誓い
城へ戻った俺は、兵士の1人に連れられ食堂へと連れてこられた。そこには既に玖島達がいて、ワイワイガヤガヤと喋っていた。
「ほんとに居世界なんだなここ!武器屋あったぜ武器屋っ」
「歩いている人たち見たか?エルフいたぜ」
「マジかよっ!」
加室の近辺が特にうるさい。さしずめ異世界に来たことを実感してテンションダダ上がりなんだろう。それにしても下心垂れ下がりだ。近くの女子の眼が心なしか冷たい気もする。
そんな彼らの姿を尻目に、1人離れた場所に腰を下ろす。迷惑事にはあまり関わりたくないし。それに、俺のその行動に誰も口を挟まない。そもそも、誰も俺に事など見てはいない。俺はあいつらにとって気を止める価値もない存在だからだ。
1人静かに香茶を飲んでいると、突然横に気配が生じた。慣れていることもあり特に驚いたりせず横を見ると、案の定彼がいた。
「なんか用か、霧陰」
「…あのテンションは、ついて行けない」
「そうだな」
こいつは霧陰湊(きりかげみなと)。俺と同じく日陰者で、とにかく影が薄い。それはもう、1ヶ月に2、3回存在を認識できるかどうかというくらい影が薄い。たまに自動ドアも反応してくれないらしい。
俺の場合、人の気配に人一倍敏感なこともあってこいつの影の薄さを認識したことはない。それもあって、こいつは良く逃げるように俺の下へやって来るのだ。
「パラメータ、どうだった」
「そんなに高くない。ただ…」
「ただ?」
「《コモンスキル》の欄に〝気配遮断〟ってあった」
「あぁ…」
スキルにすら現れるとは…まぁそうでなきゃおかしいがな。
「お食事中に申し訳ございません」
霧陰とこの世界に来て初の食事に思い思いに舌鼓を打っていると、そう言ってファルスが入ってきた。その後ろにはドルバーもいる。
「皆さんがそろっておられるうちにこれからのお話をしておこうかと」
ファルスはそう言うと、ドルバーに場所を明け渡す。
「っと。それじゃ、明日から早速【勇者】としてふさわしい能力を得るための修行が始まる。まずは、お前達のパラメータを確認させてもらった。おおむね、問題なかった」
ドルバーがちらっと俺の方に目線を向けた。その中に憂いのようなものが含まれていたような気もしたが、直ぐに逸らされる。
そこからのドルバーの説明を纏めるとこうだ。
俺達が明日からやるのは、基礎能力の底上げをしたり、魔法の使い方を教わったり、この世界のことを学んだりと様々だ。一部男子が露骨に嫌がっていたことは割愛する。
また、パラメータによって俺らを3グループに分けたそうだ。その種類は、戦士部隊、魔法部隊、支援部隊、だ。
戦士部隊は騎士団見習いと同じようにして戦闘訓練を受ける。扱う武器によって体の動かし方は違うが、そこはしっかりとサポートしてくれるそうだ。ちなみに、俺や玖島、加室もここに配属される。全19人。
魔法部隊は、魔法師団に配属され、これも魔法師見習いとして経験値を積むことになる。ここでは、全員がならう魔法よりも強いものや、専門的な魔法を習得していくことになる。全15人。朝木はここに入れられていた。
支援部隊は、言うなればパラメータがあまりすぐれない者、また特異なスキルを持つ者はここに配属される。戦士部隊に対する強化魔法や回復魔法、情報部員もここで力を付けることになる。桑葉、霧陰はここに配属された。全6人。
「それと、ここでの生活に慣れるまでお前達に一人ずつ付き人が配属される。何かわからないことがあったらあいつらに聞くと良い」
ドルバーがニヤリとしながらそう言った。その目は主に男に向けられている。まさか…いや、まさかな。
「さて、明日、九鐘時(くしょうどき)にまたここに集合だ。それまでは各自ゆっくり休んでくれ」
「それでは我々はこれにて。失礼します」
そう言い残して、ドルバーとファルスが退出する。それについて行くように、玖島達も次々に部屋を出て行った。
「お前はどうする?」
俺は霧陰にそう問いかける。
「…寝る」
「そ、そうか」
霧陰はすっと席に立つと、そのまま一人で部屋を出て行った。目の前を通っているにもかかわらずまるでそこに誰もいないかのような使用人や警備兵。心なしか、あいつの背中がやつれたサラリーマンのようだった。
「…さて、俺も行くか」
とうとう俺だけになった食堂。片づけ始めていることに気付き、邪魔になるのも悪いと思った俺は席を立つ。
そんな時だった。
「リョウ、さん…で宜しいですか?」
後ろからかけられた声に振り向くと、俺より少し背の低い少女がいた。
「あなたはもしかして…」
「はい。リョウ・カムヤ様の傍付きをさせていただきます、リスティ・アルセストと言います。どうぞ、リセとお呼びくださいませ」
彼女はメイド服のスカート横を摘まみ、俺に頭を下げた。
それにしても、メイドか…まさか本物を見る時が来るとは。
「リセ、これからよろしく頼みます」
「リョウ様。私に敬語など恐れ多いですっ。どうぞタメ口で!」
「いや、リセは貴族ではないんですか?俺如きが貴族にタメ口なんてとても…」
ドルバーが言っていたが、傍付きはこの国の貴族家の娘が務めるらしい。ドルバーがにやけていたのは、傍付きが誰も彼も可愛いから、という事なんだろう。
リセは透き通るような朱の髪をストレートに伸ばしている。その目はうっすらと金色がかっていて、まさに貴族令嬢と呼ぶにふさわしい。だからこそ、元一般人かつ異世界に関するラノベを読み漁っていた俺は、おいそれと貴族にタメ口を使う気にはなれない。後が怖いこと知ってるし。
「駄目ですっ!リョウ様は【勇者】の一員となるお方ですよ?たかが一貴族如きに敬語を使ってはなりませんっ!」
「お。おおぅ…」
顔を至近距離に近づけそう良い放つリセの気迫に思わずたじろいだ。この子、結構ぐいぐい来る。と言うより、自分の身分へを下げすぎじゃないか…?
