【4/25 10:21:00 南波樹矢 残刻 00:03:12】

 シャープペンシルの黒芯がぽきりと欠けた。



 それが合図かというと、あくまでただの偶然でしかない。



 しかしながら、ほぼ同時のタイミングで3-C教室後方の扉が、それなりに大きな音を立てて開け放たれた。



 その場にいる者が皆、いっせいにそちらに顔を向ける。



 集まった視線の先には保護者にしては不自然なくらいに若く、そして長身な女性が直立不動で立っていた。



 周囲をひとしきり見回して満足したのか、彼女はにんまりと口角を上げて、大股で闊歩かっぽしクラスルームに入ってくる。



「いゃあ、すみませんね。お騒がせしてしまいまして。家事に手間取り来るのが遅くなってしまい、誠に申し訳ない。いつもうちの子がお世話になっております。これからも仲良くしてくださいね」



 ……などと言いながら、父兄・生徒に対し、挨拶あいさつを交わしていく。




 やもすれば、フレンドリーな母親(?)なのだなと思われるかもしれない。



 だが突然の来訪者に戸惑いを隠せないままでいた室内の人々に対し、笑顔を振りく彼女の行動は、プレイヤーたる樹矢たつや絵重えしげの二人に特別な印象をいただかせる結果となった。



(このおねえさん、ひょっとして)



(……ふむ、プレイヤーか)



 対戦規則第四項は後半部分。対象B(鬼以外のプレイヤー)は対象A(鬼)が半径300メートル以内に侵入した際、通知のみを受け取る事が出来る。



 現在の鬼は樹矢であるから、鬼以外の他プレイヤーは互いの認識が不可能。



 しかし仮に彼女が元々は鬼であったならば?



 他プレイヤーの大まかな位置を事前に把握出来たかもしれないという前提があったならば、話は違ってくる。



 先日鬼であった西乃にしの沙羅さらは、カウント開始時アプリの地図マップ画面を一望した際、ここ退布たいふ高校付属中学校にて他プレイヤーの反応が2~3程集中している事を確認していた。



 場所が場所である。生徒あるいは教師にプレイヤーがいると当たりをつけての行動――彼女の推測・その読みは、見事的中したのであった。



 ちなみに沙羅が3-Cを初めの訪問先と選んだ事自体には明確な根拠は無かった。



 彼女が普段着慣れていないスーツ姿なのには理由があり、仮に授業参加中でなくとも新任の教師だと吹聴ふいちょうしもって総当りで全員を確認する目論見だったのだから、こと今回において一発目でプレイヤーが複数名いる教室を引き当てたのは、単純な運の良さでしかない。



「はいはーい、いつもありがとうね。これからも仲良くねー、よろしくねーって・・・・・・お?」



 俯瞰ふかんであれば左下、窓際の部分に座っている樹矢の手を取った際、沙羅はようやく探していた玩具がんぐを手に入れた子供のように、はにかんで語りかける。



「はじめまして我が子。早速だけどさ、おねぇさんの彼氏になってくれない?」



―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―



『ぅ、ううう。もうちょっとでボクくんが爆死する所だったのに! タイミング神かよ! 主役ヒーローは遅れてやってくるってのを地でやってのけるとか、ベタなアニメかよ! ともあれ久しぶりだねおねぇちゃん! わんばんこ! こんばんわ!! わんころそば!!!』



 沙羅と樹矢が邂逅かいこうを果たしてから7時間ほど経過した今、二人は向かい合う形でテーブルを共にしていた。



 カフェテリアーフェアリィクラウンー。場面描写では3度目になるのであろうから、そろそろ固有名詞として表記をしても、なんら問題はない喫茶店においてである。



「相変わらず騒がしい子だねぇ。てかさーそもそも自爆霊じばくれいってなんなのよ?」



『自爆霊は自爆霊で自爆霊なんだよ! それ以上も以下も以内もないよ!』



「説明になってないってば。まぁいいや。なにはともあれ、この少年は寸での所で盤上落下ゲームオーバーまぬがれた訳だ。良かった、非常に良かった」



 注文したアイスキャラメルマキアートを既に飲み干し、残った氷をがりがりとかみ砕きながら、沙羅は樹矢を見遣みやる。



 先程より幾度か話題というか、当たり障りのない話を振っているのだが、どうにも要領を得ないようで、都度つど彼は曖昧あいまいな返事しかしていない。



折角せっかく年上のおねーさんがお茶へと誘ってやったってのにつれないなぁ。そりゃあたしはあんまり容姿みためは良くないし、何しろデカい。一緒に歩けば地震が起きるから少し離れてって41番目の元彼にも言われた事あるし、しょうがないのかな」



