対象→薄河冥奈の場合【裏】(2)

 午後10時半過ぎ、俺はかねてから狙っていた薄河うすかわ冥奈めいななるプレイヤーの襲撃を決行する。



 頼りない明るさで明滅する電燈が立ち並ぶ、人通りのまばらな路地のちょうど真ん中のあたりで、俺はで彼女をはさちにした。



 向かい合ってじりじりと詰め寄る各々の手にはマチェットナイフなり脇差ドスなりが握られている。



 キラリと光るその得物どうぐに恐れをなしたのか、薄河うすかわ脱兎だっとの如くその場から逃げ出した。



 更に細い路地を走る眼前で、別の俺が退路をふさぐべく通せんぼをする。



 次々に遭遇する正体不明の俺たちに対し、薄河はあらかじめ俺が事前に想定していた経路ルートへと逃走の一途をたどっていく。



 笑いをかみ殺すのに必死だったが、しかしここまで思い通り事が運んでいる現状の所為で、にたにた笑いは止まらなかった。




 暫くして、袋小路にある廃ビルへと辿り着いた薄河は、背後を振り返りながらも建物内部に姿を消していく。



 これすらも想定内。数にものを言わせた結果、俺は薄河を最上階へと追い込むに至ったのだった。




「おいー。おいおいお~~い! 何、え? なになに? もう終了オシマイなんかよ。仮にも参加者プレイヤーなんだからさァ、もーちッとばかり、根性見せろー。可能な限りあらがえよなァー」




 遅れて通路をふさいでいた俺らが、ビルの最上階の中でも一番広いフロアへと集結する。



 元は集会場だったのだろうか。壁には長机が乱雑に積み重ねられており、反対側の窓からは月明かりが差していた。




「処刑者……が六人もいる、なんてっ……聞いて……ないわよ……」




 肩で息をしながら両膝を掴んで息も絶え絶えな処刑対象は、もはや逃げる事をあきらめたのか、俺の投げかけた挑発に応じてきた。



「バッカかお前ェは! 参加者ごとに固有能力が付与されてンだったら俺にも備わってて当然じャネェか!」




 軽里かるさと玖留里くるり



 役割は、処刑者。




 俺の有する固有能力【マッドスワンプマン】は、意識の数だけ自己を物理的に複製コピーできる。




「互いに触れれば制限時間リミットとらわれるテメェらと違ってよー。俺は何度死のうがやり直せるし、自爆霊ボムみ対戦規則ルールには縛られねェんだわ。だからこうやッて――」



 月明かりの差さない壁際の暗がりから、喋っている俺とは別の俺が駆け寄って、その右足を薄河へと押し出した。



「うぐっ……! ぐぇえ……」



 胸の真ん中より少し下あたり――鳩尾みぞおちに突き刺さったつま先の衝撃で、薄河はついに両膝を地に着けて、たまらず胃の中の物を吐き出してしまう。



「汚ねェなァ。それでも女子かよコラ。まぁ蹴り出した感触は小気味キモチ良かったけどよォ」



「げほっ……うぇ……」




 この時点で俺には、とある確信があった。



 二度にわたってしくじってきた失敗を帳消しにするまでには至らぬとも、しかし三度目の処刑対象であるこの女は無事に処刑出来るのだという、そんな確信が。



 だからこそ、思い返せば少しだけ気が緩んでいたのかもしれない。



 どれだけ残虐に、なるべく時間をかけて相手を甚振る――この時の俺はそんなことしか考えていなかった。




「アンタなんかに……あたしはやられない……やられはしなのよ。だって、あたしには□□ちゃんがついている……」



「あァん? なんだって? 最後の方ちゃんと聞こえなかったからもっかい言えや」



 吐しゃ物で汚れた口を拭いながら、薄河はひときわ声を張る。




「あたしにはがついている、つってんのよ。負けない、負ける訳がない。ただ増えるだけのアンタなんか、全然怖くない……」




 息も絶え絶えに、しかし毅然きぜんとした態度で睨みつけてくる薄河に対し、俺はうんうんとうなずく。



 もうどうしようもない窮地に居ながらも威勢の良い処刑対象を絶望させるべく、言葉をつむぐ。




「増えるだけ、とな。女ァ、吐いた唾飲むなよ。この俺が単に増えるだけだと思ったら大間違いだぜ」




 言って俺は、自らの顔を両手でがしりと掴み、そして皮膚ごとそれを引き千切った。




「えっ!? う、嘘だ――そんな……っ!?」




 息をのむ処刑対象。



 彼女がそんな反応をするのが愉快で仕方が無く、補足としての説明を行う俺の顔は、




「どうだァ? てめェの大好きなお兄ちゃんの顔にそっくりだろォ」




 




「俺みたいに長い間遊戯ゲームに興じているとよォ~、固有能力の更に先の境地に至ったって訳なんだなコレが。レベル2っつーんだがよ~」



 呆然としていた薄河は、我に返って周囲を見回した。



 彼女を取り囲んでいた俺たち全員は既に、顔はおろか背丈や体格すらも、今は亡き薄河の兄と寸分たがわぬ姿へと変質させていた。



 現実離れした光景に怯えたからだろうか、薄河は俯いて肩を小刻みに揺らしている。



「ぶっ、ぶふぁ! ぶるぶる震えちゃって可愛いなぁメイちゃんはさぁ~。殺すのは勘弁しないけど、せめてものなぐさめに今から六人がかりで嬲っあいしてあげるからねぇ」



 かつての兄の声色・口調でもって語り掛ける俺×6人。



 もはやその場から微動だにしない薄河に近寄り、ポニーテールにした右側の髪束を乱暴に掴んで、無理矢理に立たせてから、力任せに壁へと投げつける。



 ドスンという音とともに、背中から壁にぶつかる薄河。




 しりもちをついたままの彼女へと群がっていく俺を他所に、薄河はぶつぶつと何かを呟いていた。




「そんな……こんなことって……」




 腹の辺りからこじ開けるようにして服を破る。



 ボタンが弾け飛び、暗がりに素肌が顕わになった。




「もう諦めていた……おにいちゃんにまた会えるなんて……信じられない」




 続けて下着も引き剥がす。



 もはや胸元は開けっぴろげになっていた。




「うれしい……うれしいな……だって……だってあたしってば、おにいちゃんの…………」




 首筋へと舌をわしたと同時に。



 ほほが裂けんばかりに口角を上げた薄河は歓喜の声を漏らした。




「――おにいちゃんの“”を見れるチャンスをもらえたんだ――」




 兄の風貌をした俺の顔へそっと手を添えた瞬間より。



 想像だにしなかった血みどろの惨劇が始まりを告げる。

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