【6/8 5:47:34 北園紅蘭 残刻 --:--:--】

 爛々らんらんと輝く目をたずさえた彼こと北園紅蘭が一度死んで結局生き返って、推理小説の名探偵が如く種明かしを披露ひろうしていた所までは覚えていた。



 身体表面の亀裂からあふれる青白い光に包まれ、何かを叫ぶ高低こうてい兄妹が消失したとほぼ同時ぐらいに、回理子は意識を失ってしまう。



 そして目が覚めるとそこは、病院のベッドの上であった。




「む。やっと起きたか」



「……おはようございます」




 ステンレス加工の軽材料で作られたパイプイスに座り、知恵の輪と格闘していたらしい北園にへと、彼女は目覚めの挨拶あいさつを済ませる。




「どうやら助かったんですかね、私たち」



「ひとまずはな。些事さじだったといえ、脅威きょういは一旦去ったと言えるだろう」



「そうでしたか……。あの、この度は色々とすみませんでした」



「謝られる筋合いは無いぞ。なんせ此度こたびの不始末は元々はといえば我の傲慢ごうまんが招いたようなものだからな」



「だとしてもですよ、体調を崩したのは私の不摂生ふせっせいが原因だし。何より北園さんいっぺん死んでるじゃないですか。無茶し過ぎですよ」



「心外だな。これでも勝算は幾らかあったんだぞ? 博識はくしきなマリたんなら対戦規則ルールの穴から我が導き出した最適解ゴールへときっと辿り着いたはずだ」



「ちなみにその幾らかについてですが。成功率は目測もくそくで何%ぐらいあったんですか」



「んー、10%ぐらい?」



「低ッ! 全然駄目じゃないですか!! 阿呆あほうなんですかあなたは!!!」



ゼロでなければ賭ける価値はある。何しろ我は生粋の博打依存症ギャンブラーだからな。とはいえ自身の命をベットするのは中々に刺激的スリリングであったぞ」



「よくもまぁそんな綱渡りをしましたね……って、ちょっと待ってください」



「なんだ。朝飯の手配はまだしておらぬが」



「いや違くて。北園さん?」



「どうしたマリたん」



「その怖気おぞけが走る愛称、ひょっとして私のことを指して呼ばれているのですか」



「え? そうだが何か?」



「いやいや! これまでにあなた、そんな風に私を呼んだことないじゃないですか」



「生命の危機に瀕したことにより、互いの距離がぐっと近まっている可能性は無きにしも非ず。要は吊り橋効果という奴さ。諦めて受け入れるんだマリたん」



「距離のつめ方が急過ぎるでしょ! ただでさえ病み上がりなんだから風邪ぶり返すような真似させないでくださいよ!! 拳闘家ボクサー並みの詰め方だなオイ!!!」



「真面目な話、ほろろが我らを出し抜こうと裏切って離脱したということに気が付いた際、我は貴様と戦うことになると身構えた」



「…………」



「口調こそ挑戦的であったものの、貴様は我と交戦する気は無かったのは目に見えて分かったよ。体調が優れないのに加えて僅かな制限時間リミットで、突如として絶望のふちに立たされたにも関わらず、それでも自分一つの身でなんとか切り抜けようとする、なんというか誇り高い気概を感じたのだ」



「それは。だって、その」



「今でもあの時の貴様の姿が網膜もうまくに焼き付いて離れないのだよ。あるいは脳髄のうずいに刻まれたと言い換えても良いくらいだ。それだけ――それだけあの瞬間の貴様は気高く、そして美しかった」



「…………」



「それでだ。これからも我と組んで欲しい」



「北園さんと、私がですか?」



「そうだ」



「最終的には一人しか生き残れないのにですか?」



「そうだ」



「もしも私とあなたの二人が最後まで残ったとして、その後はどうするんですか」



「その時は」



「その時は?」



「己の豪運でこのゲームの優勝規定を覆した後、我はお前に告白するだろう」



「はいっ? 今こくはくって……えっ?」





「断言しよう。我の伴侶となれ東胴とうどう回理子まりこ。我はお前を愛している」





「…………」



「…………」



「…………」



「…………」




(ダンゲンシヨウ? ワレノハンリョトナレトウドウマリコ?? ワレハオマエヲアイシテイル???)




