【4/27 22:50:00 絵重太陽 残刻 --:--:--】

 かく、それは突然の出来事だった。



 晩飯を少女らと共に済ませ、退布たいふ高校付属中学校へ戻った後、わいわいと楽しんでいた。そこまでは良かった。



 取り巻きの内一人である剣道少女より「肝試しをしよう」という提案があり、絵重えしげを含む四人で夜の校舎を散策さんさくしていた際、音楽室のピアノを弾きにいくという流れとなって、扉を開けて室内に這入はいった際である。



 バタン、ガチャリ、と。



 扉が閉められ、施錠せじょうが為される音がする。



 続けて室外の扉の前からたたたたっと走り出す音が合図となって。



 己の勝ちを信じて止まない絵重えしげ太陽たいようたおすべく、さら姦計さくせんが始動したのだった。



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【!鬼がアナタ様の300M圏内に侵入しました!】

【!至急退避或いは迎撃準備に移行してください!】



 バイブレーションを伴い、アプリが警告の通知を鳴らす。



 絵重えしげは半ば混同しながらもマップへと画面を切り替えた。



 見れば、画面全体が赤色の点滅を繰り返していた。



 自分は現在他プレイヤー(対象B)であるが故に、鬼がどこから来るかは分からない。



 しかしながら、この場所に留まり続けるのは非常に危険デンジャラスであることだけは分かっていた。



 即座に扉に向かって体当たりを繰り出し、絵重は音楽室からの脱出を試みる。



 ……が、成人男性とはいえそこまで体躯たいくに恵まれていない彼には、外側より閉じ込められた密室から脱出することは叶わなかった。



 平気の平左へいざでドアを突き破る――フィクションである刑事ドラマではお約束である一行動アクションは、現実においては如何せん上手くいかない。



 そして一分も経たないうちに、後方の窓よりがガシャンと窓を突き破って室内に飛び込んできた。



 砲丸かと見紛うソレは、ごろごろと床を転がった後、むくりと立ち上がり人の形を為した後、言葉を発する。



「あ痛たた、っと。やぁやぁおばんです。2日ぶりかな? 授業参観の時はすまなかったねぇ」



 腰まで伸びた漆黒しっこくの長い髪。



 2メートル近いくもくばかりの長身。



 口調こそ気だるそうなものの、表情は終始にやにや笑いを浮かべている、目の前の女。



 西乃にしの沙羅さらである。



 彼女の髪にまとわり付いたガラスの破片が、月の光を受けてキラキラとまたたいていた。



「少年がお世話になったしさ、お礼参りに来てやったのだ」



「・・・・・・俺を閉じ込めたのはお前の差し金か?」



 分かりきっていることをあえてたずねながら、絵重は注意深く沙羅を観察する。



 教室の端から端まで、彼女との距離は10メートル未満。身体能力に差があり過ぎる為、控えめに言っても逃げる事は絶望的であった。



 かといって見上げるように背の高いこの女に、暴力に訴えてのでこの状況がどうにか出来るとも思えない。



(考えろ。喋りながらでも良い、時間を稼げ)



「そだよー。距離圏外際際きわきわで先生のこと観察してたけどさ、学校から離れようとしなかったじゃん? その判断は正しいと思うよ。ただでさえ今は不審者とか浮浪者とか異常者とか、生徒に危害を加えかねない人たちがいっぱいいるんだもの。警備もしっかりしているし、近隣には警察も控えている。うん。いいと思うよ。間違ってない」



