第11話 視線 (津久葉 晴)

 俺は今、昼飯を食うために影野かげのの教室にいる。目の前には影野がいる。水瀬みずせはいない。休みだ。体調を崩したらしい。俺にとってはそんなことはどうでもいい。それよりもだ。影野の悩みが気になる。

 今朝、コイツに会い、また昼飯に誘った。そうしたら、待ち合わせた場所に中々来ないもんだから、態々わざわざ迎えに行ってやった。だから、ここに来たというわけだ。


「単刀直入に言う。影野、お前の悩んでいる事ってなんだ?」

 直球すぎなのは分かっている。それは、許してくれ。それなのに、返ってきたのは思ってもいない言葉だった。いや、考えれば分かる言葉だ。けど、俺には理解出来なかった。

「は? なに言ってるんだ。悩みなんてない」

 これは、なにか隠してる。直感じゃない。だって、分かるんだ。俺たちに向ける視線が良くないものだってことをな。

「隠してるんだろ? だって、いくらなんでもおかしいだろ。周りの視線が、」

 俺がそう言った直後だった。

「追求するなら自分の教室に帰ってくれ。頼む、これ以上、踏み込まないでくれ」

 影野は言葉を遮って、頭を抱えながら言葉を口にした。俺は辺りを見渡す。すると、周りの奴らがこっちばかり見ている。なんなんだ。気味が悪すぎる。それは、影野も同じはずだ。もしかしたら、俺以上の気分の悪さを感じているのかもしれない。

 悪い事してしまった。


「悪い。今度、会う時は俺のところに来い。待ってる」

 そう言い残し、俺はその場から立ち去った。

 アイツらマジでなんなんだ。影野がなんかしたのか? したとしても、あんなふうになるのか?

 虐めか? けど、虐めとは違うような。あー、考えても分からねえ。俺は頭を掻きむしりながら、自分の教室に戻った。

「影野によく近づけるよな。殴られても知らねえぞ」

 戻ろうとした時、そんな言葉が耳に届いた。

 殴られる? 俺が? なんだ、それ。殴るやつに見えねえけどな。俺は向けられる視線を睨みつけてやった。

____


 それから、数日。アイツに言った言葉を思い出した。

『悪い。今度、会う時は俺のところに来い。待ってる』

 しかし、数日待っても来ることはなかった。まあ、そうだよな。親友でもない、ただ選択教科が同じで、同学年のヤツに悩みを打ち明けるってそんな容易い事じゃないよな。はあ、どうしたものか。その時だった。


「どうした、溜め息、なんてついて。また、悩み事か? ゴホッゴホッ」

 水瀬が話し掛けてきた。体調がまだ良くないらしい。本人が言うに風邪らしいけど、咳をしているのを見ると、辛そうだな。つーか、完全に治ってないなら休んどいてくれよ。

「悩んでねーよ。つーか、風邪うつすなよ」

「酷いな。移さねーよ。馬鹿晴ちゃん」

 チッ、なんだよ。俺は思わず水瀬の言葉に舌打ちをした。

 その呼び方やめてくれ、マジで。あの過去をよみがえらせるつもりか。だから、嫌なんだ。偽善ぎぜんっていうのは。分かってるようで分かってねえのは。

 俺は水瀬から離れた。水瀬は俺の後をついてこなかった。ただ、嫌な視線を向けられているのは感じた。

 あの頃のような視線で。

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