【4/23 18:19:44 厚山太 残刻 00:10:52】(2)

 振り向かず、ただひたすらに走る。



 いつものことだ、慣れている。



 なるべく考えるな今は逃げることだけ考えろ。



 そもそも走りには自信があった。陸上部に所属していた経験もあって、且つ今回のような事態は過去何度も経験してきた。それゆえ逃げ足となれば折り紙つきだともいえよう。



 見た所アイツも今までの人間と同等か、なんならそれ以下までありえた。体型だけで判断するに、そこまで運動能力が優れているようにも思えない。



 経験則から安堵を覚えるや否や、歩道を右折した所で、両の足が止まる。



 人が群がっていた。どうやら浮浪者が暴れ、一般人と争っているようだ。



 その様を観戦する取巻きらのせいで、見事に歩道が塞がれていた。



「ッ!なんだってこんな時に・・・」



 どうやら騒ぎは始まったばかりの様で、掃ける気配は一向にない。



 立ち止まっていると後方からあの男の唸り声にも似た叫びが近づいてくる。



(駄目だ、違う道で行くしかない)



 ガードレールを乗り越え、車が行き交う道路を走り抜ける。一歩間違えれば轢かれて大怪我を追ってしまう危険度リスクもあったのだが、後の男に捕まればそれ以上にどんな目に遭わされるのか分からない。



 遠回りか近道か。それらを天秤にかけた際、後者の方が断然安全に思えた。大丈夫、まだ距離は十二分にある。



 クラックションに煽られつつも、どうにかこうにか対岸の歩道へと渡りきる。時計を確認するに、ちょうど会社員の帰宅ラッシュにぶち当たっているに違いない。



 人が多すぎる、この辺りから離れなきゃ。



 そう決断し、駅前から真反対の郊外へと進路を変更する。



 人込みに紛れて逃げる方法もありといえばありだったのだが、彼女からは「相手は追尾性能を持っているよぅ~」と聞いている。逆に身動きが出来ない場合、それがくさびになりかねなかった。



 が、しかし。その判断はこと今回においては間違っていた。



 数十秒走った矢先、それは予期せず起こってしまう。



 甲高いブレーキの音が鳴り、重たい金属同士がぶつかり合う音が、眼前で響く。



 一般乗用車同士の交通事故。それに誘発され、緊急停止をし損ねた軽トラックまでが横転する。非日常に出くわした人々の叫びが次々に聞こえてきた。眼前で繰り広げられるそれは、パニックそのもの。またもや足を止められてしまう。



(おいおいマジか)



 文字通り道が塞がれてしまった。加えて進行が出来なくなった為、道路も車であふれ返っている。対する歩道はというと、相変わらずというかむしろ先程より更に多い人と人とで密集し出している。そして背面からは、人々を押し分けるようにして横に大柄な男が距離を詰めて来ていた。



(もうこんなに近くまで・・・・・・あぁもう!)



 周囲を見渡すと、ちょうどビルの合間にある路地裏が発見できた。



 この場から最短最速で離れるにあたり、そこを通るしかない。



 すいません、どいてください、通ります、などと謝りながら、なんとかして密集地帯より抜け出すことに成功した。



 少しだけでも良い、あの男が目を離した隙に何処かへ隠れて、やり過ごすしかない。



 ずっと逃げ続ける必要がない事も知っていたし聞いていた。それだけは何度も彼女に確認した。



 この細い路地を抜けて適当な建物に逃げ込もうと考えていたその瞬間だった。



 踏み出した左足に激痛が走る。



「痛・・・ッ!」



小指の付け根の辺り、買ったばかりの靴を貫通して、釘が飛び出していた。



 思わず片足立ちになり、その場にぴょんぴょんと跳ねる。滑稽そのものだが、今まで感じた事のない痛みに悶え、当事者はそれどころではなかった。



(不味いぞ・・・この様子じゃもう走れない)



 立て続けに自分に不利な事が降っては沸いてくる。良いことは重ならない癖に、反対に悪い事が連続して重なる事象は一体全体何なんですかと神に問いたい気持ちで胸が一杯になった。普段は無神論者であるのに、なんとも都合の良い嘆願であるには違いないのだが、現状はそれなりに逼迫ひっぱくしていた。



「へーーーーーーーろーーーーーーーーぅ。やぁあっと追い詰めたぜ、子猫ちゃあああーーーーーん」



 とうとう追いつかれた。それでも諦めず、悪足掻きにも似た行動でもって、極力爪先つまさきが地面に接触しないように、その場から離れようとする。



 するのだが、したのだが、あろうことか。




 空から瓦礫が降ってき、文字通り山となり、道が完全に塞がれてしまった。



 袋小路である、逃げ道はもはやない。




 主たる原因は先程の交通事故の際、建物に激しく衝突した所為であろうか。にしても、タイミングが良すぎる。



 時差含めてこうもピンポイントに、まるで自分が逃げられないように、連続して事象が発生するものなのか。



「不思議そうだねぇ」



対象を完全に追い詰めた事に余裕なのか、目の前の男は尋ねられてもいないのに、芝居掛がかった口調で語りだした。



「見てのとおり、僕はこのふくよかな体型のせいで、運動するのがちょびっとばかり苦手だ。そんな奴に何故追いつかれてしまうのか、うまく逃げられないのか。なんでだろうねぇ」



 明らかに油断している。隙を見て間をすり抜ける事は出来ないだろうかと考えたが、相手の体型がぴったりと進路を塞いでいる。助走をかけて飛び越えようにも、怪我を負った今の状態では成功率は低そうだ。



 加えて、仮に路地を抜けたとして、人々でごった返す中、逃げ切れる可能性もおおよそ考えられない。まさしく詰んでいる。



「タイムリミットまであと3分弱あるし、冥土の土産に教えてやるよ。僕の固有能力は“逃げる相手を必ず追い詰める”効果を有する。つまりどーゆーことか分かるか? たとえ鬼になろうとも、その気になれば絶対に負けない常勝必至サイキョーのチカラなんだよぉおおお!!」



 ぶふぁぶふぁぶはぁと、豚のような鳴き声で笑われる。あぁここまでか、と諦める。たぶんこの状況は、何があっても覆せないだろう。



「んじゃま、時間も時間だしそろそろ幕を引こうか。はぁああああいたぁーーーーーーーーーーーっち!!!」



 下卑た笑顔を振りまきながら距離を詰められ、はたして長髪は太に触れられてしまった。

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