「あっ…し、失礼しました」
と、自分がしたことに思い至ったのか、顔を若干赤らめてリセが顔を引く。
「ま、まぁ大丈夫だよ。それじゃ、行こうか」
「は、はいっ」
俺は若干動揺しながらもリセを連れて食堂を後にした。
「15歳なんだな」
「はい。学院に行くこともできたのですが、私の家は身分もあまり高くなく、お金もなかったので…」
部屋に着いた俺とリセは、お互いのこと、と言うよりリセのことについていろいろと聞いていた。
「一言で貴族と言っても、その幅は狭くはないんですよ」
リセが言うには、一番上が王家。貴族は主に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の5つに分けられ、更に子爵が3つ、男爵が5つに分けられているという。総じて12の階級があるそうだ。その中でリセの家系は第3子爵なのだとか。
「自治区を与えられるのは伯爵からなので、そこからが上級貴族と言われます。それ以下は下級貴族として扱われ、上級貴族の付き人として引き抜かれることもよくあります」
「そうなのか」
貴族にもいろいろあるらしい。
「それで…リョウ様」
「どうし…ッ!」
俺は思わず絶句した。
「な、何をしてるんだリセさん…?」
「もちろん、ご奉仕を、と思いまして」
そう言ってメイド服を徐々に下へとずらしていくリセ。朱が差した頬。金色の眼は潤み、その吐息はどこか艶やか。思わずゴクリと息をのむ。こ、これが貴族令嬢…
「って何やってんだお前」
「あうぅっ」
おっと、思わずチョップが出てしまった。
「いったい何してるんだリセ」
「い、いえ。これも仕事だとお父様が」
「ああ…そう…」
まぁそうだろうけどさ。でも、やっぱ15でそれは…地球では犯罪だもんなぁ。
「そういえば、この国の成人って何歳なんだ?」
「この国では2度の成人があります。1度目が15歳。この年齢になると婚約が可能になります。私のお友達にも何人かいますよ、婚約している方は」
「やっぱそうなんだな」
「はい。そして2度目が20歳。この年齢になれば完全に成人になったという扱いになり、家を引き継ぐことも、新たに爵位を得ることも可能です。お酒を飲めるのも20歳からです」
「なるほどなぁ」
お酒が20歳か。異世界にしては珍しいな。だがまぁ、そんな国もあるか。
と、そこに遠くから鐘の音が響いてきた。その回数は8回。
「リョウ様。気付いたら八鐘時(やしょうどき)ですね。では、ここで失礼いたしますね」
「ああ…リセ」
「はい、なんでしょう」
振り返る美少女に俺は声を掛ける。
「これから、よろしくな」
「…はいっ!」
満開の笑みを咲かせ、リセは俺の部屋を後にした。
「…傍付きと言うより妹だなあれは」
思わずつぶやく。どうしてもリセと俺の妹の姿が重なってしまうのだ。
俺の家族構成はごくごく普通だ。いや、普通だったというべきか。専業主婦の母にそれなりの会社に事務職で勤めていた父、俺と妹の四人構成だった。妹、神矢有紗(かみやありさ)は俺の2歳下、そう、リセと同じ15歳だった。
俺が中学二年の途中まではそれなりに充実した生活をしていた。両親とも良好な関係を気付いていたし、有紗との仲も良かった。
それが突然、ぶち壊されてしまったのだ。
何があったのか詳しくは分からない。ただ、父が会社の秘密を密告しようとして会社に目を付けられ、リストラされたという事らしかった。
そこからは崩壊だけしかなかった。父は終始イラつきを隠そうともせずすぐに怒鳴り散らし、母は精神を病んで入院、有紗も耐えきれなくなって部屋に引きこもることになった。
俺が二次創作にのめり込んだのもそれからだ。現実は非情だ。いつ何が壊れるか分からない。それを知ってしまったからこそ、俺は人との関係をあまり築かなくなった。
「大丈夫かな…」
高校に入って一人暮らしを始めたことで、有紗に会う事が無くなった。あいつは今、どうしているんだろうか…
「心配したら無性に帰りたくなってきたな」
俺は座っていたベッドから立ち上がると横にある窓を開け放つ。心地良い風とともに、フクロウの鳴き声が聞こえてくる。
夜空を照らす月の光をその身に浴びながら、俺は一つの誓いを立てた。
「必ず、この世界で生き抜いて地球に帰る!」
現実は非情だ。それはこの世界でもきっと変わらない。それでも、容易く死ぬことは許されない。俺にはまだ、為さなければならないことがある。だからこそ、俺は戦い抜かなければならない。
ただ一人の誓いを、神々しく浮かぶ月だけが、聞き入れていた。
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