【4/27 17:50:00 絵重太陽 残刻 --:--:--】

 仕留め損ねた。



 これが何度目になるか分からないぐらい頻繁に、絵重えしげ太陽たいようは前髪をぐしゃぐしゃとでながら、己の詰めの甘さに舌打ちをする。



 自爆霊ボムみに憑かれた後、丸一日様子をみて出来る限りのことはしたし、やれるだけのことはやったつもりであったのに。



 まさかあの場面で初戦の勝利者が乱入して来るとまでは想定していなかったし、土台出来る訳が無かった。



 入念に準備をしていたにもかかわらず、不確定要素イレギュラーによる想定外の事態によって計画は破綻した。



 もとい、制限時間を消化する前に鬼の役目を免れたので、爆死することは回避できた。最低限の目標は達成している。しているが。したのだが。



 ――だからといって精神的損傷メンタルダメージゼロかといえば、それを即座に肯定できる程に彼は芯の強い人間ではなかった。



 後悔先に立たず……抑えようにも封じ込めようにも、浴槽よくそうにこびりついたあかの様な苛立ちが、絵重の心の中では未だに払拭されずにいた。



「せんせーい。どうしたの? 何か嫌なことでもあったの?」



「なんかあったらウチらに言ってよね! 太陽ちゃんをいじめたりする奴らがいたらまとめてぶっ飛ばしちゃうよ」



「そだよそだよ。先生には私たちがついているんだし安心しなよ」



 六限目の終了を終えるチャイムが鳴った後より、それなりに時間が経っているにもかかわらず、放課後の教室には太陽を取り囲む数人の少女が居残っていた。



「ん? あぁ違うんだ。ちょっと今日の授業参観でフランクにし過ぎて君等のお父さんやお母さんが不快な気持ちにならなかったかなぁって、今更ながらに心配になっちゃってさ」



 勿論デマカセである。



 絵重にとって授業参観など心配する要素は1mmたりとも存在せず、意に介さないというかむしろわずらわしいくらいのイベントでしかなかった。



 標的にしていた他プレイヤーである南波みなみ樹矢たつやを退場させる追い風でしかなかったそれが、結果として功を奏さなかったのは置いておいても。



「だーいじょうぶだよ。ママには太陽ちゃんが凄く良い先生だっていつも言ってるし」



「それにあと1年しか一緒にいれないじゃん? それまでもっと思い出たくさん作らなきゃ」



「もうすぐゴールデンウィークだしね! 今年は皆でどこ行こっか~?」



 未だ決まってもいない大型連休G・Wにおける予定について、各々がやいのやいのと意見を交わす様を見て、片肘をつきあごを手の甲にのせ、太陽は爽やかな笑顔を浮かべながら、思う。



(お前たちが傍に居、俺を慕い称えてくれる。それだけでいい)



 未成年愛好者――一般的にはロリータ・コンプレックスであったりペドフィリアと混在されがちであるが、絵重の場合は少しばかり勝手が違っていた。




 大の少女好きである。それも重度の。




 むしろ依存症と言い換えた方が正しいのかもしれない。自分の特性(あるいは性癖)に気がついてしまった17歳の夏、彼は死に物狂いで勉強し、見事教員免許を取得し今に至っていた。



 職場と餌場を同化し、合法的に少女と触れ合う権利を有す――いわゆる教師という職業は、彼にとって天職であった。



 彼女らより望まれれば、性的な関係を持つには持ったこともある。



 ……が、絵重が一番快感を覚えるのは行為自体ではなく、今この時この瞬間のような、何気ない日常の一情景ワンシーンであった。



 共依存とまではいかないものの、普通に生活するだけでは得れない彼女らとの関係性に、精を放出するのとは別のベクトルでの気持ちよさを感じているこの時が、彼にとっての至福であり幸福であった。



