【4/25 10:07:12 南波樹矢 残刻 00:17:00】

 場が一変する。何だ、この幽霊のような形をした何かは?



「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! お初にお目にかかるはワタシこと自爆霊じばくれい穂”無実ボムみちゃんだよ! 遭うのはこれが始めてかな? さぁさぁさぁさぁ、早く触り返さないとバーンってなっちゃうよ!!」



 樹矢たつやは言葉を失っていた。



 そもそもがこの状況に至るまでに、少しばかり時はさかのぼる。



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 時刻は10時、授業開始を告げるチャイムが鳴る。



 2限目、すなわち社会科の時間。



 教室内の様相が普段と違うのは、本日は授業参加ということも相まって、教室後方には生徒の父母が参列しているからであった。



 樹矢の両親の姿はなかった。なので、彼にとってはいつも通りの授業となんら変わらない。



 隣や前の席に座る生徒が必要以上に互いを茶化ちゃかし合い、いつもよりも少しばかりテンション高めに授業に臨んでいる、そんな他愛ないやり取りが視界に映る。



 もっとも、樹矢にとっては授業参観の風景シーンを抜きにしても、彼自身の境遇はいつも通りではないのだが。



 なぜなら今は負ければ爆死する死亡遊戯デスゲームに理解不能なまま強制的に参加させられていて、且つ止める手立てが全く思い浮かばないまま意味不明に事態が進行していっているのだから(というか既に一人は爆発して跡形もなく消えている)。



 そんな樹矢に構うことなく時は経過していく。暫くして、担当教師が教室に入ってきた。



 年齢は20代半ば。セミミドルのウェーブがかった金髪が、今時の教師としては珍しい部類に入るだろう。女子生徒からの人気もある反面、黒い噂もあったりなかったり――とはいえ、樹矢からすると授業以外で関りを深く持つには無縁な教師の一人に過ぎなかった。



 ただしこの後、否が応にも関係性を持つ事になってしまうのだが。



「本日はみんなのお父さんお母さんも参加しているからな~早速だけど前にやった小テストを返していくぞ~」



 えーマジかよよりによって今日はないわー、などと非難の声ブーイングが上がるも、その光景を談笑交じりに見守る父兄の姿を後目にみて、樹矢は多少なりとも寂寥せきりょう感を覚えた。



 沈痛な面持ちが浮かばぬ様ぶんぶんと頭を振って、樹矢は気持ちを切り替える。



(考えるな。考えるだけ答えは出ないし、何より消耗してしまう)



 五十音順に名前が呼ばれていき、そして樹矢の番が巡って来たので、席を立ちホワイトボード前の教壇に立つ教師の前まで歩いていく。



南波みなみは今回も安定の100点か。いや~凄いな。先生、実は授業で教えていない所まで問題にしたんだが、これも努力の賜物たまものだ。これからも頑張るんだぞ」



 といって、試験用紙を渡される際に両の手をがしりと握られた。



 ――瞬間、教師の左後方に何かが現れる。



 胸ポケットに入っているスマートフォンが、ブルブルと揺れた様な気がした。



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 そして再び冒頭の場面に戻る。手を握られた瞬間、視界の中に今まで見た事のない何かが現れた場面へと。



 白い三角頭巾に白装束を着ているそれは、一見して少女の様に見受けられた。だが、腰から下は存在しているように見えない。



 そもそもが宙に浮いているし全体的に薄いというか、透明感満載であった。なんなんだこれはと、理解の及ばない樹矢はその場に立ち尽くしてしまう。



絵重えしげ先生、あの。これって。え?」



「どうした? ひょっとして満点じゃ飽き足らなかったとか。まったく、優等生は志が高い。先生も嬉しいぞ」



 皆も見習うんだぞ~と他の生徒たちクラスメイトに呼びかけ、教室は各々の不満や賞賛しょうさん、そして父兄諸君の失笑しっしょうに包まれる。



 誤魔化ごまかされたのだろうか。だとしても、目の前にいる教師の表情や声色は普段と至って変わらない。



 平常フラット通常ユージュアリィ



 愕然がくぜんとも呆然ぼうぜんともしていない、汗の一つもかかずに泰然自若としたくだんの社会科教師は、あろう事か鬼の役割を持つ対象Aであったのだ。



「さぁさぁ、南波もぼーっとしてないで。次がつっかえているし、早く戻りなさい」



 ここで初めて、樹矢は絵重の表情を伺う。視線が交差したものの、表情からは何も読み取れなかった。言われるがままに、自席に戻る。



(まさか先生が参加者だったなんて)



 にわかに信じられないも、テスト用紙で隠しながら携帯電話を確認をすると、17分間のカウントダウンが既に始まっていた。



 残りは15分と27秒。零になれば、僕は爆死するのだなと、樹矢は思った。



『そうだよ! 絵重せんせーこと太陽たいようっちが他プレイヤーだったのだ!! へいへいへーい! やばいよやばいよ~早くしなきゃ! あと919秒以内になんとかしなきゃ、ボクくんってば爆裂四散しちゃうぜよ? 木っ端の微塵で跡形もなく消えちゃうよ~!!』



 ボムみと名乗る少女じみた何かは、樹矢が教壇から自席に戻った後も、ふわふわと宙に浮きながら付いてきた。この場合、いて来ているという表現が正鵠せいこくを射ているのかもしれないが。



(言葉が、分かるの?)



