第10話 記憶の片隅 (影野 紫音)

 思いもしなかった。父さんにある事を聞かれるとは。ふと、あの時の言葉が過ぎる。

紫音しおん、高校はどうだ? 友だちは出来たか?』

 友か……そんな言葉を耳にするのはいつぶりだろうか。あの時以来だし、忘れていたな。懐かしさが蘇ってくる。あの時のアイツは大丈夫だろうか。まあ、関係を切ったから考えたって無意味か。


「おい、影野かげの!」

 突然、大声が聞こえてきた。その声に俺はハッと我に返る。

「影野、聞いてたか?」

「聞いていませんでした」

 問い掛けに答えると、俺は目の前の教科書を捲る。だが、開いていた教科書が自然と閉じられていたせいで何ページまで進んでいるのか分からなかった。

「おい、なにをやってたんだ。俺の授業がそんなにつまらなかったのか」

 そう言って、肩を落とす教科担。そ、そうじゃないんです、と言いたかったが、時既に遅し。

「もういい。有馬ありま、読んでくれ」

 教科担は他のクラスの奴に教科書を読むように頼んでいた。今、授業を受けていることをすっかり忘れていた。 ……忘れていたせいで、成績が下がるなんてことはないよな。きっと、大丈夫だ。そう思いたいが、現実はそんなに甘くない。

 色々考えているうちに授業が終わってしまった。

____


 それから、数日。俺はあの時から津久葉つくばに会っていない。それもそうだ。違うクラスだ。同じ学年だというのに教室自体離れている。無理に会いに行こうとは思わない。なんせ、テンションが高い奴だから疲れる。特にあの時は疲れすぎたのを今でも覚えているくらいだ。

 ただ、今日は合同授業だ。会わないわけにはいかない。話し掛けられなければいいだけの話だが、そうもいかないだろうな。またクラスの雰囲気が悪くなるのだけは避けたい。


 そして、その時がきた。俺はいつも通り自分の席についた。そういえば、小テストがあるはずだ。

 津久葉の奴は覚えているだろうか。


「は? 小テスト? マジかよ」

 水瀬みずせと会話をする津久葉の声が聞こえた。覚えていなかったか。まあ、授業を受けていれば分かるテストだと思うが。


 数分後、プリントが渡ってきて、テストを受けた。やっぱり、簡単じゃないか。直ぐに解答を書き出す。


 そして、約十分のテストを終えた。

「テスト分かんねえ。なあ、水瀬どうしよう」

「今までなにを勉強してきたんだよ。俺、知らないぞ」

 突然、そんな会話が聞こえてきた。あまりにも大きな声だったせいか、津久葉たちに視線が集まっている。マジか。本当になにを勉強してきたんだ。俺も周りと同様、津久葉に視線を向けた。

 この時、俺は知らなかったし、知るわけがなかった。選択教科以外に津久葉の学力がどんなものなのかということに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る