ…?」
耳を澄ました俺の下に届いた使用人たちの言葉を聞いて、俺はまたもや硬直を強いられた。
「あいつらが、帰ってきただと…?」
俺がエントランスホールに着くと、そこには4人の男が居た。話し声を聞く限り、どうやら加室とその取り巻きだろう。どうやら玖島達を始め、ほとんどの奴らは既にその場を後にしているらしかった。
ホッとしたともげんなりしたとも言えない、不思議な感覚に囚われながらもその場を後にしようとした俺だったが、ある言葉に止められた。
「ほんっと、あの〝無能〟は何やってんだかなぁ。俺らが返ってきたんだから出迎えくらいすりゃいいのに」
「いやいや。あいつ腰抜けだし、俺らに合わせる顔がねぇとか?」
「なにそれウケる!」
馬鹿にしたような笑い声がホールに響く。そう言われるのもしょうがないとは思っているが、あまりの言われようにこぶしを握り締める。
「今度〝無能〟に会ったら俺らで稽古つけてやろうぜ!」
「良いなぁそれ。あいつの腐った根性叩き直してやるかぁ」
「まぁ?【勇者】様である俺らに敵うはずがないんだけどなぁ」
「〝無能〟だしな!」
俺はあいつらを睨みながらも…何もできなかった。悔しいが、俺程度の力ではあいつに勝つことはできない。切り傷一つ付けられるかどうかも怪しい所だ。
だが、何もできずにただただ馬鹿にされ続けているのは我慢できない。ダメもとで殴り掛かろうか…と思っていた。
そんな俺の耳に毅然とした声が響いた。
「リョウ様を愚弄しないでください!」
「…なんだお前」
「嘘…だろ…」
思わず呟いてしまった。瞠目する加室たちの前に立つのは、齢15ばかりの少女。淡い朱の髪を肩下まで伸ばし、金色の眼を真っ直ぐに加室たちに向けている彼女は、俺が良く知っている者だった。
「リセ、なんで…」
その場で動けない俺の眼前で、リスティ・アルセストは【勇者】に言い放つ。
「聞こえませんでしたか?リョウ様をこれ以上悪く言うな、と申し上げています」
「あぁ、誰かと思えば〝無能〟の傍付きか。いや、元、がつくんだったか」
リセの怒りをよそに加室たちはその下賤な笑みを崩さない。
「取り消せ、と申し上げましたが」
「うっさいなぁ使用人のくせに。俺らが誰だか分かってんのか?【勇者】様だぞ【勇者】様」
「少なくとも、仲間を侮辱する【勇者】様を私は知りません」
「生意気なやつだなぁお前…」
そう言ってリセの全身をじっとりと見た男―名前は久井征賀(ひさいせいが)だったか―がねとっとした笑みを深める。
「よく見りゃこいつ、結構できがいいぞ?」
「…確かに、顔はいいし、出てるとこは出てるなぁ」
久井の言葉に別の男、飾磨大毅(しかまだいき)がそう反応する。どう見ても下心満載のその目線にリセがわずかに後退する。
「それに…強がってるその態度がいつまで持つのか、興味があるなぁ」
室崎櫂富(むろさきかいと)がこれまた悪寒の走る笑みを浮かべる。
「よぅし…連れ込むぞ」
「ちょっ、何を言ってっ」
「なんだお前。【勇者】の言葉に逆らうのか?」
「お前の行動一つでこの国の命運がかかってるんだぞ?」
【勇者】の肩書を自分の欲望のためだけに使うやつらを見て、俺はもう我慢の限界だった。有無を言わずに掴みかかろうとする加室と、顔を青ざめながらもその場から動けずにいるリセの姿を見た瞬間、俺の脳内から力の差も自身の後ろ向きな感情も消え去った。
俺は物陰から飛び出すと、加室の前からリセを攫う。横向きに抱えるようにしてその場からリセを連れ出し距離を取る。ぽかんと呆けているリセを地面に降ろすと、俺は加室たちを睨み付ける。
「てめぇら、俺の傍付きに何してやがる」
「…はっ、誰かと思えば〝無能〟じゃねぇか。いったい俺らに何の用だ?」
「何の用だ、じゃねぇだろうが…」
言葉に怒気を孕ませて吐き捨てるように言うと、加室たちは一瞬固まると、次の瞬間ゲラゲラと笑い出した。
「なぁに一丁前に言ってんだ〝無能〟!」
「俺らよりも弱いくせにクッサ!」
「主人公気取りとかマジウケるわー!」
「お前は下働きがお似合いだよ!」
加室たちは散々俺を見下す。ダンジョンに行って気が助長しているのか、その言葉は攻撃的だ。
俺は後ろを向いて「そこでおとなしくしてろ」と呟くと、腰から双剣を抜き出しつつ地面を蹴った。
「やんのかお前!」
「ちょうどいい、ここで力の差を見せつけてやるよぉ!」
背負っていた槍を引き抜いた久井と大鎌を持った飾磨が同時に俺へと攻撃を仕掛ける。横に振るわれた鎌の刃を低く屈むことで回避し、間髪入れずに眼前に迫る槍は右剣で滑らせることで躱す。
同時に驚愕を露わにする2人の間をすり抜ける。そして左足を使って勢いをためると、その勢いそのままに足払いを掛ける。
「おわっ」
「んだとっ!」
呆気なく倒れ込む久井と飾磨を放置して、俺は背丈ほどの細い棍棒を持つ室崎の方に接近する。床で悶絶している馬鹿2人とは違って俺をある程度注意しているのか、俺の斬撃を難なく交わすと棍棒を下からすくい上げる様に振るう。体をのけぞらせて躱し、その勢いを利用して棍棒を蹴り上げる。
長い棒だ。力が加わればそれだけ大きな弧を描く。遠心力に持っていかれそうになる室崎に向かって再び地面を蹴ると、無防備な鳩尾に拳をお見舞いする。
室崎は肺の空気を吐き出すと、勢いよく吹き飛んでいく。何回か地面をバウンドすると、柱に衝突して意識を失った。
「…あとはお前だけだが」
三人を戦闘不能にした俺は、眼光を鋭くしたまま、静かに言い放つ。その目線の先には、額にしわを寄せ怒りを滲ませる加室がいる。
「テメェら皆して〝無能〟にやられるなんて馬鹿じゃねぇのか?」
「す、すまねぇ…っ!」
加室が久井を睨み付けると、彼は縮こまってそう呟く。
「おい〝無能〟。どんなトリック使ったかは知らねぇが、俺には通用しねぇぞ」
右手に斧、左手に盾を持ち、加室は俺にそう言った。
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