第19話 油断は禁物 (津久葉 晴)

 ある日、影野かげのは言った。過去に人を殴った、と。それもダチだった奴を。

 それにいつか、俺を殴ってしまう、と。は? 意味わかんねえ。つーか、そんなふうに考えてしまう事くらい分かってんだよ。俺にもあの空気は読める。馬鹿にすんなよ。お前がどれだけ傷ついているか分かってんだよ。ふざけんな! とは、言えなかった。

 けど、俺は影野の言葉を遮って言ってやった。殴るならなにか理由があった、と。それ以上なにも聞かない、と。影野は色々と考えているみたいだったけど、考えたって意味ねえんだ。余計、気持ちが落ち込むだけだ。俺も過去に色々あったからその気持ちは分かるんだよ。


「おい、津久葉つくば。なにしてる、早く読め」

 突然、聞こえてきた声に俺は我に返った。やべえ、授業中だった。油断してた。で、どこ読めばいいんだっけか? 俺はふと後ろの席の水瀬みずせのほうを振り向いた。水瀬は、俺と目を合わそうとしない。以前なら、ここだぞと言って教えてくれた。

「おい、聞いていなかったのか? もういい。減点だ。次、水瀬頼む」

 先考はそう言った。聞いていなかった俺も悪かったが、読まないだけで減点なのは勘弁してくれ。

 教えてくれたっていいだろ。けど、もう引き返せない。いつの間にか、水瀬が読むのを終えた。その瞬間、突然頭に衝撃を受けた。痛え。俺は手で頭を抑えた。再び振り向くと、水瀬が俺を睨んでいた。な、なんだよ。

 その時、恐怖を感じた。また、あの時を繰り返すんじゃないかと思った。けど、それだけで済んだ。取り敢えず、良かった、のか? まあ、いいか。これが、水瀬が絡んできた最後だった。嫌がらせが最後ってなんだよ。気分悪いな。


 それから、時間が経った。いつの間にか、冬休みも終わり、年も明け、もうすぐあの時期がやってくる頃だった。

「おい、津久葉」

 不意に聞こえてきた影野の声。俺は我に返った。すると、影野が心配だという顔をしていた。そんな顔するなよ。

「顔色悪い気がするが、大丈夫か?」

「悪い。いつもの癖で考え事してた」

 影野の問い掛けに俺は答えた。けど、影野は表情を変えない。

「本当にか? あれから、水瀬と話、」

「大丈夫だって言ってんだろ。それにお前が話相手になってくれてるじゃんか!」

 あ、やべえ。影野の言葉を遮って言ってしまった。俺は咄嗟にその場から走り去った。

「おい、津久葉!」

 後ろから影野の声が聞こえるが、追いかけはしてこなかった。

「俺、用事思い出した。また、あとでな!」

 俺は大きな声でそう言うと、その場を離れた。用事があるというのは嘘だなんて、言えるかよ。

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