【4/23 18:19:44 厚山太 残刻 00:10:52】(3)

【!残時間が180秒を切りました!】

【!直ちに他対象へ接触して下さい!】



 バイブレーションを伴って、太のスマートフォンが警告音アラートを鳴らす。それを受けて、先程のカフェで沙羅に逃げられた時と同様、太は呆けた顔で硬直した。



「えっ・・・? いや、ってゆーか触り返したんだけど? 故障かな? ほら、ほら」



 言って、眼の前にいる長髪の頭をぽんぽんとでる様にして触る。



 日が落ちた都会の路地裏にて、ともすれば事案になりかねないその光景を引き裂くようにして、激しいロック調の着信音が鳴り響く。



「あ、もしもし姉ちゃん? うん、そうそう。捕まっちゃった。てゆーか怪我したし早く助けてよ。このままじゃ俺このおっさんに海外かどっかに売り飛ばされちゃいそうだよ」



「へ?姉ちゃん?」



「違うってば。いつもどおり全力で逃げたってば。でも今回は色々重なって無理だったの。てゆーか邪魔なんだよこのカツラ――肩とか腕とかにかかって暑苦しいったらありゃしない」



 太を完全に無視し、眼の前の人間はスマートフォンで電話先の主に向かって愚痴をこぼしていた。声変わりのまだしていない男の声のようにも聞こえる。



 暗くて顔は良く見えなかったが、女の声ではない事は確かだった。



「・・・電話貸せっ!」



 許可を取る事無く長髪の持つスマートフォンを強引に奪い取り耳元にあてると、口調こそ先刻とは全然違うものの、聞覚えのある声が電波に乗って聴こえてきた。



「なんだよーつれないなー。かる君ってば男のわりには美形なんだし、もっと積極的に女装しないと勿体無いってば。今度生配信ライブチャットとかしてみ? 今かる君が一緒にいる豚みたいな気ン持ち悪い奴等やつらが山ほど釣れっからさぁ」



「誰が豚だこの野郎! てめぇ沙羅さらだな!? 何処どこにいるんだよ!」



 太は追跡途中、何度かアプリで沙羅の位置を確認しながら追い詰めていた。この長髪とは入れ替わる暇など微塵みじんもなかったし、なにより固有能力【シアーハートサーチ】により対象を絞った上でのスタートであったのに。



 何故だ、何故こうなったのかがさっぱり分からない。



「ぉーぉー豚くんおっすおっす。10分一寸ちょっとぶりぐらいか、元気にしてたー?」



「だから何処にいると聞いている! それにいつ入れ替わったんだよ、そんな時間ちっともなかっただろ!」



「あー、うんうんなるほど。そんなにぶーぶー言われてもあたしには豚語の履修経験が無いから、意思の疎通そつうが出来ないなぁ。残念、非常に残念」



 完全におちょくられている。ストレスに拍車はくしゃが掛かるも、何しろ残り時間はあとわずかしかない。



 聞けば答えるとも思えないが、それでも聞き続けるしか太に選択肢は残されていなかった。



「ざけんなよてめぇ! ナメやがって! 殺す、絶対に殺す!」



「怖いわー。若い女性にそんなおどし文句平気で言えちゃうとか引くわー。ま、いっか。あたしの83番目の元彼も豚くんみたいな事言ってきたし、初めての経験じゃないから平気だよ。うん、残り時間1分ちょっとだし、メイド喫茶のお土産がわりに教えてあげよっかな――飛べない豚は、タダの豚だよ?」



「・・・・・・まさかお前」



「そーだよー。そこにいる弟の迦楼羅かるらとは道路に出る前から入れ違っていて、同じ速さでビルからビルを飛び移ってたんだぉー」



 パルクールって奴だね。と、笑い声が聞こえる。見上げると、隣接するビルの最上階窓から飛び出た縦桟たてざんに腰掛けた、西乃沙羅が片手を振っていた。今度こそ紛う事なき本人である。



「馬鹿な! 全力で走る人間と同様に並走するだけならまだしも、コイツが車道をまたいで横断した距離は10メートル弱はあったはずだ! 無理に決まってる!」



 太の言い分はおおよそ正しい。



 なにせ走幅跳びのワールドレコードは8メートル95センチ。ましてや国内における過去最高記録をもってしても精々せいぜい7メートル弱あまり。



 一介の成人女性にそのような事が出来る訳はない。



 だが沙羅はやってのけた。



 やってのけたからからこそ、遥か上方でシニカルに笑っていられるのだ。



「それはあくまで平地の話でしょ。ビルごとに高低さがあったり、飛び移る際に棒なりなんなり使ったら、もうちょっと距離は出せるんだってば。地上より高い位置にいる方が、追い風も強いしね。そんなことよりいいの? 残り30秒切ったみたいだけど。早くあたしを捕まえなきゃ、負けちゃうんじゃないの」



