第3話:才女は寵児に翻弄される

【5/7 7:37:41 東洞回理子 残刻 33:48:11】

 十全じゅうぜんどころか余す所無く不全であるこの状況は、何かのばつであるとしか思えない。



 始業開始時間迄あと1時間はあるであろう、誰もいない職場の事務室オフィスにて、東洞とうどう回理子まりこは頭を抱えていた。



(何故……私がこんな目にあわなきゃならないんだ……)



 かつて学徒であった際、彼女はその持ち前の知性によって、他を寄せ付けぬ程に突出した、華々はなばなしい成績を納めてきた。



 最終学歴であるW大学を主席トップにて卒業後、世間一般では超一流と持てはやされる国内有数の一流商社の内定を得、経理部に配属。



 自慢の様で聞こえは悪いが、しかし回理子自身、自分はそこそこの容姿の持ち主だと思っているし、なんなら入社2年にして管理権限のある役職持ちへ昇進するぐらいには、仕事に関する器量も悪くはないと感じていた。



 他人に興味を持てず、あまり余って自分が好き過ぎる特性を除けば、優秀な部類に入るのだと信じて止まなかったのに。



 それが何故。それがどうして。



 このような訳の分からない事態に急転直下で陥っているのか。



 理解に苦しむ、思考を放棄したいぐらいに訳が分からなかった。




『あれあれあれれ~? マリちゃんってば今日もご機嫌斜めかなぁ~』



 かたわらでは少女の形をした幽霊染みたナニカがあおり文句に近い心配を添えてくる。



 ボムみと名乗ると回理子とが行動を共にするのは、本日で2日目。




(このままだと自分は爆死してしまうだろう)



(過去のリプレイを見る限りあの女はヤバ過ぎる)



 過去の勝敗結果リザルトが確認出来る【BomBTuBe】の動画内容を思い出し、回理子は苦々し気に思う。



 西乃にしの沙羅さら



 長身長髪の、まるで狼のようなあの女のことを。



 顔こそ詳細に見えなかったものの、彼女は女性にあるまじき機動力と度量でもって二戦が二戦とも連続で(しかもまるっきり無傷で)勝利を収めている。



 初戦においては突出した運動能力をって完勝。



 次戦では経緯や当事者同士のやり取りこそ不明瞭なれど、他プレイヤー(南波みなみ樹矢たつや)を手助けし、制限時間猶予タイムリミットが24時間を切っている逼迫ひっぱくした状況にありながらも相手を退場リタイアさせている。



 連戦連勝。とどまることを知らない、破竹はちくの勢いであった。




(仮に自分の能力を使えば、やりあえない事も無いだろうとしても……)



 回理子は改めて考える。



 自身と沙羅とが真っ向よりぶつかった際の勝率を、客観的かつ冷静に。




 出た結論としては、やはり良くて五分五分イーブンが妥当である。



 勝利の女神が微笑んでいると錯覚するぐらいに、今の沙羅には勝負ごとにおける流れに乗っている雰囲気がみてとれたし、何よりここにきて自らがそんな彼女を追いかける立場となるには、そもそも対峙するだけでも分が悪過ぎる。



(誰かと組まなければ……このままでは私は、負けてしまう)



 過半数以上自分と同じ立場のプレイヤーがいるとはいえ、昨日より明らかに互いが互いに距離を置くようになっていた。



 かような鎧袖一触がいしゅういっしょくの状況にて、何の策も持ち合わせていない鬼である回理子が接近を試みようものならば、射程圏内に侵入されたことを知覚したプレイヤーは一目散に離れていく――そんな可能性の方が極めて高い、ような気がする。



(接近した時、私が相手にとって不都合だと少しでも感じられたならば、恐らくは二度と繋がれないだろう)



 というよりも、逃げる側からすると鬼に近付く利点メリットが壊滅的なまでに皆無なのだ。



 鬼の自滅ならぬ自爆を待つのが、このゲームの必勝法とすら思えてくる。



 尽きることの無い溜息をつきながら、回理子は気分転換がてらに、つい先日また新たに追加されていた対戦事項の一覧を確認する。




一.鬼となったものは制限72時間以内に他プレイヤーに触れなければならない。

※他プレイヤーと接触した際、制限時間のカウントは一旦停止する。

※制限時間以内を越えても上記を満たせなければ鬼は爆死する。



二.鬼が他プレイヤーに触れた後、接触後17分間対象A(鬼だったプレイヤー)が対象B(鬼に触れられたプレイヤー)から触れ返されなければ、対象Bは爆死する。



三.鬼が他プレイヤーに触れた後、接触後17分以内に対象B(鬼に触れられたプレイヤー)から触れ返されてしまうと、対象A(鬼だったプレイヤー)の制限時間は残存の1/2となり、カウントが再始動する。



