何もかもを失った女の末路。

ヌンヌン

短編

 本当に順風満帆の日々だったなぁと思う。

 

 自然豊かな村で生を受けた私は、昔ながらの幼馴染のゲルが好きだった。彼は目つきこそ鋭く恐ろしい印象を与えがちだが、実際のところ彼は温厚でやさしく、いざという時にものすごく頼りになる人だった。特に森で大熊にあたった時の私を助けてくれた彼の背中はまさにだったように思える。思えばあそこで私は自分の恋心を自覚したような...


 ゲルは王都で衛兵になることを夢にしていた。大熊を倒すぐらいだから、私は彼のその夢をすごく応援していたし、実際簡単になれるんじゃないかとさえ思っていた。そんなゲルは16歳の時とうとうこの村をを出た。だが、私と一緒にだ。彼の出発のことを聞いた私は「このままじゃやばい!!」と思い彼に自分の思いを伝えた。ゲルも少なからず私に好意を持っていてくれていたため、私とゲルは一緒に王都にいくことになったのだ。


 案の定ゲルは衛兵の試験を余裕で合格した。私たちは王都の端のほうに家を構え、大変幸福な生活を送ることができた。王都について4年、結婚した私たちはついに子どももでき私の人生はまさしく順風満帆の日々だった。


 その2年後にすべてが狂うとは思いもせずに。


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 その日私はいつも通り家で息子と、ゲルの帰りを待っていた。夕食に作るのは、彼の好きなウサギの肉をつかったシチューだ。彼は私の料理をなんでもおいしい言ってくれるが、シチューを食べた時の彼の顔は少々だらしなく、幸せそうなのだ。


 彼が帰ってきた。彼はシチューを食べ始めたが、どこか険しい顔をしている。なにか悪いものでも入れてしまったのだろうか----そう思っていると、彼は当然シチューごと机をひっくり返してこう叫んだ。


 「こんなもの全然おいしくなんかねぇっ!!」


 当然の行動、聞いたこともないような口調で声を上げる彼に私は驚きをかくすことはできなかった。そして彼はそのまま家を飛び出した。私は彼に一言も声をかけることができなかった。


 これがゲルとの最後の出来事だった。



 ゲルが家を飛び出したあの日、他のところでも衛兵の暴走があったらしい。原因は明らかにはなっていないが、なんでも高名な医者が言うには、カポネ草の症状ににているらしい。カポネ草は少量でも強烈な幸福感を与えるため、痛み止めによくつかわれる。そして、カポネ草の効果が切れたとき今度は強烈な喪失感がきて、人を暴力的にさせる。量の加減が難しく、扱える人はほとんどいない。


 そんなカポネ草が衛兵の昼食にまぎれこんでいたそうだ。隣の国の仕業とされている。私はゲルの心配をせずにはいられなかった。殺された衛兵も多い。私は息子を安全な教会に預け、町に飛び出した。


 町は血の匂いであふれかえっていた。泣き叫ぶ声、怒鳴り散らす声------。色んな声が私の耳の中に浸透する。恐怖でどうにかなってしまいそうだった。私は震える足を無理やり動かしてゲルをさがした。


 結局彼は死んでいた。私が見つけた時彼はそこらへんにころがる小石のように倒れていた。


 そこから先はよく覚えていない。茫然自失としていた私は、教会で息子を迎えに行った後、田舎に帰った。息子にもゲルが死んだことを伝えた。息子は泣きじゃくっていたが、慰める余裕は私にはなかった。


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  不幸というものは連続して訪れるのだろうか。


  田舎に帰って2年の日、今度は最愛の息子を亡くした。森の大熊にやられた。ゲルがのこしていったものを愛情をこめて育てようと立ち直りかけていた矢先の出来事だった。この日をもって、私は生きる意味を失った。


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 すべてをなくした私の行動は早かった。あるものを求めに隣国に行った。そう、カポネ草である。一刻も早く死にたかった。一刻も早くゲルと息子に会いたかった。一刻も早く幸せになりたかった。


 カポネ草を手に入れるのは簡単だった。怪しいところにいけば安い値段で売ってくれた。初めて見るカポネ草。全体的に白っぽく、葉はすべすべしている。独特な臭いを発しているが、癖になりそうだ。


 見られない街を歩く。こげ茶色の家が建つ私の国とは違い、白を基調とした家。屋台からはこおばしいにおいが私の鼻腔を刺激する。そしてーーーーーー家族がいる。子供と手をつなぐ二人、やんちゃな男の子を追いかける母親、女の子の機嫌を悪くして謝る父親。すべて、すべて私が望んだ光景だ。そう考えるとーーー怒りが込み上げてくる。私は何も悪くないのに。ただ、幸せな日々を切望しただけだったのに。ポケットの中にあるカポネ草を思い出す。そういえばゲルにカポネ草をやったのはこの国の人間だ。悪いことをしたはずの人間がどうしてこんな生活を送れるの?どうして私がこんな辛い日々をすごさなければいけないの?この国の人間が笑顔を浮かべるのは許されない。そう決意した。


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 私は今丘の上にいる。振り返れば今までのことが走馬灯のようによみがえる。私をこんな風にした隣国は私の眼下で燃え上がっている。隣国を恨む人たちと協力した結果だ。家々の焼けるような臭いが私の鼻腔を刺激し、泣き叫ぶ声が私を喜ばす。思い残すことはなかったはずだ。だから、カポネ草を口に入れた。強烈な幸福感が私を絶対に抜け出せない湖に引きずり込む。あぁ、本当に幸せだ。涙が零れ落ちるぐらいの幸福だ。そのまま、自分の首を刺した。これでようやくあえる。ほんもののしあわせにあえる。ただ、おもいのこすことが、あるとすれば、それは、


 「に、なりたかっ、た、なぁ......」

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何もかもを失った女の末路。 ヌンヌン @bittama

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