【6/6 7:49:52 北園紅蘭 残刻 00:09:22】
「いやね、近頃この町ってばとっても
言いながらまた新たに火を付けた煙草を
「だからねぇ、あの日も俺は何かあるんじゃないかって、予想しちゃってた次第なんですよねぇ。虫の知らせってやつ? 日付も6と6が重なってたし、オーメンを連想しちゃうじゃあないですか。え。お面って何って? ハハッ、君は見たところまだ若そうだし、ひょっとしてあの有名なホラー映画を知らないからなのかなぁ」
「そう
「で、どちらまで行きますか? って職業柄
男の芝居がかった口調が
「
突如としてビルが三棟同時に倒壊した。
「物凄い音でね。最初こそ地震かと思いましたよ。あるいはテロかってね。平和な火本国がですよ、理不尽な他外国からの暴力に
「倒壊直後、俺が運転する車の前方と右方と左方とが、倒れたビルで進行不可になってしまいましてね。てっきり夢でも見ているんじゃないのかってぐらいに、あの時の俺はぽかぁんと口を開けて固まってましたよ。でね、そういや今ってば営業中でお客さん同乗中なんだって思い出して振り返るとですね、居ないんですよ子供が。ご丁寧に一万円札を置いてね、影も形もありゃあしない。ふふっ、この手の話ってば大抵こんな具合に終わるんでしょうけど、こと俺の体験した奴にはちょっとした続きがありましてね……。聞きたいですか? ねぇ? 雨に濡れた土煙の舞う、引き返しは出来るが前には進めない
以上ですと得意げな表情のまま
「その子供を追跡していそうな奴らはいなかったの?」
てっきり褒められると思い込んでいた矢先、男の体験談を意に介さない質問を投げかけられたからであろうか。
気分を害したのか、タクシー運転手の男は
「はあ、そんな奴は周りにいませんでしたね。ていうか俺の話に対しての感想とかない訳?」
嘆息し、彼女は。
「期待外れにも程があるわね。
―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―
時間は巡りて
海を背にしてひっそりと
男性と女性に、そして子供。
見様見方によればうら若き家族の一団にも見えなくはない。
しかしながら強風が吹きすさぶ大荒れの天候の中、男女と子供が対峙している構図を改めて眺めてみると、そこには
「鬼ごっこはもう終わりか? 幼き逃走者よ」
3人のうちの一人である男――北園は、
「不思議そうだな。いや、そうに違いないだろうよ。日中とはいえ視界
「………………」
高低は、北園の挑発するような物言いに返事を返さない。
「一つだけ断言しておこう。我は何も貴様のような特殊能力を持って移動してきたのではない。種明かしをするとだな――」
降りしきる雨に濡れてくすんだ赤色の
覗いた北園の二本の脚には、長短の織り交ざったパイプのような管が、皮膚を突き破り生えていた。
一見不規則に、それでいて規則的に生い茂っていた。
「金8%・パラジウム9%・銀3%・銅1%・イリジウム11%・亜鉛18%・その他諸々の希少金属・希価鉱石合計50%で形成された、この義足でもってほんの少し本気で走って来ただけだ」
「………………」
制限時間が72時間から17分間へと一気に短縮された回理子から奪い取るようにして鬼の役割――
回理子を背負った状態で空を駆り宙を駆け、高低を追いかけたのだった。
まるで
「それで……だ。追いついたはいいが、何故貴様は能力を使わない? こんな
「………………」
「これはあくまで勘でしかないが、自分の周囲のプレイヤーの頭数で固有能力の発動の有無が決まると、我は予測している。それこそ
ちなみにこの仮説は北園ではなく
当の本人は高熱に加えて激しい上下運動の
既に北園の
高圧的で説法紛いの演説風味な考察を述べる余裕などは持ち合わせてはいないはずなのだが、それでも彼は大胆不敵に逃亡者を対話にて追い詰めようとしていた。
