【6/6 7:57:02 北園紅蘭 残刻 DE:AT:H?】

 野晒のざらしであった。




 幾分いくぶんか雨足は弱まってきているとはいえども、屋外にて地に伏した北園は、風雨にさらされたまま動かなくなっていた。




 胸に突き刺さった――否、北園が自らに突き立てた刃は、彼の倒れた周囲を一面赤に染め上げている。




 血が赤色の池を作っていた。



 動かない。



 動かない。



 倒れた侭、動く気配がない。




 回理子まりこはどうしてこんなことになってしまったのか、自らの不運を呪っていた。




(こんな事になってしまうのなら……いっそ私が、あのまま先に……)




 ――――あのまま先に私が爆死するべきだったんだ。




 そんな後悔に打ちひしがれて四肢を地に付けながら慟哭どうこくする彼女を尻目に、刺客である二人の双子はソプラノを二重にして、高らかに笑っている。




「きゃはきゃはっ! いきなりひかりもんだしたかとおもってみがまえちゃったけど、ふたをあけたらじめつとかちょううけるんですけど! ねぇふるるちゃん?」




「きゃはきゃはっ! おいつめられたけっかがじがいとかって、そのてんものわかりがほんのちょびっとばかりよかったのかもしれないよね! ねぇほろろちゃん?」




 死体を見下ろしながらはしゃぐその姿は、つまりは彼と彼女が子供であり、善悪の判断がつかない位には成熟しきっていないという、そら恐ろしい残酷さを物語っていた。



 満身創痍まんしんそういの自分ではもうどうしようもない……どうしようもないどころか、もはや取り返しのつかない事態に陥ってしまったのだとなげく回理子。




 が、しかし。




 かちゃっ……かちゃかちゃっ…………かちゃっ……かちゃかちゃっ……。




 音が、鳴っていた。




 時計の歯車がこすり合わさるような音が、どこからともなく鳴っていることに回理子は気がついた。




 その音は対峙する双子にも同様に聞こえていたらしく、発生源がうまく特定できないのか二人が二人ともあたりをきょろきょろと見回す。




(えっ……!?)




 回理子は、ここである事実に気がつく。




 回理子と高低兄妹のちょうど真ん中に位置する、北園の遺体に異変が起きていることに、気がついてしまう。





 出血多量による血痕けっこん――雨と混じり地に広がるマーブル色の池の面積がに、気がついてしまう。





 かちゃっ……かちゃかちゃっ…………かちゃっ……かちゃかちゃっ……かちゃっ……かちゃかちゃっ…………かちゃっ……かちゃかちゃっ……。




 かちゃっ……かちゃかちゃっ…………かちゃっ……かちゃかちゃっ……かちゃっ……かちゃかちゃっ…………かちゃっ……かちゃかちゃっ……。




 固有能力【ファントムホール】の開閉により亜空切断された、北園の右と左の掌。



 打ち捨てられるが如く転がっていたそれらが、まるでビデオテープを巻き戻すかのように一連の流れに、彼女の目線は釘付けになってしまっていた。





 視線を一直線に固定する回理子の先を追って、ようやっと高低ふるると高低ほろろも、眼下で繰り広げられている異常事態を視認出来たからだろうか。



 無邪気な兄妹といえども、ふざけ合うのを中断し息をのまざるを得なかった。




 かちゃっ……かちゃかちゃっ…………かちゃっ……かちゃかちゃっ……かちゃっ……かちゃかちゃっ…………かちゃっ……かちゃかちゃっ……。




 かちゃっ……かちゃかちゃっ…………かちゃっ……かちゃかちゃっ……かちゃっ……かちゃかちゃっ…………かちゃっ……かちゃかちゃっ……。




 かちゃっ……かちゃかちゃっ…………かちゃっ……かちゃかちゃっ……かちゃっ……かちゃかちゃっ…………かちゃっ……かちゃかちゃっ……。




 広がる赤色が無くなり、離れた掌が吸い付く様にして手首がくっ付き、むくりと立ち上がり背筋を伸ばした所で、彼の胸に刺さっていたはずのナイフがキィンと音を立てて落ちる。



