【5/19 8:25:25 東洞回理子 残刻 --:--:--】

 神はいるのかもしれない。



 回理子まりこはそう思わざるを得なかった。



 他プレイヤーである北園紅蘭きたぞのぐらんとの邂逅かいこうを果たした後より、1週間と5日が経過している。



「当初に比べ幾分いくぶん安堵あんどしているのだろう」と自己分析出来るぐらいには、彼女の精神衛生コンディションは回復していた。



 忘れもしない5月7日のあの日、北園紅蘭きたぞのぐらん高低こうていふるると名乗る子供、そして東胴とうどう回理子まりこの3名を構成員メンバーとする同盟関係チームが結成された。



 以来、彼女達にはいわゆる爆死に至るまでの制限時間タイムリミットというかせが無くなった。



 対戦規則ルールに則った――あるいはそれを逆手に取った方法は、いたって単純シンプル



 まず鬼である回理子が他プレイヤーの北園か高低に触れ、次に触れられた者が回理子とは別のもう一方に触れる。



 たったそれだけの行為のみで、3人の爆死に至るまでの制限時間タイムリミットは72時間へとリセット出来るのだ。



 互いに協力する人間が3名以上いれば成立する、合法的な延命行為。



 実行に至るより前、というか直前までの間、回理子は「これは実のところ罠であって二人がかりで自分を嵌めようとしているのではないのか」という疑念に囚われていた所為で、かなり躊躇した節があった。



 それでも、仮に墓穴を掘っていたとしても、その深みに自らが埋まらなければ良いだけだと半ば開き直りに近い居直り理論を展開し、結局彼女は彼らと同盟を結ぶに至った。



 あれから1週間と5日後が経っている。




 不穏な空気は今の所、なきにしもあらず。




―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―


「存外、すぐには何も起きぬものだな。つまらん」



 ぱしっ。



「何か起こってからでは困るのは私たちなのですがね」



 ぱしっ。



「ぱくぱくっ……むしゃむしゃ……もぐもぐ……」



【!憑依対象の三者間移行が発生しました!】

【!各プレイヤーの残刻をリセットします!】



 日曜日。



 一般的な会社員サラリーマンにとって休日に該当する朝方頃、カフェテリア“フェアリィクラウン”にて。



 彼と彼女と幼い子供の3人は、丸テーブルにお互い向かい合うような形で座りながら、最早もはや恒例となっている“交代業務ルーチーン”を、なんとはなしにこなしつつ、雑談に興じていた。



 年齢が一番若い高低ふるるに限っては、糖分で糖分を塗り固めたようなパフェを食らうことに必死になっていた為、自然と回理子と北園の二人が会話をする流れとなる。



「無闇に生き永らえる手段を講じる為に、我はこの同盟を組んだのではないぞ。どうにもその辺り、貴様は自覚症状に欠けている帰来きらいが見受けられる」



「分かっていますよ。でも実行するのであれば、100%確実に必中で仕留められなければ、意味がありません」




 くだんの協力関係が成り立っていなければ、それこそ回理子は11日前には爆死している。



 だからこそ、残り時間を気にする必要が無くなった今この状態だからこそ、しくじる事なく必中で成功しキメなければならないと、そう回理子は考える。



「貴様の【ドッペルアナザー】と、こ奴の【ファントムホール】を組み合わせたならば、余程のことが無い限りは負けぬと思うがな」



「その“余程”があっては駄目なんですってば――」




 東洞回理子。性別は女。固有能力【ドッペルアナザー】




 自分以外の人間と全く同じ容姿に変質出来るチカラ。




 厳密に言うなれば本質は若干というかである。




 同盟関係を結んでいるとはいえ、未だ完全に北園と高低を信用した訳ではないので、敢えて回理子は自らの能力の全てを彼らに語ってはいなかった。




 高低ふるる。性別不明。固有能力【ファントムホール】




 自身より半径300m圏内の何処いずれかへ瞬間移動ワープするチカラ。




 回理子と北園が会議室で名刺交換をした際にも使用したそれは、が可能。



 実際に行使したのは一度しか回理子は見ておらず、また北園から聞いた補足も含めてであった為、能力に関する認識はその程度しか持っていない。



しくもお前達は二人が二人とも、例の“処刑者”とやらからまとになったにも関わらず、逃げ果せているではないか。戦力としてはこの上なく頼もしい。そう功を急ぎ過ぎるではない、大和撫子やまとなでしこたるものドンッと構えておけば良いのだ」



