【4/25 10:21:00 南波樹矢 残刻 00:03:12】
シャープペンシルの黒芯がぽきりと欠けた。
それが合図かというと、あくまでただの偶然でしかない。
しかしながら、ほぼ同時のタイミングで3-C教室後方の扉が、それなりに大きな音を立てて開け放たれた。
その場にいる者が皆、いっせいにそちらに顔を向ける。
集まった視線の先には保護者にしては不自然なくらいに若く、そして長身な女性が直立不動で立っていた。
周囲をひとしきり見回して満足したのか、彼女はにんまりと口角を上げて、大股で
「いゃあ、すみませんね。お騒がせしてしまいまして。家事に手間取り来るのが遅くなってしまい、誠に申し訳ない。いつもうちの子がお世話になっております。これからも仲良くしてくださいね」
……などと言いながら、父兄・生徒に対し、
やもすれば、フレンドリーな母親(?)なのだなと思われるかもしれない。
だが突然の来訪者に戸惑いを隠せないままでいた室内の人々に対し、後方より一人ずつ握手をしながら笑顔を振り
(このおねえさん、ひょっとして)
(……ふむ、プレイヤーか)
対戦規則第四項は後半部分。対象B(鬼以外のプレイヤー)は対象A(鬼)が半径300メートル以内に侵入した際、通知のみを受け取る事が出来る。
現在の鬼は樹矢であるから、鬼以外の他プレイヤーは互いの認識が不可能。
しかし仮に彼女が元々は鬼であったならば?
他プレイヤーの大まかな位置を事前に把握出来たかもしれないという前提があったならば、話は違ってくる。
先日鬼であった
場所が場所である。生徒あるいは教師にプレイヤーがいると当たりをつけての行動――彼女の推測・その読みは、見事的中したのであった。
彼女が普段着慣れていないスーツ姿なのには理由があり、仮に授業参加中でなくとも新任の教師だと
「はいはーい、いつもありがとうね。これからも仲良くねー、よろしくねーって・・・・・・お?」
「はじめまして我が子。早速だけどさ、おねぇさんの彼氏になってくれない?」
―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―
『ぅ、ううう。もうちょっとでボクくんが爆死する所だったのに! タイミング神かよ!
沙羅と樹矢が
カフェテリアーフェアリィクラウンー。場面描写では3度目になるのであろうから、そろそろ固有名詞として表記をしても、なんら問題はない喫茶店においてである。
「相変わらず騒がしい子だねぇ。てかさーそもそも
『自爆霊は自爆霊で自爆霊なんだよ! それ以上も以下も以内もないよ!』
「説明になってないってば。まぁいいや。なにはともあれ、この少年は寸での所で
注文したアイスキャラメルマキアートを既に飲み干し、残った氷をがりがりとかみ砕きながら、沙羅は樹矢を
先程より幾度か話題というか、当たり障りのない話を振っているのだが、どうにも要領を得ないようで、
「
その後ボッコボコにしたけどなと笑う沙羅を
「西乃さんは、どうして僕を助けていただけたのでしょうか」
「どうして、とは?」
「おかしいじゃないですか。事前に僕や絵重先生の位置が分かっていて、鬼じゃないのにわざわざ探しに来るなんて」
樹矢が言うように、沙羅の行動は第三者目線で見れば、それなりに
ひとつ掛け違いがあれば、タイミングがズレていたならば、樹矢に触れる前に元々の鬼である絵重に触れていた可能性だって、十二分にあるのにと。
「んー、正直軽率だったとは思うよ? でもなー、あたし他のプレイヤーどんなんか全然知らないし、興味本位って部分があったんよ」
「猫なら殺されてますよ」
「どちらかといえば、あたしは犬派なんだよなぁ」
「……よいです。これで何度目になるかは分かりませんが、重ねて御礼――西乃さんには感謝をしています。お陰さまでまだ生きているし、こうやってパウンドケーキを
「少年にあたしが触れたときに、対戦規則に追加記載あったじゃん。あれをうまく使えないかなぁ、とは一瞬だけ考えた」
沙羅が樹矢に触れた後、ちゃっかりとルールには追記が為されていた。
五.対象C(鬼と接触の無いプレイヤー)が対象B(鬼に触れられたプレイヤー)に触れた際、対象A(鬼)を含めた三者の状態は下記の通り変化が為される。
C→B / B→A / A→B
※制限時間はいずれも72時間にリセット
プレイヤー間で、リレーのバトンを渡すように
「なるほど。僕と西乃さんと絵重先生と、プレイヤーが誰かわかってますもんね。協力を
「無理だろうね。アイツはきっと裏切るよ。少年の話を聞く限りでは、素振りこそみせるかもしれんが、その内確実にあたし達どちらかがハメられちゃうよ」
絵重が鬼――対象Aであった際、樹矢を認識した上で狙い撃ちをしていたことは明らかであった。良心の
いずれにせよ、そんな人間を仲間内にいれようものなら、先々
「しっかりと話せばなんとかなるのではないでしょうか」
「なったとしても、リスクは避けたい。それにあたしはアイツが気に入らない。少年とはまだ今日知り合ったばかりだけどさ、やっぱりムカつくんよ。君がどういう心持だったのかは置いといて、よっぽどの事が無い限り、あの状況で生徒が教師に触り返すのはかなり困難だっただろうさ」
授業中に加えて授業参観。あの場には他者の眼が多すぎた。命がかかっているとはいえ、なし崩し的に(なんとかなるか)であったり(実はドッキリで自分は死なない)と思ってしまう場合も、充分にあり得るのだ。
知ってか知らずか、絵重にはそれを利用した節が考えられる。沙羅が太を撃破した後、即時で他プレイヤーにボムみが移ったとすれば、あれから1日の時間が経過している。鬼が他対象を把握出来て、実行しようと思えば昨日にでもできた事を、敢えて今日あの状況にて実行するとは、つまり。
己の勝率を少しでも上げるべく樹矢を狙い撃ちにしてきた、ということ。
「かといって今から3人目を探すのは得策ではないね。幸いにも少年は、心こそあたしにまだ開いてはくれないものの、凄く優しい。残りの8人がどうかは知らんが、こうやって話す機会を与えずに
絵重太陽をぶっ潰す事にした。
「西乃さんが先生を、ですか?」
「そだよー。まぁ少年にもちょっと協力してもらうかもだけどね。ほら、良く言うだろ?“
年代ではないので、沙羅の言った冗句の――そもそもが意味が違うのはさておき――元ネタが分からず、それも相まって樹矢は困惑していた。
(絵重先生が僕を脱落させようとしたのは分かる)
(誰だって死にたくはないだろう。死にたくないから、負けない様にするのは当然だ)
(僕は他の誰かが傷つくのを見たくない。見たくないから死ぬ事だって
(西乃さんは――どうして僕を助けてくれたのだろう……?)
沙羅に対し最初に投げかけた質問、あるいは疑問を再び心の内で
結局答えは出ぬままに、その日二人はカフェを後にしたのであった。
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