小川

三雲屋緞子

 川面は皓い小魚を満たして静に蹲っている。

 小橋の袂に余生を決め込んだ紫陽花の、薄い葉脈が黎ぐろ蟠るなかに、梅雨を見兼ねた雨蛙が一ト声。おちこちで集く虫の音がふと熄んだ。欄干が月光を劃って橋巾に延ばした井桁文様に、しゃらしゃらと呟きが落ちた。

「今晩は風もでない」

「消えてしまいそうだよ」紫陽花が細く応えた。「風がない」

「たまにはいい」

 さわさわ笑う拍子に縮緬の飛沫が橋桁に躍ねた。相手は葉叢の奥で黙している。川は暫く、愉快そうに水草を弄んでいたが、やがてまた元の細水せせらぎに潜まった。橋のうえに夜は更けゆく。

 たれも物も言わぬ隙に、気を利かせた雲は水の匂いを運んでくる。白々した光を弱めて雲は橋を渡りかかった。

 紫陽花がぽつりと呟いた。

「雨だ」

 雲間の半月は椀を上向けて雨を承くるようであった。




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小川 三雲屋緞子 @mikumoyamikumo

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