 だがあたしをめ過ぎたな、と右手を前に突き出し沙羅は自らの胸をドンッと叩いた。



「動画観てただろ? たぶんその辺にいるサラリーマンの2~3倍は早く動けるし、自衛隊の駐屯地ちゅうとんちぐらいなら見つからないまま潜り抜ける自信はあるよ」



「その通り。甘く見ていた。謝罪はせずとも、反省の余地はあるな」



 スマートフォンで110番をして電話口の警察官が応答し用件を伝えたとして、最短でも数十秒以上はかかると絵重は目算する。



 この場面で数十秒など、永遠とわに等しい。



 電話が繋がる以前、あっという間に補足されてしまうだろう。



 この方法は却下だ、と彼は別の解決策を模索する。



「しかしせない。盾としていた少女たちとはそれなりに関係性が築けていたと思ったのだが……。こうもあっさり裏切られるとは驚きだよ」



「凄い自信だねー。羨ましーい。確かにさー先生ってさー、見た目美男子イケメンの部類に入るしー? 優しそうだしー? 年頃の女の子ならコロッといっちゃうかもしれないけどさぁ~」



「なら金か? いくら積んだ」



「違うよー。今回もただの弟頼みだよー」



「どういう意味だ」



「かる君ってばさーすっごい人気なアイドルグループのセンターの片割れやってるからさー、生写真見せて合コンセッティングしてやるって誘えばなんかよりもよっぽど魅力的だよねぇ」



 明らかに挑発されていた。近くに刃物があれば迷い無く刺しに行っていただろう。それでも、感情をなるべく表には出さないようにしながら、絵重は冷静さを装う様につとめた。



「かるくん……かるら……。そうか、ひょっとしてお前の弟はZZダブルゼータKAlulAカルラか? 参ったな、そんなものを引き合いに出されちゃあ、流石の俺でも太刀打ち出来ない」



「ははは、そうだろうもっと褒めろ。あたしの最愛の弟だ。今度また飯奢ってやんなきゃだなぁ」



 満足そうにからからと笑う沙羅の右側、壁に掛けられた時計を絵重は見る。



 時刻は23時。巡回経路までは分からないものの、警備員は間違いなく校舎にはいる。ならば大声を出して助けを求めるか?



(いや……駄目だ)



 今をて閉じ込められているここは音楽室である。割れた窓からならば、ある程度の音は伝わるかもしれない。しかし壁に防音材を含まれているこの室内で、廊下外へのSOSは正確に届くとは思えない。



「にしてもさー先生ってば絶体絶命なのに割と余裕なんよね。なんか現状を打開する秘策とっておきでもあったりするん?」



「無いから困っているんだよ。どうだろう、ここは一つ許してはくれないかな。なんなら俺と南波みなみの二人で協力して、三人で自爆霊を回せば良い。これなら誰も死なないだろう。ベストな案だと思うのだが」



 玉砕覚悟で、窓から飛び降りおりる方法はどうだろう。3階とはいえ、頭から落ちなければ骨折で済むかもしれない。拮抗きっこう状態にあるものの、目の前の女が絵重に対して暴力を振るわないという保障はないのだから。



 落下し、逃げながら助けを求める。これならば対抗しうるかもしれないと彼が考えを巡らせていた瞬間。



ほんの瞬きをした瞬間――視界から沙羅が消えていた。



 ガタンっ!



 ピアノに近い机が音と立てて倒れる。マズイこちらに向かってくると思うな否や、絵重は走り出そうとした。したのだが、脚が動かない。動けない。



「ッ……!?」



 見ると、抱きつくような形で、彼は沙羅に拘束されていた。



「つ~かま~えた♪」



 対面の沙羅と後方の壁とに挟まれ、故にその場から動くことが出来ない。



 沙羅は、あたかも足元に存在する穴に落下するかのように身を屈め、長い脚で机を蹴り、絵重の意識が向かって右側の時計にいくと同時に、反対側である左側方向に等間隔に並ぶ机の間をうようにして屈んで進んだ上での、通せんぼに成功した結果であった。