 北園の愛の告白プロポーズをカナ言葉で音として脳内で反芻はんすうし、ようやく彼の意図というか何を伝えんとしているかの意味を理解したからなのか。




 彼女は羞恥心と戸惑いに9割9分9厘の割合で全身を包み込まれ、只でさえ熱っぽい病み上がりの火照った顔を林檎の様に真っ赤にして卒倒してしまった。





 自らが自らを一番愛し、他者はその為の引き立て役でしかなかった、自己愛依存症。





 愛すべき対象は常に己のみ――そんな既存の存在であった彼女の同一性アイデンティティは、この瞬間をもって原型を留める事無く破壊し尽くされ、残りの1厘の気持ちが「嬉しさ」であることに、この時点ではまだ気付く由もなかったのである。



―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―


 雨はいつの間にやら止んでいた。



 曇天から射す日差しが地面を照らす中、今にも爆発するかしないかの瀬戸際であった高低ほろろは、北園らから離脱した直後、冷や汗を流しながらも自らの能力を発動させる。




「固有能力【ダミーリバース】ッ! 爆死解除ボムリリース!!!」




 彼が叫んだ途端に、広がった亀裂は急速にその面積を狭めていき、徐々に元の肌色に戻っていった。




「だいじょうぶ? ほろろちゃん」



「してやられたってとこだね、ふるるちゃん。まさかあそこからひっくり返されるとは、予想できなかった」



 他プレイヤーからの対象移管による制限時間リミット切れ、ないしは罰則による爆死ペナルティを無効化出来る力。この能力が無ければあの時点で自分は敗退していたのだろうとぞっとする気持ちがありながらも、それ以上の感情がほろろの中ではふつふつとたぎっていた。




「北園のおにいちゃんがなんであんな芝居を打ったのかは分からないけれども、なんにせよボクが鬼に変わっちゃったのは、それとなくウザいね。今回はこれぐらいにしておいてやるさ。けど、期をはかってアイツは絶対に負かす」




『てゆーかほろ君の能力ってば本当ズルいよね! ギャハハハハッ!!』




 北園が一旦とはいえども死亡したことによりボムみが自らに再装填セットされたこの状況で、時間は有り余っているが精神的回復を第一優先とした際、一刻も早く誰か別の人間に擦り付けたいとほろろは思う。




「ほろろちゃん、ちょうどちかくにほかぷれいやーがいるみたい」




「マジで? 何処にいるの? さっさと交代タッチしてふるるちゃんの能力で一緒に飛んで逃げちゃおうよ!」




「うん、そうだね。そうしよう。それがいいよ」




 出し抜かれた事からやも冷静さを失っている兄に半ば追従する形で、ふるる達はマップ機能を頼りに歩みを進めていった。





 目標とした他プレイヤーは、はたして老人だった。




 車道と歩道との境界線である縁石ふちいしを枕とし、眠っているのかあるいは泥酔しているのか不明ながらも、貧相な身なりをした老人だった。




(なんだよあんなじじいなら楽勝じゃんか。一瞬で終るしこの後どっか遊びに行こーぜふるるちゃん)




(わかった! ぼくあまいものがたべたいなぁ)




 仮にも命のやり取りをしているゲームに駒の一つとして参戦している自覚が無かったらであろうか。



 ともかく、高低兄妹はこの時完全に油断をしていたというか、対戦をナメてかかっていた節があった。




 自らが触った後に妹の能力でその場から緊急退避する。



 仮に想定外の事態イレギュラーが発生したとしても己の固有能力で爆死を無かったことにする。




 安全圏内からの遂行が約束されている完璧な戦法であるという自負があった。



 あったのだがこと今回においては、高低ほろろにはそのもう一段階上の可能性に気が付くべきであったといわざるを得ない。





 もしも。





 もしも自分の能力を上回るような。





 使、気が付くべきであった。





「はいはーい! おじいちゃんおっはー! 早速だけど僕の身代りに爆弾おぶさってもらうよー!!」




 たったったっと。



 無邪気さを振りまきながら駆けてゆき、ほろろが左手で相手に触れたその瞬間、老人の背後にどこかで見たことのあるような何かが具現化されていた。




「生憎じゃがぁ、儂は鬼であろうがなかろが、常に爆弾を抱えておるでのぅ」




 一見して少年のように見えたそれは三角頭巾を被り黒い着物を着ており、腰から下が存在しておらず全体的に不明瞭であり、それでいて宙に浮いていた。




『ゲタゲタゲタゲタ! 触ッタ! オ前つかさニ触ッタゾ!!』




(あれ? なんで自爆霊がもう一体いる? 鬼は僕の筈なのに……)





「終わりじゃよ。固有能力【オールベット】は、儂に触れた時点で発動する――」





 瞬間、高低ほろろはした。





 その一連の流れを老人の視線外から目撃したふるるは、信じられない気持ちで胸が一杯になるも、一目散にその場から退避するべく固有能力【ファントムホール】を発動し、その場から消失する。




「もう一匹は逃してしまったが、よしとするかぇ。さてさて、これで残す所は処刑者を入れてもあと8人――もっともっと減ってもらわねば困るのじゃわ」





 仇敵たる天使様に会えるのはまだかのぅと、央栄おうさかつかさは天を仰ぎながら呟いた。





【第三話 了】

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