第8話 帰宅 (影野 紫音)

 まさか、こんな事になるとは思っていなかった。さっきまで津久葉つくばって奴と水瀬みずせとカラオケにいた。

 俺は見誤った。一緒に帰ると思っていたのだが、それは違った。

「帰る? なに言ってんだ。これから、ある場所に行くぞ!」

 唐突に津久葉が言った。俺はその言葉を聞き、お前がなに言ってんだ、と言いたかったが、やめた。

 幾ら断ってもしつこく誘ってくるだろう。なにせ、随分と元気だったからな。

 仕方なく『ある場所』に付き合う事にした。言い換えれば、まんまと罠にハマってやった。


 それから、数十分後。着いた場所はカラオケだった。俺は歌うのが苦手だったこともあり、何度も歌えと言われたが、最後まで歌うことはなかった。それからとはいうもの、俺たちは漸く解散した。

 時刻は午後五時半。……おいおい、歌いすぎだろ。自然と心の中で呟いていた。そして、溜め息を一つ。今は取り敢えず、買い物をして帰ろう。なんか、買い物をして帰るとか、主夫みたいだな。そう思うと、笑えてくる。

 ふと、辺りを見渡す。大丈夫だ、笑っているところを誰にも見られていない。俺は歩き出した。

 一人の時間になるために。

____


「ただいま」

 俺はいつものように誰も居ない家で帰った事を報告する。そう、誰も居ない、はずだった。下を向くと、靴が一足揃えてあった。大人の男の靴のようだ。俺は靴を脱ぐと、真っ先にリビングに向かった。

 リビングに着くと、珍しい人物が視界に入った。

「父さん」

 たったそれだけの言葉を発した。すると、俺の言葉に振り向いた。

「お、紫音しおん。おかえり」

 父さんは笑顔で口にする。なぜか、笑っている。笑う場面じゃないんだが……。

「家を開けること多くて悪いな。今日は俺が作るからな!」

 腕捲りをして張り切っている。それどころじゃない。いつもは居ないだろ。なぜ、今日に限って居るんだ。なんなんだ?

「母さんは?」

 色々とつっこみたいところだったが、出た言葉がそれだった。

「泊まりだとさ。なんだ、俺じゃダメなのか?」

 やっぱり、忙しいんだな。そりゃ、そうか。医者だもんな。しかし、医者にしたって、泊まるほどの忙しさなのか?


「おーい、紫音。聞いてるか?」

 その声で俺は我に返った。

「父さんだけでも帰ってくるだけマシだ。飯出来たら呼んでくれ」

 俺は買った食材やら、なにやらテーブルに置いて、言葉を残した。そして、リビングを後にした。

 この時、知りもしなかったし、気にもしなかった。あとから、父さんから色々聞かれることを。

 ここのところ、俺の中で変化があり過ぎて疲れた。特に今日は。

 取り敢えず、一休みするか。俺は一人、部屋で休んだ。

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