《リーンカルナ》

「場所を移しましょう」


そう言って、宮廷魔術師のトップに君臨する男、ファルス・シューテはいまだ現実を呑み込めない玖島達を大広間へと案内した。


「改めて高位世界の皆様方。突然のことに戸惑わせてしまって申し訳ありません。ですが、この世界を再び平和にするには、あなた方の力が必要不可欠なのです」


 ファルスのその真剣な表情に、皆は徐々に現実を認識していく。その事に気付いているのかいないのか、彼はこの世界の事、俺たちの価値について述べ始めた。


 要約すればこんなことだ。


 まずこの世界について。


《リーンカルナ》と呼ばれるこの世界は、五つの大陸に分かれていて、それぞれの大陸にいくつかの国がある。俺達がいるこの国〈ウィスターン王国〉はそのアルシュベルト大陸にある国家だそうだ。この大陸は他の大陸に比べ国家同士の争いはほぼ無く、協定を結んでいるおかげで治安が維持されている。


 次に俺達がなぜ呼ばれたのかについてだ。

 

この世界には、周期的に【魔王】と呼ばれる存在が生み出される。そして、時を同じくして【勇者】と呼ばれる存在もまたこの世界のどこかに生まれる。しかし、【魔王】に比べ【勇者】がこの世界に生みだされることはごく稀で、大体は【英雄】と称されることになる豪傑たちが力を合わせて討伐してきたのだという。


しかし、【勇者】が存在せず、なおかつ豪傑たちの手にも負えなくなる時が何度かあったそうだ。その時にこの世界の住民が最後に頼ったのが、俺たちの様な〝高位世界〟の住民の力だ。


「古来より、世界は三つに分かれていると〝創世神話〟に記されています」


 ファルスはそう言っていた。


「我々の世界リーンカルナを基準として、我々よりも苦しい環境であり〝低位世界〟とも呼ばれる《ファウデウン》、そして、あなた方の世界のように高度な技術を持ち〝高位世界〟と称される《トランセンド》。これらを合わせ《|人の領域(ミズガルド)》と呼ばれています」


 このほかに、神や精霊、妖精の世界|神の領域(ヘヴン)、魔物や魔人、悪魔の世界|魔の領域(パンデモニウム)があると言われているそうだ。


「〝高位世界〟になればなるほど神に近づくと言われています。そのことから〝高位世界〟から召喚した方々は世界を渡る際に何かしらの特殊能力の種を得ていることが多いのです」


 ファルスはそう言って締めくくった。


「…俺らは元の世界に帰れるのか?」


 真っ先にそう聞いたのは、桑葉に気があるらしい加室啓介(かむろけいすけ)だ。


「無事【魔王】を討伐し、その功績を神がお認めになればその可能性もあります」


何やら含んでいるものがあるように感じたが、加室はその解答で満足したのか、何やら取り巻きの奴と盛んに話している。


「あなた方にはこれから、この世界の常識や知識、また戦い方をお教えします。ドルバー」

「はいよ、魔導師サマ」


 ファルスに呼ばれて俺たちの前に姿を現したのは、逞しい四肢に程良く焼かれた顔、背に大剣を背負う大男。


「俺はドルバー・エグレッドだ。この国の騎士団団長をしてるもんだ。こいつとは昔っからの仲でな。堅苦しく嫌なやつだろ。俺は見たまんまだから、お前らも気楽に接しろ。これから仲間なんだから、な?」


言いたいことは言った、とでもいうようにすがすがしい笑みを浮かべるドルバーは、部下らしき者が持ってきたものを俺らに見せるように掲げた。


「そんじゃあ早速行こうか。こいつは〝パラメータスキャナー〟っつう魔法道具、アーティファクトだ。まずは羊皮紙を下に敷く。こいつに血を一滴たらすと…」


 ドルバ―はいつの間にか出していたナイフで指を浅く切り、器具に血を落とす。すると、羊皮紙の上にある球体が淡く光を放ち、その周りにある環が複雑に回り始める。


「…ほら見てみろ、羊皮紙に俺のパラメータが表示されるってわけだ」


 光の収まった魔法道具(アーティファクト)から羊皮紙を取り出し、俺らにも見えるように掲げた。


==========================

《個体名》        《種族》

ドルバ―・エグレッド   ヒューマン


《パラメータ》

総合Lv.48 魔力 Rank.6

・攻撃 Class.4 Lv.37  ・防御 Class.3 Lv.26

・魔攻 Class.3 Lv.24  ・魔防 Class.2 Lv.8

 ・俊敏 Class.3 Lv.18  ・幸運 Class.2 Lv.3

==========================


「ここにあるパラメータスキャナーは調整を施していて、表示される情報を少なくしている。実際は能力(スキル)欄があって、そこに様々な特殊能力が加わることがある。まぁ、それはお前らの今後の頑張り次第だな」


 ドルバ―はそう締めくくり、右手を振る。すると、それを合図に数人の騎士が広間に入ってくる。甲冑姿の彼らの手には先程のパラメータスキャナー。


「こいつはすべての情報が載るようにしてある。まぁ有り得んだろうが、能力欄も表示することが可能だ。さぁ、誰から行く?」


 ドルバ―のその言葉で、長らく放心していた皆が我に返る。いまだに状況を呑み込めない中、初めに立ち上がったのはやはりこの男だった。


「…俺が行こう」


 さすがはザ・主人公、玖島真正。まさに主人公道まっしぐらだ。


 玖島は俺たちの視線、そしてドルバ―達の意識、そのすべてを一身に受けているにもかかわらずその態度は堂々たるものだ。


 少し顔を顰めながらも親指の皮を浅く切り、滴る鮮血を一滴、器具に垂らす。先程と同じように起動し、薄明かりが辺りを照らす。


「よし、無事完了だな。どれどれ…」


 光が収束したことを確認し、ドルバーがおもむろに羊皮紙を確認する。


「名前は玖島真正(シンセイ・クシマ)。レベルは…1」


 ん?