「さぁ。さぁさぁ。さぁどうした。ひょっとしてこれで終わりか? この至近距離で貴様が能力を行使し遠方へ飛び、我が距離を詰めて触れることか可能か不可か、あるいは試してみるか?」
そんな
高低ふるるではない、全く同じ顔をしたその子供はにたりと口元を
「くっ、くくっ。あーーーーーーはっはっはっは! ためす? ねぇおにいちゃんってばいま、もしかして“ためす”とかいっちゃったかんじ? よゆうぶって、おとなぶって、おいつめておいつめておいつめきったきになって、せっきょうたいむにきょうじているかんじなの? あはっ! あはははははっ!! ばかじゃないの? ねぇばかじゃないの? ねぇねぇおにいちゃんってばほんとうに――救い様の無い莫迦だね」
二重に、“ぶつり”と、音がした。
その直後、“ぼとり”と、手の甲が二つ、宙から落ちてきた。
北園の手首から先が、ピアノ線で切断したよりも更に鋭利な――まるで次元を切り離したかの様に傷口と共に消失していた。
高低ふるるの固有能力である【ファントムホール】には、確かに制限が存在する。
ただし、先般回理子が立てた予測である“一定区間内にいるプレイヤーの人数”に左右されるのは誤りであった。
“使用するごとにワープホールの穴の面積が縮小していく”、が正しい。
時間が経過すれば元には戻るとはいえ、今や自身の身体が通り抜ける程度の穴を広げられないふるるは、“逃走”を止め“闘争”の為に固有能力を発動したのであった。
「これでおててがなくなっちゃったし、さわれないね。さわれないってことわぁ? あれあれぇ~?? はぃいいいいいいいおにいちゃんのまけぇえええええええ!! ちょっとついているんだかしらないけど、ぼくたちきょうだいにかてるやつらなんか、ちきゅうじょうのどこをどうさがしてもいやしないんだよ!!」
気が付けば、目の前にいる幼子の背後よりもう一人の幼子が現れた。
姿かたちに背丈は当然ながら、身に着けている服装までが一緒の、それこそ
高低ふるると高低ほろろ。
二人の正体は、回理子と北園との同盟を組むよりも以前――ゲーム開始より結成された、血の繋がりを持つ双子の兄妹である。
「ふるるちゃんおつかー。ねぇねぇ、めのまえにいるおにいちゃんってばどっぱどぱちぃたれながしてるけど、はたしてあとなんふんでうごけなくなるかなー??」
「ほろろちゃんおつかー。うんうん、そうだねぇー。てとかあしとかってしんけいがしゅうちゅうしててしゅっけつすぴーどもはやいし、おうきゅうしょちがなければもってごろっぷんってとこかなー??」
双子の幼子たちは北園や回理子を無視する様なかたちで、きゃっきゃと談笑を始めた。
攻撃を受けた北園の両手首より、血が
ぼとぼと、ぼとぼと、ぼとぼとと。
コンクリートに雨と混ざった、赤い池が――マーブル色の紋様が波紋となり広がっていく。
「――面白い。これぐらいの
彼は未だ無事である右足のつま先をを二回連続で地面に打ち付ける。
すると、
刹那、高低兄妹はそれを見てぎょっとするものの、北園は足元へと目線を落とし、二人を視界に入れないまま、独白する。
「かといって……我も始めての経験であるからな……うむ、怖い……身が震える……両の手の痛みが
怖いなぁ怖いなぁなどと誰に向かうでもなく言いながら、かかとをすりあわせるようにして刃の飛び出た靴を脱ぎ、地面に垂直に立てて、北園はゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「あの……北園さん? あなたは一体、何をやっているのですか?」
怪訝そうな表情で問いかける回理子に振り向き、北園はぶるぶると身体を震わせながら
「何をやっているのですか、って? 決まっているだろう。我は。我は自らの運命を切り開く為に――この命を捨てるのだ」
そう言って、北園は
――心臓のあるべき位置より背中までをも貫通した、銀色の墓標が刺さっていた。
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