 健忘症アムネシアではない限り、樹矢からボムみへと話しかけた記憶は今のところ、無い。



『わかるよーわかるわかる! J-POPの歌詞にありがちな、思ったつもりで自己満足してる上辺だけの表面上のやり取りじゃなく、ワタシはプレイヤーの脳に直接語りかけたり考えをみ取ったり出来るからね! それにボクくん今授業中じゃん? 一人でいきなり空に向かってしゃべり出そうものなら、とうとう受験の重圧感プレッシャー大敗北クラッシュしちゃってアイツやべぇよってなっちゃうじゃん? だからいちいち声を発さなくても大丈夫だよ!』



 それにワタシはプレイヤー以外には知覚出来ないしね、とボムみは付け加えた。



(そっか分かった。ありがとう)



『よぅわうぅぇえええるかぁぁああああむ! 合点承知がってんしょうちの助!! はいよ、んじゃまなんとかしなきゃだね! 早く絵重せんせーに触り返さなきゃ!!』



(いや、僕はこのままでいい)



『え?』



(あと13分か。こうなったら勉強する意味もなくなっちゃったけど、折角せっかくだし最後まで生徒たる本分ほんぶんを全うしなきゃね)



 心の中でそう言い、樹矢は前を向き、何事も無かったかのように白板ホワイトボードに記されていく板書をノートへ書き写すべく準備にとりかかった。



『いや、いやいやいや。なに普通にノートとっちゃってるの? あと10分足らずで、死んじゃうかもしれないんだよ? 怖くないの?』



(そりゃ怖いよ、死んだ事がないのだもの。でもねボムみちゃん、僕は嬉しいんだ。なぜなら)



 僕が爆死するまでの間、他のプレイヤーは安全でいられるんだからさ、と。



 照れ笑いの様な表情を浮かべ、樹矢はボムみに目をやった。



『・・・本気で言ってる?』



(心を読めるんなら、その問いかけはするだけ無駄なんじゃないの)



 樹矢が言う(思う)様に、嘘や偽りは一切なかった。強がりや負け惜しみの類でもない。



 齢14~15の中学生にもかかわらず、彼は見知らぬ誰かの為に自らが犠牲になろうとしている。



(ゲームが始まってから、一番初めに鬼に選ばれなかったのが悔やまれるけどさ。早い段階で僕の所に来てくれて感謝してる)



 ボムみが読み取る限り、樹矢の心拍数や呼吸に乱れは感じない。



 飛びぬけて運動神経が良いだとか、ずばぬけて博学広才だとか、突出する何かが無い事への絶望か?



 いや違う。投げやりであったり諦めによる其れでもない。



 命を落としてしまう未来へ対しての不安を感じるならまだしも、今の彼はもっぱら安心しているとすらとれてしまう。




 異常である。どうしてそこまで達観出来るのか。



 この世に生を受け、我が身を置いて大切なものなど、無い筈なのに。




(争い事は嫌いなんだ。だから僕は降りるよ。残ってる他のみんなにはよろしく言っといて)



『・・・教え子へワタシを押し付けて、そしらぬ顔で授業を進行している奴にも同じ事を言えるの?』



(だって仕方ないじゃない。絵重先生だって、いきなりこんなゲームに参加させられてさ、そりゃあ嫌でしょ。負けるイコール爆死ならさ、勝つ為にはなんだってするのが人情じゃないのかな? 普通じゃないの、それが)



 自らが普通じゃないとも取れる物言いに、ボムみは絶句する。



 樹矢の大罪ランクは最下の11位。妥当ともいえたが、にしても徹底している。



 底が見えない位に、博愛主義を貫こうというのか。相変わらず樹矢は席を立つ気配は無く、絵重に対し行動を起こすようには見受けられなかった。



『あと5分しかないけど本当にいいんだね? タイムリミットが来ると、ワタシはボクくんに完全憑依して、身体の内側から諸共もろとも爆発する』



(痛いのは嫌だし、なるべく手早く済ませてね)



 まぁ見た所手はなさそうだけどさ、と。樹矢はくすくすと笑う。



 笑えない状況にあるというのに、それはとてもおかしそうに。



 覚悟も決意もなく、ただ単に“他の誰かと争いたくない”という理由でゲームを退場する意思を固めていた彼は、幸か不幸か結局5分後の今日は爆死は免れることとなる。



 ボムみと樹矢のやり取りが一段落して、制限時間が残す所3分程度になった辺りで。




 樹矢も絵重も共に予期せぬとある人物が、教室内へと来訪するに至ったのだから。

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