 傷穴はふさがっていたというよりかはむしろ刺さっていた事実を否定するかのように綺麗きれいさっぱり無くなっていた。




 引きつった表情を雨なのか汗なのかでらしながら、北園は呟いた。





「せっ……せっ……せえぇぇぇぇぇぇぇえええふっ!!」





―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―


「――ッ! ふっ、ふるるちゃん! かっ……からだにひびがはいってる!」




 誰の目からしても、もはや死亡したとしか判断せざるをえなかった北園が立ち上がった直後、双子の片割ほろろはそんな驚嘆きょうたんの声を上げた。




 見れば高低ふるるの全身に亀裂が走り、まぶしい青色の光が漏れ出ていた。




「えっえっえっ? なんで! なんで!! なんでぼくが!?!?」




 自らの異変に驚きと戸惑いを隠せない子供の慌てふためく様を、北園は両腕を組んだ格好でぞんざいに見下している。




「ふむ。どうやら今の我には自爆霊ボムみいていないようだ。そりゃあそうだろう、なぜなら一度命を絶ったのだから。しかしここで思い出して欲しい。我は何も裏切った貴様に対して敵意を持って接した訳じゃあないということを」



「ここまで追いかけて来たのも、あくまで童の気まぐれかあるいはちょっとした悪戯いたずらに対して諌める気持ちはあったものの、寛大かんだいな心でゆるしてやろうと思っていたのだ」




 北園の言葉を真とすれば、どうやら制限時間もリセットされている様子であった。



 そんな精神的優位を取り戻したのか、完全にパニックに陥っているかつての同盟員だった内の一人に向かって、北園はなおも語りかける。




「それが。折角、せっかくだ。折衷案せっちゅうあんを出そうとした矢先、殺生せっしょうしかねるような行為に及ばれてしまったのだよ。分かるか? “両手首から先を切断される”というのが、どれ程の痛みを伴うのか……。とはいえその昔、両脚の腱をズタズタに引き千切られた際と比べれば、やもすれば度量はわずかだったのかも知れぬ」



「さてと、さりとて貴様の時間も残されていなさそうだし、話を戻そう。両手首をブッ飛ばされてこのまま放置していれば出血多量で生命活動が止まってしまうと、莫迦ばかなおにいちゃんである我もその考えに至った。手が無いから触り返すことで爆破残刻再設定タイムリセットも出来やしない。困った、困った、困ったんだ」



「そこで、仕方ないから、んだよ。てっきりそのあっま爆死すると思ったのだがな、どういう訳だか。よもやこれは一種の賭けであったな、うん。敗退を目前とした際に浮かんだ走馬灯そうまとう――対戦規則における死の定義を思い出して思いついた、ほんの悪足掻きに過ぎなかったのだよ」




 目まぐるしく状況が変化する最中、戦力外且つ傍観者の立ち位置にいた回理子は、北園が言わんとしている意味を、風邪による熱で正常に働いていないながらも考える。




(死の定義って、要はどう死ぬかってこと?)




 対戦規則について、思い出す。




 一.対象A(鬼)となったものは72時間以内に対象B(他プレイヤー)に触れなければならない/制限時間がなくなると対象Aは爆死する



 二.鬼が他プレイヤーに触れた後、接触後17分間対象C(鬼に触れられた他プレイヤー)から触れ返されなければ、対象Cは爆死する



 八.処刑者(プレイヤーとは異なる存在)に補足され、殺害されると爆死はしないが敗退となる






(全て爆死だけど……って、あ……!)




 敗退するということイコール死に繋がる、自身が参加しているこのゲームにおいて




「単純に我は死という概念は知っていたつもりでも、自身の体験として自ら経験したことは未だなかったからなぁ。いやぁ~とっても怖かった。図らずとも失禁しかけるぐらいには、恐怖でしかなかった。でもなぁアレだぞ? 自らが暴力行為を加えていないのには、果たして良しとされるのだろうな?」




(処刑者以外のプレイヤーが、他のプレイヤーに対しての命に関わる暴力行為を禁止とするならば。この現状はその代償ペナルティなの――?)




 高低兄妹が違反行為により爆死しかかっているこの状況。



 北園は死ななかった。



 否、仮に死んでいたとしても今こうして立っているこの現実が導き出す答えは。




「かつて貴様らは我の能力について尋ねた事があったことだろう。遅まきながら解答を回答として示してやろう。曰く、我の固有能力は【ムーンフォール】という。肝となる能力の概要だがな――」




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る