四.鬼はアプリ上で他プレイヤーの現在地を常時確認する事が出来る。

※他プレイヤーは鬼が自分を中心とした半径300M以内に侵入した際、通知のみを受け取る事が出来る。



五.対象C(鬼と接触の無いプレイヤー)が対象B(鬼に触れられたプレイヤー)に接触した際、対象A(鬼だったプレイヤー)を含めた三者の状態は下記の通り変化が為される。

C→B / B→A / A→B

※制限時間はいずれも72時間にリセットされる。



六.



七.鬼が誤ってプレイヤー以外の人間に触れた際、10分間のペナルティが発生する。

※ペナルティ中には他プレイヤーに触れても鬼の役割は移行せず、合わせてカウントも停止しない。



八.処刑者(鬼及び対象A・B・Cとは異なる存在)に殺害されるた場合、爆死はしないが敗退となる。




(六項は未だ空白ブランク――か。それにこの処刑者。只でさえ余裕がない中、こんな理外の存在まで出てきている)



 八項にある処刑者について、その姿自体を認識出来なかったとはいえ、既に回理子はそれに補足されかけたという事実がある。



 3日前、まだボムみが彼女へと憑依していない時点において。



 他プレイヤーを認識できない条件にあるにもかかわらず、黒く点滅を繰り返すアイコンが、何の前触れもなく回理子へと急接近をしてきた。



 事情は飲み込めないながらに慌てて能力を発動させ事なきを得るも、街中の人混みも相まって、彼女自身処刑者の姿を視認出来ていない。



 処刑者はその場に暫く滞在した後、何処かへと離れていったが、結局どんな容姿をしていたのか分からぬまま終わった。



 そしてその翌日【BomBTuBe】に新たな動画がアップロードされ、処刑者による初の犠牲者が出た後、気がつけば自爆霊が回理子に憑依する――自らが鬼となるこの現状に至ったのであった。




(せめてあと4回、いや2回でもよかった。何故ここに来て私が選ばれる。何故19%を引いてしまう)



 回理子の固有能力は、それだった。



 己が最終局面まで残っている将来を見越してか見越さずか与えられた、とはいえ。



 何の因果か序盤も序盤。



 鬼となり積極的に動けない今が、ここに来て大きな足枷となっている。




(いや落ち着け私。なんとかして他プレイヤーと接点を持つ方法を考えろ)



 ゼロサムゲームの定石じょうせき、必勝法とはいかずとも戦局を有利に進める戦法のひとつとして、ことが挙げられる。



 回理子が鬼となった後、日々時毎にマップ上をみている分には、幸い他プレイヤーが同士で行動を共にしている動きは感じられない。



 対する処刑者を示す黒色のアイコンはというと、一箇所に留まらず残存するプレイヤーらを囲み込む様、円を描くように一帯エリアを徘徊している。



 鬼とは別の知覚方法があるのだろうかと訝しむも、その詳細は分からない。




(あの好戦的なデカブツ女以外と、なんとしてでもコンタクトを――友好的な接点を持たなければならない)



 大型連休が明け、久方ぶりの労働に対し気だるそうな雰囲気を有した社員達がまばらに出勤し始めたことに気がつき、回理子は一旦ゲームのことは考えないようして、自らを仕事モードに切り替えた。



 そしてその半ば開き直りにも似た思考の変換スイッチングが功を奏したのかどうかは分からないが、数時間後に事態は進展する。



 具体的な策はまだ模索中であった、袋小路に追い詰められたこの停滞を打開し得る、彼女にとっての転機が突如として訪れることとなる。



 他プレイヤーとの接触――それは図らずも、意識せず、向こう側より唐突に。




 少し先の未来に起こる、不測が付属し予測不能な場面の連続に、東胴回理子は。




 結果、既存の存在が形を残さないほどに己自身を破壊され尽くすことになるとは、未だ誰も知らない。

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