対象→薄河冥奈の場合【裏】(3)
「――――!? 痛!?!? えッ、痛あぁアッ!!!」
そして身を引いた瞬間、腹筋でもするかのように上半身を起こした
「ぶふぁ!!!」
鼻血を流して思わず目をつぶる処刑者を払い除け、
「てめェ~、死んだぞ!」
先程まで
処刑者を迎え撃つ為に、
(ん。解除完了なの)
距離を目前として、軽里が
軽里が刃物を握しりめた手を限界まで振りかぶった時点と同じタイミングにて、
「!?」
斜め下へと急激に引っ張られ為すがままにされる軽里は、自らに一体何が起きているのか判断できずにそのまま地面へと――
ゴトンッという耳障りな音が鳴る。
受け身を取る暇も無くそのまま後頭部を床にぶつけ、割れた
「
半身の構えを保ったままの
6人から5人へと数を減らした残る処刑者たちは、そんな彼女を
「来ないんだったら、こっちから行くけど?」
構えを解いて、
(はァ? なんだ今のは? 身体能力は至って普通の、ただの女子高生だろうが?)
心中にて疑問を浮かべる軽里であったが、処刑対象として問題視していなかった
偶然が重なったに過ぎないと自らを
武器持ちの複数の男に対して、相手は素手のたかが少女。
負ける道理は皆無でいて、苦戦する方が難しい、常勝必至の容易な状況。
だのに、戦況は悪化の一途を
先刻と同様、軽里が得物を振るよりも
「
気がつけば、残り3体。あっという間の出来事に、軽里は驚愕せざるを得なかった。
(超スピードだとかそんなチャチなモンじャねェ)
武道を志す者であったならば一度は耳にするであろう“
言い換えれば相手に合わせた
襲い掛からんとする
接触した腰骨と挟み込んだ右肘をそのまま後方へと捻じ切る様にして投げられ、駒が如く回りながら顔面から地面へと激突し頚椎を損傷し倒れたのが、一体目。
(動き自体はそこまで早くないのに、まるで未来を読んでいるかのように立ち回ってやがる)
次いで向かわせた二体目の
倒されるまでの
「痛いの? ねぇねぇ痛いの? ちょっと、ちゃんとあたしを見て! お顔を見せてくれなきゃ、意味が無いじゃないの」
無邪気な子供のように。きゃはきゃはと笑いながら。
処刑者を、逆に処刑していた。
得物を携えた獲物が、完全に立場が逆転しているとしか言い得ない程に、狩人を喰らっていた。
肌色を濡らす赤色の体液をぺろりと
「あっ! なに勝手に元の表情に戻ってんのよ。駄目じゃない、あたしが見たいのはあなたじゃないの! おにいちゃんの“最高の表情”がみたいの!」
「その、なんだ。テメェがいう“最高の表情”ッて奴ァ……一体何なんだい?」
指摘されたことを物ともせず尋ねた軽里に対し、
「あたしを愛する人が苦悶で歪める表情よ、それを創って鑑賞するのが、人生の唯一の愉しみなの。ふへっ、ふへへへへへっ! へへへへへへっへっへっ!!」
「こんな直接的じゃなくて――いつもだったらもっと時間をかけて。もっと手間をかけて。積んで、積んで、積み上げて。整えて、整えて、整え上げて。そして最後の最後にぐっちゃぐちゃにするの。ねぇ? 素敵でしょ」
ぞわりと肌が
(殺人が趣味の俺が言えた事じゃないが……この女、頭のネジがぶっ飛んでやがる)
(とはいえ、だ……流れは悪いが、彼我の戦力差はまだこちらに分がある……
頭数、本体と
凶器は鉄棍棒・バタフライナイフ・包丁。
精神状態に左右されているかどうか理由は不明ながらも、
近付くのは得策では無く、銃器の類があれば万々歳とはいえ、今の軽里は遠距離武器を所持していない。
ならばもう、数に物を言わせ、多少の被害が出るのも止む無しとし、組み伏せて滅多刺しにするしかないと彼らは考えた。
「お……ィおィ待てよ。悪かった、俺の負けだ。今日はここらで勘弁してくれねェか?」
「えー。嫌なんだけど。あたしもっと見たいもん」
「そう駄々を
「だからもっとおにいちゃんの苦しむ顔が見たいんだってば~」
ぬらりとした血液を
「ここで俺を逃がしてくれれば、また遊んでやるからよォ」
「駄目。今がいいの。もっと、もっと欲しいの。ちょうだい、ねぇ? ちょうだいってば――」
やがて完全に一体の人間の形を為し終えた軽里の
「あっ」
「~~~ッ!! ひャーーーーはァあ!!! 捕まえた! 串刺しだ! 穴だらけの
二度目の確信。これは処刑では無く対峙したプレイヤーへの勝利の確信に近かったが、それでも薄河は肘から上を後に曲げて、コピーの顔を撫でた。
彼女の固有能力――【ニードレストレス】
曰く――触ったモノを遅くする力が、処刑者に再び炸裂する。
「がァァあああああああ!!!!」
「あたしが“触”れたものは、みな“腐”れる。まぁ、その他にも色々使い道はあるんだけど、ここはひとつ企業秘密ってな感じで」
例えば、母親の意識を極端に遅くして――流れるときを緩やかに装ったりだとか。
例えば、自身の鼓動を極端に遅くして――普段以下の身体能力を装ったりだとか。
そんな具合に彼女は自らが触れた一部分――皮膚の下を流れる血液の流れを部分的に遅化せしめた。
簡易的動脈硬化による激痛が、処刑者を襲っていた。
「ぐっ……クソがクソがクソが!! ぶッ殺してやんよォ!!!」
玉砕覚悟で、残る内の一体が滅茶苦茶に包丁を振り回しながら薄河に突進を試みてきた。
「ははっ。超ダセェんですけど」
振り回す刃物の動きを線で捉えたならば、一見して殺傷能力は広範囲に思われるかもしれない。
しかし薄河は点でそれを識別し、縫う様に接近しながら肌と肌が触れ合うぐらいに密着した状態で、真上に腕を掲げ、軽里の顎を優しく掴んで。
「入り身投げ改め――釣瓶落とし“魔車”――でやぁ!」
1秒にも満たない、それは実に無駄の無い動きで足払いを放ち、崩れた体勢を重力に相手と自分との全体重を掛け合わせ、脳天を床へと叩き付けた。
―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―
廃ビルの屋上で、一人の少女がうららかに
まるで強姦にあったかのような衣服の乱れ具合に加えて、振り被ったおびただしい量の血液は、凄惨さを極めるものであったのだが。
彼女は、
星空を見上げながら、ぽつりぽつりと呟いていた。
「結局逃がしちゃったかー。楽しかったなー。また会いたいなー」
「待っててね、おにいちゃん。次はもっと。もっと」
――死がご褒美だと錯覚するぐらい、酷い目にあわせてあげるからね。
【対象:高低ふるる→生存】
【対象:高低ほろろ→生存】
【対象:東胴回真理子→生存】
【対象:薄河冥奈→生存】
【第三 . 五話 了】
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