第3.5話:処刑日和~軽里玖留里の憂鬱~

対象→辺閂の場合【表】

 たいした事も無いだろうよ、今回もきっとな。



 自分以外には誰もいない室内にて、俺はつい独白してしまう。



 電気仕掛けの四角い箱テレビを起動させ、放送局を変えるべく小さな指示棒リモコンのゴムボタンを何度か押し、お目当てであった報道番組へとチャンネルを合わすことに成功した。




『もうまもなくで元号が変わろうとしており――』



『元74代天皇陛下のお気持ちの表明は――』




 間が良いか悪いのか分からないながらも、前のゲーム参加よりどれだけ年数を経ていたかが、番組報道司会者ニュースキャスターの聞き取りやすい読み上げによってかろうじて把握・理解出来た。



「あれから7年か。よくもまぁまぁ時間が経ったもんだなオイ」




 俺の名前は軽里かるさと玖留里くるり



 実に2,500日弱ぶりの寝起きではあったのだが、しっかりと記憶している。




 俺に課された、ともすれば与えられた役割――それは処刑者。




 ゲームに参加するプレイヤーでありながらも、他をこちらから一方的に殺傷できる権利と能力を許された、選ばれた存在だ。



 元々の名前はそもそも覚えていないし、思い出す必要も無いのだと思う。



 なにしろ一度は戦時中の空襲で死にかけた身であったのだから。



 いや死にかけるどころか、ひょっとするとあの時既に俺は一度死んでしまっているのかもしれない。



 ひとおもいに爆撃してくれればよかったものを、降りかかる瓦礫がれきによって片脚が挟まれて結果ブツ切れた所為せいで、逃げ遅れた俺は全身を燃え盛る炎で満遍まんべんなくあぶられ、時間をかけて焼死するのはまぬがれなかったのだとは思うし。



「その後はよく覚えてねぇんだけど……っと。あったあった、これこれ」



 布団から身を起こし、自身よりも少しだけ背の高い中身が冷気に満ちている箱れいぞうこの扉を開ける。



 そこには俺の大好きな酒類が所狭しと並んでいた。



 少し迷って、異国文字がいこくごの刻印されたラベルが貼りつけてある瓶を手に取り、コルクを開ける。



 同じく箱の中で冷やされていた硝子の容器カクテルグラスに注いで、ぐびりぐびりとのどを鳴らしながらそれを飲み干す。



「――かぁ~! やっぱりうまいなぁこの“わいん”っつー酒はよぉ! 久方ぶりだもんで余計に身に染みるぜぇ」



 口の中に苦味とアルコール成分が程よく広がり、身体が火照ほてる。



 葡萄ぶどうを発酵させてこしらえたこいつは、大分類として赤と白との2種類が存在しているそうだが、俺は断然前者あかの方が好みであった。



 やはり血を連想させるからだろうか。



 目覚めてから間もないにもかかわらず、早くも嗜虐心しぎゃくしんが刺激され、暴力的な衝動に駆られながらも、とりあえず直ぐには行動には移さない。



 急いては事を仕損じるって言うしな、誰の言葉かは知らないけれど。




 ともあれ西洋産の酒類もそうだが、目覚める度に新しい飲み物や食べ物――食材類は勿論の事、この“れいぞうこ”やら“てれび”やらの文明の利器が増えたりあるいは機能が向上したりしていく様は、毎度新鮮な驚きを感じさせてくれる。



 その変化がいちじるしく表れるのが、俺が目覚めてからの数時間が経過するまでの間である、正にこの現在いまであった。



「新しい乗り物だとかも増えたりするのかねぇ。つっても10年や20年も経っちゃあいないんだし、そこまで変わってはいないんだろうな。かといってまた飛行機内で戦闘行為に突入するのは勘弁願いたい所だがなぁ」




 一定条件が揃わなければゲームに参加する事すらままならない処刑者として前回の場7年前に登場した際には、残りの獲物プレイヤーは全体半分以下の5人しかいなかった。



 順当に事が進んでも最大で4人しか狩れないのだと当時の俺は不満を垂れながらも一人、そして二人と次々に参加者を減らしていく。



 やがて最終決戦の地が国土の南西に位置する離島で行われるとお館様ボスから通達が来た際、そこへと短時間で向う為の交通手段として、どこからどうみても空を飛べるとは思えない自動車よりも大きな鉄の塊に、前の俺は搭乗することになったのだった。



大型輸送航空機ジャンボ・ジェットには見劣りする中小型セスナだけど、気ままにゆっくりと空の旅を楽しんでね!!!』



 ボムみにかどわかされて乗ったまでは良かったが、どういう訳かプレイヤーとは異なる人間と戦闘行為に及んでいた。



 それで結局敗北したか意識が切れたかで、俺は離島へ到着する前に戦線離脱するに至った、のだと思う。



「獲物じゃないにもかかわらず能力のようなモノを駆使してたし、絶対普通の人間じゃないよな。結局アイツってば何だったんだろう?」



 その辺りがどうにも俺は思い出せない、ないしは思い出すことを脳が拒否しているのかもしれない。



 一方的とまではいかないまでも、かなりの脅威だったのは確かだ。



 それと何故か、以来俺は細長いものと昆虫全般が苦手になっていた。



 果たしてあの飛行機内での死闘と関係はあるのだろうか?



