【4/27 23:04:44 絵重太陽 残刻 XX:XX:XX】

 てらわずにありふれた、言うまでもなく当然なことでしかないので、もはや文字に直すのもはばかられてしまうのだが。



 通常、将棋しょうぎであったりチェスであったり、ゲームにきょうじる場合においては、自己と他者とが存在せねばならない。



 対戦ルールにのっとって、あらかじめ定められた規則の中で、如何いかに相手をあざむき出し抜き先を読み裏を返し、最終的には自らが勝利をおさめるかどうか。



 当事者らはそのゴールに向かってプレイするのが普通である。




 例えば、だ。




 例えば対局中に突然地割れが起きてしまい、盤面ばんめんごと地の底へと落下してしまったならば?



 例えば対局中に突如隕石いんせきが飛来してしまい、盤面ごと地表から跡形も無く消え失せたならば?




 その場合、勝敗が決することは決してない。




 なぜならば勝負を続行する自体が不可となるから。



 自身が劣勢だろうが、相手が優勢だろうが、勝敗を分ける結末に到達しないだろうから。




 絵重えしげ太陽たいよう



 年齢は29歳。職業は中学校教諭。担当する教科は社会科。



 彼が有する固有能力【エスケーパリバブル】は、いわゆるプレイヤーとしての権限を他人に譲渡じょうとする能力であった。



 言い換えるならばそれは、ということ。




 ひとたび能力を発動してしまえば、彼自身がもはやプレイヤーではなくなってしまうが故に、爆死に至る制限時間の縛りは撤廃される。



 どんなに劣勢だろうとも、絵重がゲームに負けることはなくなったといえる。




 ただし、とはいえ。




 必ずしもそれが――勝利と同義であるとは限らない。




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 直感なのか、あるいは偶然はたまたたまたまであるのかは分からない。樹矢たつやにとっても絵重にとっても、あずかり知らぬところではあったのだが、ともかく。



 沙羅さらはその日その時その瞬間、絵重が能力を発動したぴったりのタイミングにて、つま先に力を込めて後方に飛び退き、彼から距離をおいた。



 それと同時に、たがが外れたように哄笑している絵重が身体を預けていた音楽室の壁に、が浮かび上がる。



 一見してそれは鳥居とりいの様に見えた。



 が、あくまで室内の照明が点っていない状態も合い重なって、外見こそ似通っているものの、本質的には全く概念の異なるものだと沙羅はすぐに分かってしまった。



 薄暗い音楽室内において辛うじて全体的に赤色だと識別できるは、何百何千何万もの圧縮された屍肉の塊のようでもある。



 そしてそのそれぞれが、まるで生き物であるかのように各々おのおの僅かながらにうごめいていた。



『アレの名は羈絆門キハンモンっていうんだ。一種の出入り口ゲートだね』



 いつのまにか沙羅の横にはボムみが出現しており、宙にふわふわと浮かびながら沙羅へと話しかけてきていた。



 何らかの規約違反をしてしまったのかと、沙羅は咄嗟とっさにアプリを確認するも、爆破までのカウント自体は開始されていない。



 加えて、徐々に実体化していく羈絆門キハンモンに眼を奪われてはいたが、どうやら樹矢にも自爆霊は知覚出来ているようであった。



出入り口ゲートって、なによ」



 眼前にて展開されるおぞましい様相にまゆをひそめながら、沙羅はボムみへと尋ねる。



『忘れたの? おねえちゃん達十一人は、行く先最悪の未来罪人。羈絆門キハンモンはね、裁かれるべき者達を然るべき場所に転送する為の入り口なんだよ。つっても、ゲームにおける敗北条件を満たしてしまったプレイヤーは軒並み、ワタシが憑依して爆破した後に向こう側あっちへと送ってはいるけどね』



 いよいよ形を成し終えたそれ――羈絆門キハンモンは、支柱より生え出した無数の腕の様なモノでもって、中央部にぽっかりと空いた虚空へと絵重を引き込んだ。



 現在進行形で己に起こっている異常事態に全く気付く素振りをみせず、始終されるがままに、絵重太陽はその場より消滅した。



『しっかし、アレだね。ふとしおにいちゃんの時もそうだけど、今回は色々と動きが早過ぎるし大き過ぎる。こりゃあ案外あと一人か二人プレイヤーが減った時点で第二段階セカンドステージに移行しかねないよ』



「先生は。絵重先生は死んでしまったの?」



 一旦は自体が決着したのだと判断した樹矢は沙羅に近づきながらボムみにく。



 両者共に警告音アラートは鳴ってはいないので、沙羅が太を撃破した時同様、今はインターバルのような時間なのだろう。



『死んでしまった? んー、どうだろうね。ある意味だと思えるぐらいの状態になったっていうのかな? それか、死んでもいないし生きてもいないって表現が近いのかもしれない。つってもワタシは死んでるけどな! ぎゃはははは!!!』



 敵プレイヤーという立場で、教え子である自分を爆死させようとした明白ば事実があるにもかかわらず、樹矢は消沈していた。



 彼はボムみの十八番おはこである爆霊冗句を耳にしても笑わないくらいには、落込んでいた。



 そんな一回り近く年下の少年を見、案じるものがあったのかは不明ながら、それともそんな気遣いは皆無に等しくただ単に思い付きにるものなのかは、わからないにせよ。



 腰まで伸びる黒髪と対照的な白い歯を覗かせて、沙羅は微笑む。




「なーんか腹減ったな。少年、いっしょにメシでも食いにいこーぜ」




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 沙羅と絵重とが切った張ったの攻防を繰り広げた退布高校付属中学校より10km程離れた、とある場所にて。



 はゆっくりと瞼を開き、目を覚ました。



「あらあら。おいおい。もう出番? 今回早くね? プレイヤーの残り、あと4~5人くらいにはなったのか」



『序盤も序盤、まだ9人も残ってるよ。2人減ってキミが参加するから、正確には計10人。寝起きの気分はいかがかな?』



「まぁまぁ。ほどほど。よくもないし? 悪くもない? つか久しぶりだねぇ爆霊のお嬢ちゃん。仕事ならやるけどね。趣味も兼ねてるし。やれる分やれるだけやりまくるけど?」



『ゲームの進行具合を調整する処刑者のキミとはいえ、油断はしないことだね。ばっちばちの戦闘能力が高いプレイヤーは少ないにしろ、才能の塊みたいな奴らがそれこそ4人以上は参加しているからさ』



「けらけら。げらげら。舐めんな? ナメるな? 勝負にすらならない、指を咥えて眺めてな」




 お前に指などないだろうがなと言い放ち、軽里かるさと玖留里くるりは立ち上がる。




 自分以外の残存プレイヤーを、爆死ではなく抹殺しうるべく。





【第二話 了】

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