対象→薄河冥奈の場合【裏】(3)

「――――!? 痛!?!? えッ、痛あぁアッ!!!」



 薄河うすかわより差し出されたてのひらに触れられた瞬間、皮膚の中側から理解不能な痛みが軽里かるさとを襲った。



 そして身を引いた瞬間、腹筋でもするかのように上半身を起こした薄河うすかわの頭部が鼻っ柱へと激突する。



「ぶふぁ!!!」



 鼻血を流して思わず目をつぶる処刑者を払い除け、颯爽さっそうと彼女は立ち上がった。



「てめェ~、死んだぞ!」



 先程までまたがっていた兄モドキAの近くにたたずんでいた別の兄モドキBが刃物をたずさえて薄河うすかわへと迫る。



 処刑者を迎え撃つ為に、薄河うすかわは胸の左側――心臓が存在する位置に手を添えて、右足を引き半身はんみの構えを取る。



(ん。解除完了なの)



 距離を目前として、軽里が薄河うすかわの胴体目掛けて刺し貫こうと刃物を振りかぶったその瞬間、彼女は後ろに引いた足のかかとを地に叩きつけ――すり足にて身体を前方へと押し出した。



 軽里が刃物を握しりめた手を限界まで振りかぶった時点と同じタイミングにて、薄河うすかわはその手首に自身の左腕をあてがい、ひらがなの“く”の字になった右肘に右手を添えて、



「!?」



 斜め下へと急激に引っ張られ為すがままにされる軽里は、自らに一体何が起きているのか判断できずにそのまま地面へと――



  ゴトンッという耳障りな音が鳴る。



 受け身を取る暇も無くそのまま後頭部を床にぶつけ、割れた頭蓋ずがいから脳漿のうしょうが飛び散るまで――その間は僅か1秒にも満たなかった。



一教いっきょうおもて。次――来なよ」



 半身の構えを保ったままの薄河うすかわは不敵な表情を浮かべている。



 6人から5人へと数を減らした残る処刑者たちは、そんな彼女を凝視ぎょうししながら、一変した状況に対して未だ順応出来ずにいた。



「来ないんだったら、こっちから行くけど?」



 構えを解いて、悠々ゆうゆうと歩みを進める姿は、気晴らしにちょっと散歩に出掛でかけるかのような軽やかな足取りであった。




(はァ? なんだ今のは? 身体能力は至って普通の、ただの女子高生だろうが?)



 心中にて疑問を浮かべる軽里であったが、処刑対象として問題視していなかった薄河うすかわより反撃を受けたのは純然たる事実。



 偶然が重なったに過ぎないと自らをふるい立たせ、今度は一人ではなく二人――マチェットナイフ持ちと脇差ドス持ちを、同時に薄河うすかわへと襲い掛からせる。



 武器持ちの複数の男に対して、相手は素手のたかが少女。



 負ける道理は皆無でいて、苦戦する方が難しい、常勝必至の容易な状況。




 だのに、戦況は悪化の一途を辿たどっている。




 先刻と同様、軽里が得物を振るよりも薄河うすかわが先に動き、機先を制して一切の傷を負わぬままに対応されてしまう。



下段げだんて――からの――三教さんきょううら。はい、次……って、あらら。あたしってば仕留め損なっちゃってるし。だめだなー、やっぱり最近運動してなかったからかなー」



 気がつけば、残り3体。あっという間の出来事に、軽里は驚愕せざるを得なかった。




(超スピードだとかそんなチャチなモンじャねェ)




 武道を志す者であったならば一度は耳にするであろう“せん”という用語がある。



 言い換えれば相手に合わせた反撃カウンターでしかないのだが、一介の女学生が披露ひろうした一連の動きは、無駄をそぎ落とした洗練されたものであった。




 襲い掛からんとする複製人間コピーに対し、彼女は野球におけるピッチャーが投球モーションを終えた直後の様な――背中全てが相手に見えるぐらいに深く右前へと身体を沈め、打ち出された弾丸のように超低空姿勢のまま腰からぶつかって来た。



 接触した腰骨と挟み込んだ右肘をそのまま後方へと様にして投げられ、駒が如く回りながら顔面から地面へと激突し頚椎を損傷し倒れたのが、一体目。



(動き自体はそこまで早くないのに、まるで未来を読んでいるかのように立ち回ってやがる)




 次いで向かわせた二体目の複製人間コピーは怯まずに脇差ドスを突き出すも、刺突をひらりとかわされて、直後握った右拳を支点に今度は前へと引き倒された。



 倒されるまでの刹那せつな、手首と肘の関節の可動域を大幅に超過した締め上げによって、右腕の骨は粉砕されている。



 薄河うすかわは激痛に呻き声を上げる複製人間コピーに馬乗りになって、いつの間にか取り上げていた脇差ドスを高々と振りかぶり――ざくりざくりと……もう片方の左腕を刺しては貫き、貫いては刺していた。




「痛いの? ねぇねぇ痛いの? ちょっと、ちゃんとあたしを見て! お顔を見せてくれなきゃ、意味が無いじゃないの」




 無邪気な子供のように。きゃはきゃはと笑いながら。




 処刑者を、逆に処刑していた。




 得物を携えた獲物が、完全に立場が逆転しているとしか言い得ない程に、狩人を喰らっていた。




 かたくなに顔を見せんとじたばた動く対象にきょうが削がれたのか、脇刺ドスを逆手に持ち替えて横一閃に首の前を引いた薄河うすかわは、軽里の複製人間コピーが絶命したのを確認し、すくっと立ち上がった。