 その為だけに生きている。ならばまだ死ぬ訳にはいかない。



 ゆえに何人たりとも邪魔はさせない。



 ならば障害となりえる一山いくらの有象無象は、全身全霊全力でもって排除する。




 かしましい彼女らを脇目に、絵重はスマートフォンのアプリを立ち上げた。



 二日前対戦規則に追加が為されたものの、それから変動は起きていなかった。




 七.鬼(対象A)が誤ってプレイヤー以外の人間に触れた際、10分間のペナルティが発生する。ペナルティ中には他プレイヤー(対象BあるいはC)に触れる権利を有さない。



【BomBTuBe】を見る限り、あの長身の女は普通の人間の何倍もの運動能力を有している……のだと思う。



 南波からあの女に自爆霊ボムみが転依してから48時間以上が経った今も、未だ襲撃はない。なかったが、仕掛けてくるのであれば今晩辺りに違いないだろうと絵重は考えていた。



 この七項及び周りの少女を盾に、あの女からの攻撃を防いでやる、と。



 彼の上司である教頭には「来期の指導要録の見直しで本日は泊りがけで職務をさせてくれ」と上申じょうしん許諾ゆるしは得ているし、目の前の少女らには「手伝ってくれるってていで折角だしお泊り会をやろう」と提案し快諾どういを得ている。



 未成年とはいえ、陸上部・剣道・日本拳法で各々がインターハイ出場を果たす、そんな比較的身体的能力が高い者達に声をかけた。



 最近この辺りに不審者がいるから守ってよと冗談まじりに呟くと、俄然がぜんヤル気が出たのか、頼まれてもいないのに彼女らは各々の戦闘服となるユニフォームやらバッシュやら胴着やら竹刀やらグローブやらメットやらを身にまとって奮起ふんきしていた。



 それでも、あの女と比べると体格差があり過ぎるので、これだけで対処出来るとは断言できない。断言できなかったので、念には念を押し絵重は前述の不審者の件を警備員に伝え、周辺の強化及び警察部隊への注意喚起を促している。



 幸い退布たいふ高校付属中学の近くには派出所が存在しており、夜間の増員が為されたことは本日昼過ぎ既に聞いている。



 通報を行えば到着するまで5分とかからないであろう。仮にあの女が現れたならば、何か適当に理由をつけて警察官を呼び、即座に身柄を拘束する。



 あとは制限時間内を逃げ抜くだけであった。ひょっとすれば彼女は絵重のことなど眼中に無く、自分以外のプレイヤーに仕掛けに行っている可能性だってある。



 しかしながら油断はしない。トイレに赴く際ですら、周りを固め確認をしながら事にあたっているのだから。



「でもさー冥奈めいなちゃんが参加しないのは寂しいってか残念だよねー」



「それな。なーんも部活入ってないのにたぶんあたし等が束になってもかなわないもん。あの子スペック高過ぎよマジで」



「超絶お兄ちゃんラブだしね。でもなんかちょっと前からすっごいテンション低いんよねー。なんかあったのかな」



 目の前の少女ら程には関係性は築けてはいないものの、彼女らが言うように薄河うすかわ冥奈めいなの姿はここ3-C教室には無かった。



 表の理由と裏の理由を知ってはいるが、教師という立場をおもんぱかって、絵重はあえて詳細を彼女らには話さない。



「まぁアイツも色々あるんだろう。それより、少し早いがみんなで晩飯でも食べに行かないか? 今晩は先生がなんでもおごっちゃうぞ~」



わーい! 行く行くー! 創作系ビュッフェ行こビュッフェ! 等と少女らははしゃぐ。



 露骨な話題のすり替えではあったものの、どうやら夕食へと気は移ったようで、満足そうに絵重とその取り巻きである一行は教室を後にした。



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 古今東西、ここまであからさまなお膳立てというか、大抵の場合事前説明は負けフラグであるのがテンプレートであり格式美である。



 だがしかし、もっぱらスポットを当てられているプレイヤー、絵重太陽はこの先、決して負ける事はないと注釈をくわえておこう。




 ――彼が勝てるかどうかは、現時点では未だ分からないにせよ。

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