 思い出したように画面を見返すと、残りは30秒を切っていた。どう考えても間に合わない、考えてる暇さえ皆無であった。



「う、うああああぁぁぁあああああ!!!」



 こうなってしまえば、建物内に入り最上階へとあがるしかない。時間ぎりぎりにせよ、固有能力を使えばなんとかなると信じて、太は駆け出すしかなかった。



 【シアーハートサーチ】を発動しつつ、転がるようにして雑居ビルの中に這入はいる。エレベーターは故障中なのか反応しない、巨体を揺らしながら、一目散に太は階段をかけあがるが――しかし、今一度彼の能力を思い出して欲しい。




 “逃げる相手を必ず追い詰める”能力、である。



 逃げも隠れもしなかった今の沙羅には、




【!残時間00:00:00!】

【!これより爆発に移ります!】



 アラート音が響くも、太はそれに気がつかなかった。憑依ひょういしていたボムみが音も無く身体に重なって、肌の至る箇所からひび割れた亀裂が生じ、青白い光が内側よりあふれてくる。



「こんな――こんなはずじゃ―――」



 そして、内側から弾ける様にして、一般人には知覚出来ない音と光を伴い、厚山太は微塵みじん爆裂ばくれつ霧消むしょうした。



―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―



【!攻撃対象消失を確認!】

【!アナタ様の勝利です!】



 2~3階層下の辺りで轟音ごうおんが響いた後、沙羅の持つスマートフォンのアプリ上にはそのようなメッセージが表示されていた。



(とりま、生き残れたみたいね)



 終わってしまえば実にあっけない幕切れだったなと失望する。



 太の能力は使い様によってはかなり凶悪な部類に入りかねなかった。



 はたから眺めるにおいて、周りの環境をもひっくるめたあらゆる事象を、全て自分の都合の良いように意図しないままに行使・展開出来るなど、序盤に出てくるべき能力ではない。チートもはなはだしかった。



『おつかれちーん。おねえちゃんってば、やったね! 初めはやる気の無いその辺の荒んだ女子かと思ってたけど、中々どうして凄いじゃん! ひとまずになるけど脱落せずに生き残れて本当におめでとう!!』



 どこから湧いてきたのか、直ぐそばにはいつのまにかボムみがいた。



「はいはいおつかれー。ところでぼむみっち、このタイミングで次の鬼って、誰になるの?」



『一度鬼になった人が爆死を免れた際、原則的には別のプレイヤーに憑依するルールだよ。だから名残惜しいけど、おねえちゃんとは暫くお別れになるかな』



 出来る事ならこれを最後に二度と遭遇そうぐうしたくなかった。次に自分へボムみが憑依する前に残りのプレイヤー同士で潰し合ってくれないかなと沙羅は切に願っていた。



 何故ならばボムみが視えるということは、重さの無いスピーカー付の時限爆弾を抱えているようなものなのだから。



「そーなのね。まぁ今回みたいなレベルであれば、なんとかなりそうなんだけど。あれだよね、どーせこの先もっとエグい能力使う奴とか出てくるんでしょ? 少年漫画よろしく強さがインフレしていくんでしょ? やだなーめんどいなー」



『おねえちゃんも充分強キャラの部類に入ると思うけどね! でも、他のプレイヤーの能力を他言するのは禁止だから、是非おねえちゃんの眼で確かめてくれたまえ!』



「御免だよ、やれやれ。んじゃま、かる君病院連れて行かなきゃなんだし、そろそろ行くわ」



 身を乗り出し、沙羅は建物内部へと滑り込む。地上に戻る最中壁面等を観察するも、建物内部に特に損壊箇所は見当たらなかった。



(あー彼氏欲しいなー)



 生き死にを賭けた鬼ごっこの後とはいえ、沙羅は普段と変わらない平常運転だった。まるでそれまでのやり取りが無かったかのように、当たり前のように異性との交際を望んでいた。



 “彼氏が欲しい”、もはやこれは口癖に近い。



 夢が夢なだけに、己に言い聞かせている分もあるにはあったのだろうけど。沙羅は1階のエントランスを目指し、悠々と階段を降っていく。




 わずか2日後、彼女がこれまでに遭遇したことのない性質タイプの異性と、邂逅かいこうするとは露も知らずに。




【第一話 了】

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