 その後ボッコボコにしたけどなと笑う沙羅をさえぎり、ここで初めて樹矢は彼女へと自発的な質問を投げかけた。



「西乃さんは、どうして僕を助けていただけたのでしょうか」



「どうして、とは?」



「おかしいじゃないですか。事前に僕や絵重先生の位置が分かっていて、鬼じゃないのにわざわざ探しに来るなんて」



 樹矢が言うように、沙羅の行動は第三者目線で見れば、それなりに危機管理リスクマネジメントに欠ける行動であった。



 ひとつ掛け違いがあれば、タイミングがズレていたならば、樹矢に触れる前に元々の鬼である絵重に触れていた可能性だって、十二分にあるのにと。



「んー、正直軽率だったとは思うよ? でもなー、あたし他のプレイヤーどんなんか全然知らないし、興味本位って部分があったんよ」



「猫なら殺されてますよ」



「どちらかといえば、あたしは犬派なんだよなぁ」



「……よいです。これで何度目になるかは分かりませんが、重ねて御礼――西乃さんには感謝をしています。お陰さまでまだ生きているし、こうやってパウンドケーキを頬張ほおばれているのですから。でも、これからどうするんですか? あと都合3日以内に、現状を打破するご自信があるとか?」



「少年にあたしが触れたときに、対戦規則に追加記載あったじゃん。あれをうまく使えないかなぁ、とは一瞬だけ考えた」



 沙羅が樹矢に触れた後、ちゃっかりとルールには追記が為されていた。




五.対象C(鬼と接触の無いプレイヤー)が対象B(鬼に触れられたプレイヤー)に触れた際、対象A(鬼)を含めた三者の状態は下記の通り変化が為される。


C→B / B→A / A→B

※制限時間はいずれも72時間にリセット




 プレイヤー間で、リレーのバトンを渡すように自爆霊ボムみの憑依対象を変え続ければ、理論上は誰も爆死しないであろう、手法。



「なるほど。僕と西乃さんと絵重先生と、プレイヤーが誰かわかってますもんね。協力をあおごうとされているとか」



「無理だろうね。アイツはきっと裏切るよ。少年の話を聞く限りでは、素振りこそみせるかもしれんが、その内確実にあたし達どちらかがハメられちゃうよ」



 絵重が鬼――対象Aであった際、樹矢を認識した上で狙い撃ちをしていたことは明らかであった。良心の呵責かしゃくがあるかは不明ながらに、顔色一つ変えずに彼は教え子を爆殺するつもりでいた。



 いずれにせよ、そんな人間を仲間内にいれようものなら、先々瓦解がかいは避けられないだろう――というのが、沙羅の言い分。



「しっかりと話せばなんとかなるのではないでしょうか」



「なったとしても、リスクは避けたい。それにあたしはアイツが気に入らない。少年とはまだ今日知り合ったばかりだけどさ、やっぱりムカつくんよ。君がどういう心持だったのかは置いといて、よっぽどの事が無い限り、あの状況で生徒が教師に触り返すのはかなり困難だっただろうさ」



 授業中に加えて授業参観。あの場には他者の眼が多すぎた。命がかかっているとはいえ、なし崩し的に(なんとかなるか)であったり(実はドッキリで自分は死なない)と思ってしまう場合も、充分にあり得るのだ。



 知ってか知らずか、絵重にはそれを利用した節が考えられる。沙羅が太を撃破した後、即時で他プレイヤーにボムみが移ったとすれば、あれから1日の時間が経過している。鬼が他対象を把握出来て、実行しようと思えば昨日にでもできた事を、敢えて今日あの状況にて実行するとは、つまり。



 己の勝率を少しでも上げるべく樹矢を狙い撃ちにしてきた、ということ。



「かといって今から3人目を探すのは得策ではないね。幸いにも少年は、心こそあたしにまだ開いてはくれないものの、凄く優しい。残りの8人がどうかは知らんが、こうやって話す機会を与えずに逃亡トンズラされることだって考えられる。なのであたしが出した結論はだな……」



 絵重太陽をぶっ潰す事にした。



「西乃さんが先生を、ですか?」



「そだよー。まぁ少年にもちょっと協力してもらうかもだけどね。ほら、良く言うだろ?“なんじ右の頬を殴られたら相手の左頬に廬山ろざん昇龍覇しょうりゅうは”って。やられっぱなしは、性に合わんのだわ」



 年代ではないので、沙羅の言った冗句の――そもそもが意味が違うのはさておき――元ネタが分からず、それも相まって樹矢は困惑していた。



(絵重先生が僕を脱落させようとしたのは分かる)



(誰だって死にたくはないだろう。死にたくないから、負けない様にするのは当然だ)



(僕は他の誰かが傷つくのを見たくない。見たくないから死ぬ事だっていとわないのに。なのに)




(西乃さんは――どうして僕を助けてくれたのだろう……?)




 沙羅に対し最初に投げかけた質問、あるいは疑問を再び心の内で反芻はんすうする樹矢。



 結局答えは出ぬままに、その日二人はカフェを後にしたのであった。

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