双剣

 部屋に案内してもらった後、俺は城下町に繰り出していた。と言うのも、気持ちの整理をつけるためとこの世界に慣れるためという名目で外出が許可されたのだ。


 俺はもちろん一人だ。誰が好き好んであんな馬鹿騒ぎする馬鹿共と連れ立って動かなきゃならないんだ。あまり注目されることが好きではない俺にとって、あいつらは害でしかない。


「…やっぱり異世界なんだなぁ」


 辺りを見回しながら、思わずそう呟いてしまった。


 この世界には、数多くの種族が時に協力し、時に対立しながら生活している。この大陸は世界の中でも平和なこともあって種族間の争いもなく、ヒューマン、エルフ、ドワーフといった者達が暮らしている。


 今まで存在を否定してきた世界が実際に目の前に広がっていることに、心なしか気分が高揚していた。


 あちこちふらふらしていた俺は、気付いたら路地に迷い込んでいた。人気のないその道をただ真っ直ぐに進んでいると、何処からか甲高い音が聞こえてきた。


「これは…槌の音、か?」


 その音に導かれるように足を進めると、武器屋らしき建物に到着した。錆びれた看板には[オルウォッドの武器屋]と書かれている。興味を持った俺は、その扉をそっと開いた。




 店内は薄暗かった。埃を被った武器たちが時代に取り残されたかのようにひっそりと置かれている。ランプの灯は消えかけ、棚には蜘蛛の巣が張っている所もある。


 時々武器に手を触れさせながら奥へと足を進める。


 店内を進むごとに槌の音は大きくなっていく。カウンターの奥の扉を開けた途端、熱気が俺の体を包んだ。あまりの暑さにすぐ汗が出てくる。


 そこでは、1人のおっさんが真剣な表情で赤熱化した鉄を打っていた。ねじり鉢巻きの巻かれたスキンヘッドには光る雫が無数についていて、それらは時折おっさんの頬をしたたり地面へと吸い込まれていく。


 その目には目の前の鉄しか映っておらず、その光景に思わず俺は目を奪われていた。


…相手はおっさんだけど。




 気付けば槌の音は止んでいた。おっさんは出来上がった一振りの剣を手に持っている。華美な装飾のないただの剣だったが、さっきまでの真剣さを知っている身からすればそこに心が込められていることが良く分かった。


「んで、小僧はいつまでそうしてるつもりだ?」


 と、そこにおっさんから声が掛かる。


「あ、あぁすみません。槌の音が聞こえたものですから、思わず入ってしまいました。お邪魔でしたか?」

「…いや、別に構わねぇよ。と言うより坊主、てめぇ王家の関係者か?俺に一体何の用だ?」


 その言葉に俺は硬直する。そう言えば、この服を用意してくれた使用人さんから説明があった。


『このローブにはシュリアート王国の国章と王家の紋が刺繍されております。これはあなたの身分を保障するものなので、くれぐれもご用心なさってくださいませ』


 俺は一瞬そのことを言うか迷った。昔から人間観察が趣味だった俺にとって、相手がどのような感情を持っているかはすぐにわかる。このおっさんはどうやら王家にあまりいい感情を持ってい無さそうだ。だが、このローブを見られてしまった以上言い逃れはできない。


 一瞬のうちにそこまで考えが至った俺は、一番無難な選択肢を取ることにした。


「俺はリョウ・カムヤと言います。つい先ほどこの世界に召喚されたものです。ここにはただ興味本位で近付いただけです。気に障ったのなら謝罪します」


 そうして頭を下げる。それから数秒、まったく言葉を発さないおっさんの方を恐る恐る見てみると、おっさんは噴き出したかと思えば、そのままナイスボイスで笑い声をあげた。


「そうかよ坊主。そういや、よく見たらここじゃあまり見ない顔をしてやがる。しいて言えば極東の方の顔だな」


 おっさんは陽気に俺の肩を叩くと、今鍛えた剣を持って鍛冶場を出て行く。流石に暑かったこともあり、俺もその後について行く。


「どこから聞こえたのかは知らんが、なかなか耳がいいみてぇだな。ここに客が来るのはまぁ久しぶりだからなぁ、思わずびっくりしちまった」

「そうなんですか…」


 まぁこの店内を見たらわかる。


「面白いもんは何もないが、気が済むまで見て行け。勇者サマ」

「いえ。勇者と言ってもまだ召喚されてすぐですし、そんなに強くないです、よ…」


 おっさんの言葉に返しながら見渡していた俺は、とある武器を見た瞬間絶句してしまった。


 そこには2本の剣が寄り添うように置いてあった。長さは手先からひじ辺りまでの剣にしては短め。片方は白銀に、もう片方は漆黒の刀身をしていて、共通して紫のラインが入っている。刃は両方にあり、その鋭さはたやすく想像できる。


 魅入るように見ていた俺に、おっちゃんが声を掛ける。


「おぉ坊主。そいつに目を付けるたぁ分かってんじゃねぇか。そいつの武器種は双剣。片手直剣とは違い長さを短くすることで動きやすくして、また速度も上がるようになっている」


「この双剣の銘はあるんですか…?」

「もちろんだ。右剣、あぁその白いやつな。そいつが【天武・日輪】、左剣が【天武・夜月】だ…まぁ、俺が鍛えたわけじゃねぇんだがな」

「そうなんですか?」


 ああ、と一つ頷いて、おっさんは話す。


「そいつぁ俺がまだ若かったころから工房にあったんだ。俺は昔、この国でも大きな工房で鍛冶しててな。それこそ王国兵の武器や防具を打つこともあった。だがまぁ、いろいろあって俺はその工房から勘当されたんだ」


 おっさんはここではないどこかを見ながらぽつぽつと言葉を落としていく。


「そん時に棟梁にこいつを渡されたんだ。餞別だ、ってな。まぁその後俺の下に来るのは卸屋ばかりで顧客は来なかったんだがな…」

「じゃあ」

「ん?」


 おっさんの顔を見て思わず俺は言い放った。


「もし俺がこの街の外に行くとき、世界に出る時は、国の武器庫にある武器じゃなく、こいつを持っていく」

「だがなぁ坊主。こいつは作られてからかなりの年数経っている。魔力の伝導率も悪いし、特殊なスキルも付いてねぇぞ」

「それでもだ」

「それでもか」

「それでも、だ」


 おっさんの眼を見ながらそう断言すると、おっさんはニッと笑みを作り、おもむろに俺の頭を掻き乱す。


「ちょ、なんすか」

「ハハハッ!そうかそうか、なら、来る時に備えてこっちも準備しとかねぇとな」


 おっさんは手を下ろし、もう一度双剣に目を向ける。


その二振りの剣は、今はただ、物言わずに佇んでいるのみだった。




「それではそろそろ失礼します」

「おい坊主、そのしゃべり方はやめてくれ。なんか体が痒くなる」

「わかりました…分かった。これでいいか?」

「そうしてくれ」


 おっさんが手を差し伸べてくるので俺はがっちりとそれを掴む。


「言い忘れてたな。俺の名前はオルウォッド・グルムスだ。これからもよろしくな」

「ああ。宜しく頼む」


 手を離すと、俺はオルウォッドに背を向ける。


「また機会があったら顔を出すよ」

「ああ。待ってるぜ」


 オルウォッド…オヤジの言葉に手で返し、俺は城へと足を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る