「ぐっ、このっ・・・・・・離せ!!!」



 こうなればなりふり構ってはいられない。その場から移動できないとはいえ、肘から下は腕は動く。成功率は低いものの、どうにかして力ずくでこの女を引き離すしかない。



 身をよじり逃れようともがく。もがくがしかし微動だに出来ない。その様がおかしいのか、くつくつと笑いながら目を細め、沙羅は絵重の耳元で囁いた。



「ゃ~ん、駄目だよ~。向こう17分間は何があってもくっ付いてるよう」



 まるで恋人みたいだねと呟きべろりと太陽の頬を舌で舐める。絵重は思わず生理的な反応で、ぞわりと鳥肌が立ってしまった。



 続けてアラートが鳴った。絵重の残刻カウント開始スタートした証である。



「触れるっていうからさ、手で直接相手の肌に触らなきゃイケナイんだと思ってたんだけど。接触するってのが正しいみたいね」



「舐めてたつもりが舐められるとは、やるじゃないか」



「?」



 逃げ出すことを諦めたのだろうか。僅か数十秒の攻防であったが、すぐに絵重は大人しくなった。既に抵抗の素振りは見せていない。



「仮にだ。仮に俺がお前から抜け出しどうにか抜け出せたと仮定しよう。それでもきっと無理だろうな。いるんだろ? 協力者が――出てこいよ南波みなみィイ!!」



 普段出さない激情を伴う怒鳴り声に反応し、果たして掃除用具の納められたロッカーが揺れる。



 程なくして内側からドアが開き、樹矢たつやが姿を現した。



「お前の言うとおり俺はただの教師だ。スポーツマンでもなければスーパーマンでもない。ゴリラみたいなドラミングをドヤ顔でするお前からも逃げられないだろうし、逃れたとしても未だ南波が控えている」



「なんだよ降参? 案外早いんだね。早すぎるのは女の子に嫌われるよ?」



 沙羅の好戦的な問いかけを無視し、尚も絵重は続ける。



「ただなぁ、信じられないんだよ。動画を見た際にも感じたことだがお前の動きは 。なんでだろうな? もしかしてそういう能力とか?」



「んぁー。何がいいたいの」



「繰り返すが、あくまでこれは全て仮定の話だ。女、お前の能力はひょっとして身体能力を爆発的に上げる、とかじゃないのか?」



 ビルとビルの間を飛び越え、300M圏内を短時間で駆け抜け、梯子も何も使わずにその身一つで3階まで壁伝いによじ登り、窓を突き破り転がり込んでくる行動。



 それら全てを息一つ切らさずに実際にやりきる事が人間に果たして可能であろうか。絵重はそれが固有能力であるものだと考察していた。



「さすが先生。仰るとおり、あたしの固有能力【ワンダーラビット】はそんな感じのチカラさ。よく分かったね、やるじゃん」



「現在進行形で俺はかなり追い詰められているが、まだ奥の手を隠している気がしてならないよ。南波を控えセコンドに置いているのは、例えば――他対象にも能力を貸し与えられる、とか?」



「・・・・・・・・・」



「沈黙は金ということわざがあるが、この場合は肯定と受け取っておこう。あぁ、勘違いするなよ。俺にも能力はあるが、お前ら自体をどうこう出来はしないからな」



「じゃあ先生の負けで終わるだけじゃん。負け惜しみか何かかな?」



「違う、違うそうじゃない。はははっ。いやさ、これは素直に感心をしているんだ。開始早々ここまで追い詰められるとは思わなかったから、自分でも驚いているだけってことで。案外早く終わるんだなぁと感慨深いまである」



 その場にいる沙羅は勿論のこと樹矢ですら、目の前の教師が何故こうも余裕な雰囲気をかもし出しているか分からない。意図がつかめない。



「意外と短かったが、ここ5日間ばかりはそれなりに楽しめたよ。映画鑑賞では味わえない、スリルや興奮を身を以って体感できたんだからな。だからまぁ、あれだ」



 ぎろりと音がするぐらいに目を見開き、太陽は沙羅に向けて言い放つ。




ぞ。あとはお前らで好き勝手、殺死ヤリ合ってろ」




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 絵重太陽。29歳。職業。中学校教諭。担当教科は社会科。



 そんな彼が有する、固有能力【エスケーパリバブル】は。




 プレイヤー権限を他人に譲渡する、能力であった。

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