「大和撫子――って、えぇえ!? この子もアイツから逃げ切ってたの!? よくもまぁ……何でそんな大切なことを今まで黙っていたんですか!」



 プレイヤー同士の対戦結果を配信するサイト【BomBTuBeボムチューブ】では、勝敗が決しない限りは再現動画リプレイが提供されない。



 だからこそ回理子は、高低が処刑者に補足された上で逃げ切ったことを、今始めて知ったのだった。



 自分やこの子以外にもおおやけになっていないだけで、アレと対峙した事例はまだまだあるのかもしれない。



 合わせて【BomBTuBe】には再現動画リプレイだけではなく、敗北リタイヤしたプレイヤーの名前も公表されていた。




 現時点での敗退者は、厚山あつやまふとし絵重えしげ太陽たいようあたりかんぬきの3名。




 二人目である絵重は“能力を行使しての戦線離脱”であったし、三人目のあたりに関しては“処刑者による殺害”の為、ボムみを伴う爆死をしているのは一人目の厚山だけになるのだが、程度の差こそあれ三人とも既にこの世には存在していなかった。



 残す所、生存者はあと9名。



 過半数までには達さずとも、総プレイヤー内の1/3を回理子達の同盟が占めている。



 2人であれば、油断しようものなら相手から寝首を掻かれるかもしれない。



 4名以上であれば、多人数が故にふとした弾みで内部分裂を起こすかもしれない。



 あくまで可能性の話である。一概には断定出来ない。



 出来ないにせよ、回理子は3名で組む事が最もバランスの良い、最善の人数だと感じていた。



「それに! いい加減教えてくださいよ、北園さんの能力が何なのかを。私とふるるちゃんだけ情報がバレているのって、凄く不公平じゃないですか」



「フハハハハ! それこそ言う必要がないな。いや、必要がないというか――言うだけ無駄というか。何にせよ、我は能力などを使わぬともを持っておる。ここ数日間我と行動を共にした貴様になら、その意味が充分に理解できるだろう?」



「まぁそれは……そうですけど……」




 北園紅蘭。性別は男。固有能力名は不明で効果も不明。




 だがこの男は――埒外らちがいに運が良過ぎる。




 独立行政法人GalopBrasterSギャロップブラスターズ



 いわく、有志のみで成り立つ軍事用機器開発機関の専任顧問という肩書きを持つ北園は、回理子が所属する超一流企業の更に上――誰もが一度は耳にしたことが国際的グローバルなある企業連合の重役としても籍を置いていた。



 昨今コンサルティング業務が流行している中で、それらひと山のひと欠片かとも考えてはいたのだが、北園の場合は度外視という表現では表し切れないぐらいに一線を画していた。



 彼が気まぐれに助言アドバイスをするだけで、各分野・各業界での力関係パワーバランスがもれなく崩壊――それまでに確立されていた情勢そして形勢が一気に逆転するのだった。



 その都度、一般的な火本国の会社員サラリーマンの生涯収入に近しい報酬プライズが彼の手元に入ってくるらしい。



 羨望せんぼうしないといえば噓になるも、毎日決められた時間を定時業務にて磨り潰している回理子にとって、それは決して真似出来ない生き方であった。



 話を聞くだけでは根拠こんきょに乏しい部分があったので、北園が実際に所属する企業の評点や、彼自身の個人情報もとある方面より入手したが、全て裏づけが取れた事実であった(そして名前はやはり“こーらん”ではなく“ぐらん”であった)



 それだけであれば突出した助言屋アドバイザーで終わり現実味が沸かなかったのだが、あろうことかこの男は、宝籤たからくじの1等を三日連続ピンポイントで当て続けているという実績もある。



 回理子の目の前でくじを買い、200円を10,000倍の配当に変換する行為を、3日連続で。



 6,096,454分の1の確率を、立て続けに三度引く行為を、さも当然のような具合に、彼はやってのけた。



 初め、回理子はそれこそ“確率や事象を意のままにする能力”だと問うたが、北園が言うにはこのゲームが開始する前から有してる特性とのことだった。



「変異に、瞬間移動に、超幸運。向かう所敵なしだろうな。齷齪あくせくしないこの平穏を、今しばらくは享受きょうじゅしようではないか」



 線の細い体幹に似合わない、豪快な笑い方でウインナーコーヒーをすする北園。



 そんな彼の横でいつの間にか2杯目のパフェにがっつく高低を見やり、回理子はそれでもに落ちない気持ちのしずみを隠せなかった。



安穏あんのんとし過ぎている・・・・・・前は前で切羽せっぱ詰ってたけど、この状況が長引き過ぎるのは不味い。たぶんというよりはかなり、宜しくない)



 安全圏にいるが故の錯覚。



 ひょっとするとこの先、何もせずとも最期まで生存できるのではないのかという勘違い。



 爆死に怯える危険区域デンジャーゾーンから抜け出したその先は、安全ながらも変化の無い日常であり、望んだものが手に入ったにもかかわらず、膠着こうちゃくした状況にやきもきしている。



(このままではきっと私が駄目になる)



 まさしく自縄自縛であった。




 そんな回理子の陰鬱とした気持ちとは裏腹に、状況は転ずることなく更に半月以上の時間が経過する――。

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