「攻撃、防御、魔力、魔防、俊敏、幸運。全て綺麗にクラス1だな。レベルはまちまちだが…攻撃と俊敏がレベル8越えか。なかなかいいパラメータだな」


 予想よりはるかに低くないか?主人公の中の主人公と言ってもいいはずの玖島が、レベル1だと…?


「…予想よりかなり低かったですね」


 玖島も同じことを考えていたらしい。まぁあいつは剣道部所属だ。攻撃と俊敏が高いことは想像つくが、まさかここまで低いとは思っていなかった。


「…あぁ、パラメータの説明をすっかり忘れていたな。道理で反応が鈍いわけだ。本来ならもっと喜んでもいい所なんだぜ?」


 そう言ってドルバーが玖島のパラメータが書かれた羊皮紙を掲げる。


==========================

《個体名》      《種族》

 シンセイ・クシマ   ヒューマン


《パラメータ》

総合Lv.1 魔力 Rank.3

・攻撃 Class.1 Lv.9   ・防御 Class.1 Lv.6

・魔攻 Class.1 Lv.6   ・魔防 Class.1 Lv.3

 ・俊敏 Class.1 Lv.8   ・幸運 Class.1 Lv.4


《コモンスキル》

 ・知覚拡張Ⅰ

   …五感の強化。範囲の補正。強化率は1.5倍

 ・思考加速Ⅰ

   …思考速度上昇。強化率は1.2倍


《ユニークスキル》

 ・言語理解

   …異言語に対する理解補正。

==========================


「そんじゃ、まずはパラメータ欄の説明だ」


 纏めるとこうだ。


 総合レベルは、その名の通り対象者の総合的な能力値、器の強さを表している。もちろん、高ければ高いほど強い。平均として、一般兵が20から25、小隊の長で30前後。現在確認されている最高レベルは72、らしい。


 パラメータの各値は、クラスとレベルで表示される。これも、クラスが大きいほどそのパラメータが高いという事だそうだ。そして、レベルは各クラスごとに上限があり、そこに達することでクラスアップすることが出来るそうだ。上限は、クラスの数×10。


 また、総合レベルの横にある魔力ランクとは、魔力の総量を表す。もちろんこれも、数字が大きければ大きいほど魔力総量が多いという事になる。ただ、多いからと言ってもそれを活用できるかどうかは個人のパラメータや技術によるところが大きい。


 そしてスキル欄。ここには〝コモンスキル〟と〝ユニークスキル〟が存在する。

 

 コモンスキルはその名の通り、誰でも手に入れることが出来る能力。成長の過程によって得られる種類は変わって来るが、ほとんどの場合何かしら持っているのだそうだ。確認されているものだけでも300を超えるのだとか。これにも段階があるが、何をきっかけに上がるかについては研究が進められているそうだ。だが、段階が上がるほど得られる恩恵が大きいことは言うまででもない。


 ユニークスキル。これは個人の得意なことや絶対の自信を誇るもの、強い思いを持つことに対して発現するもの。ただし、これは発現自体が稀で、持っているものは人々から尊敬と畏怖の眼差しで見られるのだそうだ。例外として、俺らが持っている言語理解だけは、神とやらが与えてくれたものらしい。驚きの連続ですっかり意識していなかったが、ドルバーたちが話す言葉も、羊皮紙の文字も、普通なら聞くことも読むこともできない。それが出来るのは、ひとえにこれのお陰なのだ。なお、これに段階のようなものはない。


「お前らがいくら高位世界からきたからと言っても、絶対の力が宿るわけじゃない。だが、その器に大きな力が眠っているのは事実だ。それを引き出せるのは、お前らしかいねぇ。お前らの努力の、思いの分だけ器は昇華され、より強くなる」


 ドルバ―は先程までの飄々とした態度を消し、真剣な眼差しで俺らを見渡す。


「お前らを巻き込んで悪いとは思っている。だがこうなってしまった以上、腹をくくれ。これからお前らは、気を抜いたら命を狩られる、そんな場所へと赴かなければいけないんだ。そこで死なないためにも、必死に己を強くしろ」


 王国の騎士団長を務めるだけあって、その言葉は重く、そして強く俺達へと届いた。浮かれていた者、怯える者、静観する者。それらに等しくかかるその圧力は、紛れもなく歴戦の騎士だった。


「俺達は、お前らを生きたまま元の世界へと返したい。だが、そうするためにはお前ら自身に強くなってもらわなければならない。覚悟を決めてくれ」


 そう言い残して、ドルバーは大広間を出ていく。パラメータスキャナーを持ってきた騎士たちも、それに続いて消えていった。そして残ったのは、命のやり取りを知らない少年少女たちだった。

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