第12話 悩み事(影野 紫音)

 俺は悩み事なんてない。なんて嘘だ。ずっとあの事を引き摺っている。友だったアイツを殴ったことが。だが、間違った事をしたとは思っていない。

 なぜなら、殴られて当然だと思ったからだ。その一方で、手を出すのは良くなかったと反省している。


 結局、俺が悪いんだ。


   *


影野かげの、また昼飯食いに行こうぜ」

 津久葉つくばにまた誘われた。選択授業の時以来、久々に会ってしまった。もう、会わないだろうと思っていたのだが、それは無理の話だった。

 同じ高校で同じ学年、どこかで会うのは当然だった。次、誘われたら断ろうと思っていた。しかし、津久葉は断りを入れようとさせない。なんとかして断ろうとしたが、俺は諦めた。

 断れなかったが、待ち合わせ場所に行かなかったら、話はなかったことになるだろうか。いや、津久葉なら……。


 数時間後。やはり、思ったとおりだった。待ち合わせ場所に行かなかったら、アイツから俺の教室に来やがった。なんて、奴だ。まあ、いい。今日で最後にすればいいだけの事だ。

 それよりも、いつも水瀬みずせと一緒にいた津久葉が今日は一人だった。朝も一人だったような……。休みか?

 そんなことを考えていると、津久葉が口を開いた。

「単刀直入に言う。影野、お前の悩んでいる事ってなんだ?」

 その言葉が第一声だった。


 悩んでいる事、だと? 前も言っていたが、まさか気付いていたのか? 俺が過去を引き摺っていることを。

 だが、言うわけにはいかない。過去が原因で津久葉を巻き込みたくはない。現にもう巻き込んでしまっているのかもしれない。

「は? なにを言っているんだ。悩みなんてない」

 俺は誤魔化すように答えた。すると、津久葉はこう言った。

「隠してるんだろ? だって、いくらなんでもおかしいだろ。周りの視線が、」

「追求するなら自分の教室に帰ってくれ。頼む、これ以上、踏み込まないでくれ」

 津久葉の言葉を最後まで聞くことなく、俺はそう口にした。


 本当、やめてくれ。俺の過去に踏み込んでくるのは。俺がなにで悩んでいるのかなんてどうでもいいだろ。お前には関係ない。

 その瞬間だった。フラッシュバックのように一瞬、過去の記憶が蘇る。目の前には恐怖で怯えるアイツの姿が。けど、俺の手は止まらない。そこで記憶の映像が途切れた。

 突然の事で頭を抱えた。俺の気持ちを裏切るように、津久葉はこう言う。

「悪い。今度、会う時は俺のところに来い。待ってる」

 そう言い残し、教室から出ていった。周りの視線が俺を注目する。

「アイツ、よく来るよな。影野がどんなやつかも知らないのかよ」

 聞こえんだよ。お前らの声が。津久葉はなにも悪くない。

 もう会うのはやめよう。今日が最後だ。

 この時はそれがきっかけで変わるとは知らなかった。俺の学校生活が。いや、人生が。

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