第1章

召喚

 時間は二ヶ月前まで遡る。


「…今日も暑いな」


 6月中旬だというのに気温は35度を超えている。この星の世界環境は既にイカレてしまったようだ。


 閑静な住宅街を歩いて行くこと10分ほど。眼前に突如現れた白亜の建造物。そこに吸い込まるように、俺と同じ制服に身を包んだ齢16前後の少年少女が歩いていた。


 都内に存在する私立高校の一つであり、俺が通っている高校でもある。




 〝二年一組〟と書かれた教室を開けると、既に登校していた生徒数人の視線が集中する。しかしすぐにそれらは消え、代わりにざわめきが戻る。


 いつも通りの教室の中を縫うようにして、一番後ろ、窓のすぐそばにある自席に座る。窓から入るそよ風に目を細めていると、心地よい和んだ空気をぶち壊すかのように、入口が騒がしくなる。俺の時とは異なり、教室内のほぼ全員が入ってきた者達に声を掛けているのだ。


 玖島真正(くしましんせい)。風に吹かれサラサラと流れるその黒髪。整った顔に引き締まった身体。はっきり言えばモテる。それはもう凄いほどモテる。どんなこともそつなくこなし、もちろん身体能力は上々、頭の回転も速い。部活はサッカー…と見せかけて実は剣道だったりする。


 尾野寺雅幸(おのでらまさゆき)。玖島の中学からの友達だと言っていたか。腕っぷしに自信があり、暴力団と殺り合っただの、マフィアを潰しただのと言った噂を耳にする。ガタイも良く、その肉体美は制服の上からでも感じ取れる。空手部のエースだ。期待を裏切らず、安定のスポーツ刈りである。彼が言うには、噂はすべて嘘らしい。


 紫吹桜華(しぶきおうか)。玖島と同じ剣道部に所属している。昔から道場で剣道をしていて、その凛とした佇まいと冷静な姿は校内に女子のファングループを形成するほど。全てのことに興味が無さそうな目をしているが、俺は可愛いぬいぐるみやら小動物には目が無いと踏んでいる。成績もよく、常に学年トップ5には入っている。


 桑葉天乃(くわばあまの)。艶やかな黒髪を風に揺らし歩く姿は校内のみならず彼女を見たすべての野郎どもの心を鷲掴みしているようで、こちらは男子のファングループがある。裏では彼女の盗撮が度々出回り、それを知った玖島達に潰されているにもかかわらず、ゾンビの様に復活してくるそうだ。


 彼ら彼女らはこの地域ではかなり有名だ。特にこの学校内ではもはや神扱いされているというほど。俺のような影の人間とは根本的に住む世界が違う。


 有象無象に囲まれあたかも充実しているかのようなその顔が無性に腹が立ち、俺はその光景から目を逸らし、窓の外に目を向けた。

 世界は今日も平和だ。ただ停滞した世界が、惰性で回り続ける。つまらない。そう思ってしまうほどに、この世界は退屈だった。


「異世界転移でも起こらないかな…」


 ある筈もないことを呟き、現実を認識しようと、そう呟いた。


———そんな時だった。


「な、何っ…!」


 突如、教室の床に眩い光を放つ幾何学模様が出現した。


「皆!今すぐ廊下に!」


 玖島の声に皆が慌てて席を立つが、逃がさないとでもいうようにその円は一際大きな光を放つ。


「くっ…!」

「こんにゃろっ!」


 誰もがその眩さに目を細める中、俺は今の状況を認識する。床に浮かんだ円は、俺のような人間にはとてもなじんでいるものだった。即ち。


「魔法円(マジックサークル)…!」


 そして、視界が真っ白に染め上がった。



   +  +  +



 膨大な光に目を細めていた俺は、視界が回復した途端に辺りを見回し、絶句した。


 人、人、人。俺達を囲むようにして黒い法衣のようなものを身につけた者達がいた。錫杖なのだろうか、その先端を俺たちの方に向け立っていた。まるで何かを喚ぶかのように。


「初めまして。高位世界の皆様方」


 途方に暮れる俺たちに突然降りかかる声。皆の視線が一点に集中すると同時に、二人の男が姿を現す。片方は、周りを囲う者達よりもより派手に装飾された法衣に身を包み、右手に錫杖を持つ眼鏡の男。もう一人は、これまた豪華な服に身を包み、腰には剣のようなものを提げている。彼のその佇まいに圧倒され、俺達は息すら止めていた。


「私の名はファルス・シューテであります。この国最高位の宮廷魔術師であり、あなた方をここにお呼びしたのも私でごさいます。そしてこちらの御方が…」

「我が名はアルスハイト・ヴェル・ウィスターンである。この国、ウィスターン王国の現国王だ」


 クラスメイトが呆ける中、俺はすぐに何が起こっているかを認知した。これは、俺が一番よく知っている展開であるのだから、当然だ。


「異世界、召喚…」

「はい。その通りでございます。我々の手ではどうしても手に負えなかったので、やむを得ずあなた方をこの世界へとお招きいたしました」


 俺の呟きにファルスが答える。


「あなた方を呼んだ理由は一つ。【勇者】の器を持っているであろうあなた方に、【魔王】の討伐を頼みたいのです」


 その言葉で完全に皆が思考を手放した。


 今起こっている状況は、今まで何度も妄想し、その度に「あり得ない」と一人苦笑していたものだった。


――つまるところ、俺達はこいつらの手によって【勇者】として異世界に召喚されたのだ。

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