「確か苗字もかなーり特徴的だったような。なんだっけ。なんでしたっけ? なんだと思う? からん、あいらん。おいらん?」



 ……んー、駄目だやっぱり思い出せない。気がつけば記憶を辿る事に躍起になりすぎていつの間にか俺はし、もう考えるのはやめておこうと、俺は一旦思考作業を中止しさせる。



「あぁあぁあ」



「うぅうぅう」



「よいしょっと。狩り時は便利に違いねぇが、なんしか日常生活を送る上では不便利この上ねぇなやっぱし」



 手繰り寄せてまとめ上げ終わった後、冷蔵庫の横にある戸棚を横へと開く。



 そこには湯をかけて3分間待つだけで食せる簡易麺類カップラーメンの箱がぎっちりと詰まっていた。



「“らぁめん”って、味つきの蕎麦そばだったよな確か。……駄目だ、細長いものはどうしたもんか生理的に受つけねぇ。食わなくても大丈夫な身体なのは分かっているんだが、習慣なのかねぇ。しゃあねぇ、見聞がてら食料メシでも買いに行くか」



 柱に掛かった時計を見やると時刻は深夜の0時過ぎ。



 この時代には丑三つ時であろうとも灯りを点して営業している“こんびに”という店が多く存在しているのを俺は知っている。



「店舗の数ぁ前より増えてれば良いんだけども。したらば、いってきまーす」



 玄関口の扉を開き、出立の言葉を発声するも、いってらっしゃいの声は室内からは響いてこない。



 身体の内側からそれらしき返答はあるものの、俺が俺らと会話をするのを他の誰かに見られたり聞かれたりすればそれこそ面倒だと判断し、外に出てからは間違ってもしゃべらない様に、しっかりと口をつぐむことにしよう。



―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―



“ちいずたっかるび”とやらに舌鼓したづつみを打ちながら、無事に遅すぎる夕食(むしろ夜食か)を済ませた所で、俺は神経を研ぎ澄ましていた。



「ふむふむ……そんな感じか、大体分かった」



 各プレイヤーが持つ小型の電話に内蔵されている、他プレイヤーの位置情報が把握できる機能に関して、処刑者である俺は別の方法を取っていたりする。



 処刑者専用能力【魂探知コンサート】。



 前回の“ぽけべる”もそうだが、どうにも自分には使いこなせそうに無いと諦め、道具でなくとも相手を知覚できる能力が欲しい旨をボムみに伝え、結果としては意識を集中するだけで獲物が何処に居るか分かる身体にしてもらった。



 しかしながら精度はそこまで優れておらず。



 ぼやけた容姿であったり大体この辺りにいるんだろうなという、酷く曖昧な頼りない感覚である。



 それでも俺はその曖昧さが気に入っていた。



 完全に位置が特定できないからこそ、狩りの醍醐味だいごみが増して処刑に至るまでの工程がより愉快なものになるからだ。



 万一、他プレイヤーの返り討ちに遭ったとしても固有能力によって俺が絶命することはないという優越感も後押ししていたのかもしれない。



「残りは9人――内訳は男5・女4、か。平らにする意味では先に男かなぁ」



 実際の所、逃げ惑う女子供を狩る方がより強く愉悦を感じるのだが、まずは肩慣らしがてら男達のいずれかから当たってみるかな。



 7年の空白期間ブランクを取り戻す意味もあって、男性ではあっても身体が成熟し切っていない子供は避け、最終的にまずは身体的能力値が俺以下である妙齢の男性“あたりかんぬき”というプレイヤーを狙うことにした。



 続いて処刑方法についても思案をする。



 やり方どれもこれもがそれぞれに内在する特徴メリットについて、考える。




 刺殺しさつはあの刃物で軽く皮膚を切られただけで、血をしたたらせ痛みに驚愕する表情がたまらないし。



 撲殺ぼくさつは全力で振り下ろすと、丸っこい頭蓋骨ずがいこついびつに歪んだ形が一辺倒でないのがいとおしいし。



 絞殺こうさつは自分の両手の中でもがき苦しみ、顔色がどんどん血色失せていく様が物憂ものうげであって。



 圧殺あっさつは全身を押しつぶされる迄の間、全てを呪うような慟哭どうこくを聴くのがひとしお心地よくて。




「あぁ~♪あっ、あぁあ~! 悩むー、悩むー、なむなむ~。どうしよっかなぁー、迷うなぁー」



 処刑者という役割を与えられるまでは、今ほど暴力的な思考など皆無で、ましてや行為に及ぶなんて事は一度もなかった。



 釣りと将棋を友とする、どこにでもいる何一つ面白くない男が、軽里玖留里になる前の俺であった。




 でも今は違う。



 処刑か、あるいは好んで使う文句である狩りなのか。



 語源は違えども、突き詰めていけば唯一点の行為を、俺は渇望している。





 誰でもいいから早く殺したい。





 何がどうという訳もなく、不意に俺は可笑おかしくなって、ゲラゲラと笑い出していた。



 明日にでも狩りに行きたいという、確固たる意思と狂気が己の内にふくらんでいくのをひしひしと感じながら。

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