 肌色を濡らす赤色の体液をぺろりとめながら、残る三人を見据えている。




「あっ! なに勝手に元の表情に戻ってんのよ。駄目じゃない、あたしが見たいのはあなたじゃないの! おにいちゃんの“最高の表情”がみたいの!」



 動揺どうようした所為せいであろうか、軽里はいつの間にか変容状態を解除してしまっていた。



「その、なんだ。テメェがいう“最高の表情”ッて奴ァ……一体何なんだい?」



 指摘されたことを物ともせず尋ねた軽里に対し、恍惚然こうこつぜんとした表情で、薄河うすかわは答えた。




よ、それを創って鑑賞するのが、人生の唯一の愉しみなの。ふへっ、ふへへへへへっ! へへへへへへっへっへっ!!」




「こんな直接的じゃなくて――いつもだったらもっと時間をかけて。もっと手間をかけて。積んで、積んで、積み上げて。整えて、整えて、整え上げて。そして最後の最後にぐっちゃぐちゃにするの。ねぇ? 素敵でしょ」



 ぞわりと肌が粟立あわだつ感触に、軽里は戦慄せんりつする。



(殺人が趣味の俺が言えた事じゃないが……この女、頭のネジがぶっ飛んでやがる)



(とはいえ、だ……流れは悪いが、彼我の戦力差はまだこちらに分がある……はずだ)



 頭数、本体と複製人間コピー2体の計3人。



 凶器は鉄棍棒・バタフライナイフ・包丁。



 精神状態に左右されているかどうか理由は不明ながらも、複製人間コピーの内一体が何故か上手いこと指示に従わないが、だとしてもまだ依然立て直せる範疇だと軽里は思案する。



 薄河うすかわへと接近すれば投げられて、投げられるとほぼ間違いなく致命傷を受けてしまう。



 近付くのは得策では無く、銃器の類があれば万々歳とはいえ、今の軽里は遠距離武器を所持していない。



 ならばもう、数に物を言わせ、多少の被害が出るのも止む無しとし、組み伏せて滅多刺しにするしかないと彼らは考えた。




「お……ィおィ待てよ。悪かった、俺の負けだ。今日はここらで勘弁してくれねェか?」



「えー。嫌なんだけど。あたしもっと見たいもん」



「そう駄々をねんなよ。お前ェの望みを聞こうじャねェか」



「だからもっとおにいちゃんの苦しむ顔が見たいんだってば~」




 ぬらりとした血液をしたたらせゆらゆらと揺れる薄河うすかわの背後――倒れている複製人間コピーが音も無く分裂を始めていた。



「ここで俺を逃がしてくれれば、また遊んでやるからよォ」



「駄目。今がいいの。もっと、もっと欲しいの。ちょうだい、ねぇ? ちょうだいってば――」



 やがて完全に一体の人間の形を為し終えた軽里の複製人間コピーは、がばりと立ち上がって、そのまま薄河うすかわを羽交い絞めにした。




「あっ」



「~~~ッ!! ひャーーーーはァあ!!! 捕まえた! 串刺しだ! 穴だらけの蓮根れんこんみたいにしてやんよォ!!!」



 二度目の確信。これは処刑では無く対峙したプレイヤーへの勝利の確信に近かったが、それでも薄河は肘から上を後に曲げて、コピーの顔を撫でた。




 彼女の固有能力――【ニードレストレス】



 曰く――触ったモノを遅くする力が、処刑者に再び炸裂する。




「がァァあああああああ!!!!」



「あたしが“触”れたものは、みな“腐”れる。まぁ、その他にも色々使い道はあるんだけど、ここはひとつ企業秘密ってな感じで」




 例えば、母親の意識を極端に遅くして――流れるときを緩やかに装ったりだとか。



 例えば、自身の鼓動を極端に遅くして――普段以下の身体能力を装ったりだとか。



 そんな具合に彼女は自らが触れた一部分――皮膚の下を流れる血液の流れを部分的に遅化せしめた。



 簡易的動脈硬化による激痛が、処刑者を襲っていた。




「ぐっ……クソがクソがクソが!! ぶッ殺してやんよォ!!!」



 玉砕覚悟で、残る内の一体が滅茶苦茶に包丁を振り回しながら薄河に突進を試みてきた。



「ははっ。超ダセェんですけど」



 振り回す刃物の動きを線で捉えたならば、一見して殺傷能力は広範囲に思われるかもしれない。



 しかし薄河は点でそれを識別し、縫う様に接近しながら肌と肌が触れ合うぐらいに密着した状態で、真上に腕を掲げ、軽里の顎を優しく掴んで。




「入り身投げ改め――釣瓶落とし“魔車”――でやぁ!」




 1秒にも満たない、それは実に無駄の無い動きで足払いを放ち、崩れた体勢を重力に相手と自分との全体重を掛け合わせ、脳天を床へと叩き付けた。




―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―


 廃ビルの屋上で、一人の少女がうららかにたたずんでいる。



 まるで強姦にあったかのような衣服の乱れ具合に加えて、振り被ったおびただしい量の血液は、凄惨さを極めるものであったのだが。



 彼女は、薄河冥奈うすかわめいなは。



 星空を見上げながら、ぽつりぽつりと呟いていた。



「結局逃がしちゃったかー。楽しかったなー。また会いたいなー」



 き物が落ちたかのように安らかな表情で、それでいて邪悪そのものの精神を内包ないほうしながら。



「待っててね、おにいちゃん。次はもっと。もっと」





 ――死がご褒美だと錯覚するぐらい、酷い目にあわせてあげるからね。





【対象:高低ふるる→生存】


【対象:高低ほろろ→生存】


【対象:東胴回真理子→生存】


【対象:薄河冥奈→生存】



【第三 . 五話 了】

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